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白石奈都子
紙の呼吸

写真1 | 紙の呼吸 - 白石奈都子 | 活版印刷研究所

今年の梅雨は長かった。
春先に作った修作やドローイングの和紙の束をぞんざいにしていたら、すっかり湿気を蓄えた風体になっていた。
電気で空調管理ができない時代には、この高湿度の日本での紙類の保管はさぞかし難儀だったであろう、と慮る。

一転、梅雨が明けたら陽射しの照りだ。
件の修作を窓辺に放置したら今度は干上がった。和紙としてはたまったもんじゃないだろう。
墨をたくさん含んでいるので膠の影響もあるのだろうか、生の紙よりもその差が激しいのかもしれない。

紙は呼吸する、と言われているが、長くて細い繊維がふっくらと絡み合った和紙は、ゆっくりと深い呼吸をしているみたいだ。それ故、日本のような乾湿差のある風土の室礼品として、重宝されたのであろう。

紙は湿度の変化でゆっくりと呼吸をする。カラッとした気持ちの良い天気の日は暖かい光と空気をたくさん吸い込んでピンと背筋を張り、雨の日などのどんよりとした空気の日には、体を緩めて伸ばす。なので、急に急かして熱を加えて乾燥させたりするのはあまり好きではないらしい。
和紙に限らず、日本で古来から受け継がれてきたものは、湿度を利用し、仲良く育んでいる。それぞれの季節の善し悪しも丸ごと愛でる感性、共存してきた先人の懐の深さには感服である。

写真2 | 紙の呼吸 - 白石奈都子 | 活版印刷研究所

障子を見ていると、紙の呼吸の様がよくわかる。
子どもの頃は暇を持て余すとよく障子を眺めていた。障子を透してみる外の景色や木々の揺らぎや陽の光をたっぷりとふくんだ紙、あの整然としたシンプルな意匠の中に見える物語が好きで、色々と想像しながら眺めていた。

写真3 | 紙の呼吸 - 白石奈都子 | 活版印刷研究所

生の和紙は、そのまま絵具や墨を使うと水分を吸って滲んでしまうので、礬水(ドーサ)引きという撥水加工を行う。大抵は既に礬水加工がしてあるものを使うか、ご自身で支持体に合わせて礬水引きしている方が多い。
礬水引きとは、膠(ニカワ)と明礬(ミョウバン)、水を湯煎して作る撥水加工のことであるが、最近良い膠との出会いがあった。
魚の膠なのだが、明礬なしで礬水ができる。明礬は、量を増やすことで撥水効果も高まるが、紙の劣化の原因ともなる。

私も自分で都度の表現や紙に合わせて礬水をしているのだが、膠だけ濃くすると紙がつってしまうので、礬水を強めにきかせたい時は明礬で調整していた。また、膠の多くは飴色のものが多いので、濃くするとどうしてもその分和紙もほんのり色付いてしまう。
今度の魚膠は色も乳白色なので、色の変化もしづらく、その存在を知った時は小躍りした。
そして、礬水もやはり天気が関係してくる。雨の日は礬水がききにくい。
今、礬水と魚膠との交情を結べるよう模索中である。

毎年やってくる梅雨と、まだあまり仲良くできていない。
まずは秋雨から、安穏な心持ちで迎入れよう。

写真4 | 紙の呼吸 - 白石奈都子 | 活版印刷研究所

写真1 | 紙の呼吸 - 白石奈都子 | 活版印刷研究所

写真2 | 紙の呼吸 - 白石奈都子 | 活版印刷研究所

写真3 | 紙の呼吸 - 白石奈都子 | 活版印刷研究所

写真4 | 紙の呼吸 - 白石奈都子 | 活版印刷研究所