生田信一(ファーインク)
紙に質感や模様を与えるプレス加工
──池ヶ谷紙工所さんの話を聞きました
大阪摂津市に工場を持たれる池ヶ谷紙工所さんは、紙にエンボスを与える加工を専業とする紙加工の会社です。本サイトでも連載を持たれていたので、ご存知の方も多いでしょう。同社の池ヶ谷昌良さんのお話を伺ってきましたのでレポートします。
京都活版印刷所「活版茶論 #3」のトークショーに出かける
仕事柄、普段印刷に関わっているせいか、人から名刺をいただいたり、魅力的なチラシをいただくと、どんな紙を使っているのか気になることがあります。とくに紙の質感が柔らかだったり凸凹したりすると、指先でスリスリ、ナデナデして感触を味わってしまいます。
紙表面の質感は、五感のうちの視覚と触覚を使って楽しむことができます。紙の質感と印刷された文字や絵が素敵にマッチングした印刷物に出会うと、心から拍手を送りたくなります。紙で情報を伝えるうえで、「紙の選択はとても重要だなあ」と思うのであります。
そんなとき、京都活版印刷所で行われる「【活版茶論 #3】インキの使わない印刷ってなに⁇ ニッチな加工のお話」の案内をいただきました。この会では、本サイト「活版印刷研究所」で連載を持てれていた池ヶ谷紙工所の池ヶ谷昌良さんをお招きして、紙のエンボス加工をテーマにたっぷりお話しいただく催しとのこと。しかも当日は、日本で一台しかないミニエンボス機を持ち込んで実演していただけるとの情報が。ニュースを聞き、さっそく申し込みました。
会の当日は少し早く京都に到着したので、京都活版印刷所のお店のスナップ写真を撮りました。ここを訪れるのは二度目ですが、素敵なお店です(写真1、2)。伏見稲荷のすぐ近くなので、境内を散策したり、おみやげを買ったりして時間を過ごしました。
池ヶ谷紙工所さんのお話
定刻になり「活版茶論」のスタートです。最初に、池ヶ谷紙工所 池ヶ谷昌良さんは、お祖父さんの代の創業当時のお話を披露していただきました。本サイトのコラムでも、当時のことを言及されていますので一節を引用しましょう。
「弊所は、祖父・喜作が昭和38年に大阪市生野区で創業しました。脱サラし、なにか新しいことをしようと模索しているときに、アルミ粉業を営んでいた知人から「エンボス加工の事業をやってみないか?」と声をかけられたのがきっかけでした。」(当サイトのコラム「池ヶ谷紙工所」より引用)
創業当初は、自宅の一部屋に置いた手差しのエンボス機が一台のみでしたが、封筒や便せんに布目のエンボスを入れる大口の発注を受けられるようにまでなっていったそうです。大口の発注をこなすうちに、単判からより大きなロール紙へのエンボス加工へと徐々にシフトが進み、やがて生野区の自宅では手狭になり、現在の工場がある摂津市・鳥飼に移転されました。2010年に事業を受け継いだ池ヶ谷昌良さんは、現在3代目となります(写真3)。
主に扱っているのは、紙・アルミ・フィルムへのエンボス加工です。身近な例として和菓子の羊羹を包むアルミ紙のエンボス加工の事例を説明されました。アルミは金属のシルバー色ですが、細かな凹凸のテクスチャーが加わると高級感が増します。さらに、くっつきにくくなる利点も生まれます。
エンボス加工を加える目的はさまざまですが、池ヶ谷さんは、以下の4点を挙げられます。
・紙の表面のつやを消して上品な雰囲気を出したい
・低温下で包装紙同士がくっつくトラブルを解決したい
・工場の速いラインに流しても破れないように耐久性を上げたい
・長年親しまれている化粧箱デザインの一部として
(同コラムより引用)
こうしたノウハウから、現在ではお菓子の包装紙のパッケージなどでエンボス加工を請け負うようになりました。工場の製造ラインでは、紙同士がくっついたり破れてしまうとラインが止まってしまいます。見た目に美しく、製造ラインもスムースになることから、エンボス加工が不可欠になっているそうです。
同社では、こうした加工を一般の人にも知ってもらい、利用していただけないかと考えるようになりました。そこで、コンパクトなエンボス加工機を導入し、イベントなどの展示会場に持ち込んで実演して普及していく活動を始めたそうです(写真4)。
このミニエンボス機は、回転するローラーにエンボス模様の柄が彫刻されています(写真5)。回転するローラに紙を通すだけでエンボス模様が鮮やかに表れます。エンボス模様が彫刻されたローラーは上下にセットすることも可能で、一回の通しで表裏にエンボスをかけることもできます。
さまざまな紙にテクスチャーを付ける
実演で、印刷された名刺をミニエンボス機に通して見せていただきました。機械に通すと、あっという間にエンボス効果が表れます(写真6〜9)。
羊羹を包むシルバーのアルミ素材のように、このテクスチャー加工は食品パッケージなどに利用すると、とても効果的です。工場で加工したサンプルをいくつか見せていただきました。エンボス加工が加わることで表面に細かな模様が表れ、見違えるような仕上がりになります(写真10、11)
見本の中でひときわ目を引くのは、金銀の用紙にエンボス加工を施した用紙でした。金銀の用紙では細かなテクスチャーを加えることで、光が乱反射し、キラキラと煌めいてみえます(写真12〜15)。
テクスチャーのバリエーション
池ヶ谷紙工所では、テクスチャーの元になる金型のロールをいくつか保有しているそうです。金型のロールを作成するには独自の技術を必要とするため、請け負っていただける企業は希少になっているとのこと。
現在保有されている金型の主要なものは、大阪の紙問屋 株式会社オオウエが作成した「エンボス和紙見本帳」から見ることができます(写真16)。見本帳を拝見すると、紙の質感、斤量、テクスチャーの絵柄を組み合わせて、無数のバリエーションが生まれることがわかります。以下に一部を紹介します(写真17〜28)。
東京に戻り、普段懇意にしているデザイナーさんや印刷会社さんに持ち帰ったサンプルを見ていただく機会がありました。みなさんの声を少し紹介します。
まず、デザイナーさんの意見です。これまで紙にテクスチャーを与える加工は大きなロットが必要で、こうした加工が小ロットでも可能であることに驚かれていました。既に大手の製紙会社からテクスチャーに特徴のあるエンボス紙が発売されていますが、用紙を指定する際の選択肢が限られていました。今後、テクスチャー加工が手軽に利用できるようになれば、デザイナーにとっても選択肢が一気に増え、歓迎されるのではないかとの意見です。
また、印刷会社のディレクターの方からは、テクスチャーのある金銀の用紙に直接アート作品を印刷してみたいという声をいただきました。絵柄にもよりますが、たとえば和風のイメージをプリントすることでインバウンド向けの商品としても展開できるのではないかとの感想です。
パッケージ関連の利用では、貼箱に利用してみては、とのアドバイスをいただきました。また、壁面の装飾として壁紙として利用できるのではないかとの感想もいただきました。
ニュースが広がり、さまざまな試作品を作る過程の中で、新たな可能性が見えてきそうです。とても楽しみな加工技術です。
「活版茶論」のトークショーを終え、参加された皆さんと先斗町のお店で軽くひっかけ、ワイワイ過ごしました。私は先斗町で飲むのはかねてからの憧れだったので、貴重な体験になりました。
せっかく京都に来たのだからと、その晩、実家のある福井に立ち寄り、「越前紙の里」で催される特別展「踊る古代文字」 を見学する計画を立てていました。越前和紙を使ったワークショップにも参加しましたが、このことは、当サイトのコラムでいつの日が触れたいと思っています。
紙に触れ、いろんなお話を聞くことができた二日間で、楽しい旅行になりました。紙や印刷の魅力は、言葉で表すのが難しいのですが、いかがでしたでしょうか。言葉で説明を聞くよりも、見て、触ってもらうのが一番だと思います。今後も池ヶ谷紙工所の活動にご注目ください。
では、次回をお楽しみに。