生田信一(ファー・インク)
活版印刷で多色刷りの年賀状をつくる
今回のコラムでは、「年賀状」を活版印刷で仕上げるプロセスを紹介します。活版印刷特有の風合いを盛り込んだ、オリジナリティの高い年賀状を作成してみましょう。
2018年の干支は「戌(いぬ)」です。戌は愛らしいモチーフであり、カードとしても格好の素材です。イラスト作成とデザインにおいて協力いただいたのは、イラストレーターでありデザイナーとしても活躍されている、あさいとおるさんです。また亜鉛版の製版においては和光さん、印刷においてはCAPPAN STUDIOさんのご協力をいただきました。
では、デザインの制作と製版・印刷の工程を紹介していきましょう。
日本らしい戌をモチーフに、アイデアを練る
あさいさんが描く動物などのキャラクターはどれもかわいくて、私もファンの1人です。今回のコラムで、戌の年賀状を作ろうと考えたときにまっさきに思い浮かんだのが、あさいとおるさんでした。
最初に、あさいさんがこれまで手がけられたグッズを紹介しましょう。カレンダー(図1)、マスキングテープ(図2)、メモパッド(図3)、ポップアップカード(図4)などがあり、これらはショップで購入することができます。あさいさんは、こうしたグッズのデザイン以外にも、書籍や雑誌、広告、イベントなどのアートディレクションも手がけており、幅広い分野でご活躍されています。
今回、年賀状のデザインをあさいさんにお願いしたところ、あさいさんご自身は、これまで活版印刷は試したことがなく、よい機会なのでさまざまな印刷効果を試してみたいとの提案をいただきました。そのひとつが多色刷りによる色の重ね合わせの効果でした。
キャラクターの戌(いぬ)のデザインでは、どのような戌にするか試行錯誤がありました。日本らしい戌としてまず思い浮かぶのは、芝犬や秋田犬のような凛々しい姿や顔つきの戌の姿です。方針が決まってデザインがスタートしました。ラフはPhotoshopで作成し、レイヤー状に重ねて構図や配色を検討しました。
今回は、年賀状を作成するのが第一の目的ですが、年賀状以外の用途でも利用できるようにと計画しました。そこで、絵柄は2色で配色し(図5)、年賀用の賀詞や年号は別版にして金(ゴールド)で刷ることにしました(図6)。インキは透過する性質を持っています。最初に金色で刷り、その上に2色を重ねて、金との混色を表現する計画です。Photoshopで3色を重ねてデータを作成し、効果をシミュレーションしてみました。
デザインについて、あさいさんは次のように語ります。「年号数字は、お気に入りのブロック体をチョイス。賀詞は、それに合うように、新規で、和文デザインを起こしました。色は、最も自分が好きな組み合わせにしました」
印刷入稿用のデータ作成と刷版の作成
印刷は、CAPPAN STUDIOさんにお願いしました。Photoshopデータの入稿は、モノクロ2階調(黒と白だけのモノクロ画像)のモードで1,200ppiの解像度で作成してほしいとのこと。絵柄面の3版と宛名面の1版の4ファイルをPhotoshopで作成し、トンボを付けたIllustratorファイルに配置しました(図7〜10)。
この年賀状は、表面は亜鉛版、宛名面は樹脂版を使って製版しました。亜鉛版の作成は、製版会社の株式会社和光さんに協力いただきました。亜鉛版は、現在では国内調達が難しい事情があり、一旦製版が中止されていました。しかし株式会社和光では、アメリカ製の亜鉛版に独自に調達したフィルムレジストを貼りあわせて製版する手法で、亜鉛版製版再開に向けて開発を進めています。開発の背景を、和光さんは次のように語ります。
「活版印刷では、従来の活字を組版して印刷する他に、樹脂版・マグネシウム版・亜鉛版・真鍮版を使用してイラストやオリジナルデザインを印刷します。その中でも、亜鉛版はマグネシウム版に比べ保管しやすく(マグネシウム版は空気に触れているだけで酸化が進みます)、真鍮版より製版している製版会社が多く、版のエッジがシャープなため、使用比率が最も高い版材でした。しかし、感光膜に使用される樹脂調達の問題で、2012年末をもって国産の亜鉛版の製造が終了いたしました。
弊社と致しましても、製版継続のために他国製の亜鉛版の製版テストをしましたが、結果が今までの国産の亜鉛版のクオリティーが保てず、国産の亜鉛版の生産を引き継いだアメリカ製の亜鉛版もレジスト膜の厚みの問題で思うような製版が出来ませんでした。同時に、フィルムレジストを貼り直しての製版テストも進めておりましたが、なかなか良いフィルムレジストに出会えず、やむなく2014年で一旦製版を中止しておりました。
しかしこの度、良いフィルムレジストと巡り合うことができ、アメリカ製の亜鉛版にフィルムレジストを貼りあわせて製版する手法で亜鉛版製版再開に向け、最終段階に入っております」
できあがった亜鉛版を以下に紹介します(図11〜13)。
特色インキの調合
特色で指定されたインキは、印刷会社でインキを調合して希望の色を作ります。この工程は、一般の方が実際に見る機会が少ないと思いますので、今回CAPPAN STUDIOさんにお願いして、その工程を特別に公開していただきました。インキを調合して混色する工程は、以下のようになります。
色指定は、デザイナーからDICやPANTONEの色番号で指定されます。印刷インキのメーカーが発行している特色の色見本帳には、インキの配合表が付属しています(図14)。この配合表に従って、缶からインクを取り出し、計量します(図15〜19)。配合表の指定通りに取り出したインキをプレートに乗せ、ヘラで練り合わせて混色します(図20〜22)。
刷りの工程〜完成
調合された3色のインキで、印刷機で順に刷っていきます。今回の色指定でポイントになるのは刷り色の順番です。金は他の色と違って、透過性が弱いために下地の色を隠してしまいます。今回は、金を最初に刷り下地の色とし、その上に残りの2色を重ねます。
以下は、金(DIC620)→イエロー(DIC637)→ブルーグリーン(DIC2151)の順に刷り重ねた様子です(図23〜28)。印圧は、凹みが表れるように中間程度のミディアムでプレスしました。
別工程で賀詞、年号を入れないバージョンも刷ってもらいました。年賀状として利用するバージョンと、年賀状以外での目的で使用できるバージョンの2種類ができあがりました(図29、30)。宛名面は、シンプルな1色刷りです(図31)。
使用した用紙は「特Aクッション0.6」の厚手のクッション性のある用紙を選びました。印圧による凹みも表れて、指で触れると凹凸を楽しむことができます。視覚的な効果に加えて触覚で味わうことができるのが、活版印刷の大きな魅力です。
注意点としては、はがきとして郵送する場合は、重量が2〜6g、サイズが最小9×14cm〜最大10.7×15.4cmの規定があります。サイズや用紙の選択などの計画を立てる際には、これらの要件を満たしているかチェックしておきましょう。規定をはずれてしまうと送料が高くついてしまいます。
こうして一連の工程を眺めてみると、活版印刷では、デザインのみならず、インキ・用紙・印圧の選択など、さまざまな要素を検討しながらプランニングを進めていくことが重要であることがわかります。そして、デザイナーと印刷会社さんとのコミュニケーションがなにより大切であることも実感できました。活版印刷では、人の手による協働作業が大きいことも感じていただけたのではないでしょうか。
1人ですべてをこなせればよいのですが、仕事の上では、頼れるパートナー(印刷会社さん)の存在が一番のポイントだと思います。パートナーと一緒に魅力的な作品づくりにトライする作業はスリリングでもあり、大きな楽しみです。
印刷を終えて、あさいとおるさんは次のように語ります。「仕上がりを見ると、特色の掛け合わせと凹みが面白く再現できたかなと思います。活版印刷は、もともと大変興味がありましたが、今回の依頼で、より一層、活版印刷の作品を作りたくなりました。展覧会などでの複製販売としても魅力的な印刷かなと思います。この度は、とても貴重な経験をさせていただき、ありがとうございました」
印刷を手がけられたCAPPAN STUDIOさんは、次のように語ってくれました。「あさいさまの素敵なデザインのカードを印刷する事ができ大変嬉しく思います。また、ご機会を作ってくださった生田さんにも感謝します。ありがとうございます」
年賀状のシーズンを迎えて、みなさんもあれこれ考え始めている時期だと思います。今回トライした年賀状は、表面3色、宛名面1色の仕様で費用的に高くつくものになってしまいました。通常は、オフセットやデジタル印刷と組み合わせて、ワンポイントで活版印刷を組み合わせて利用するといった方法が一般的ですし、効果も期待できます。いろいろアイデアを練って、素敵な年賀状を考えてみてはいかがでしょうか。
では、次回をお楽しみに!