生田信一(ファー・インク)
活版印刷・名刺データの作り方(Illustrator入門編)
自分で活版印刷の入稿データを作るときは、活版印刷の流れや仕組みを知っておきたいものです。この連載は、活版印刷のデータの作り方を紹介しながら、活版印刷のしくみや注意事項などにも触れていきたいと思っています。皆さんのお役に立つ情報を届けたいという願いを込めてスタートします。
今回は、私が作成した名刺を題材に、Illustratorを使った印刷入稿データの作り方を紹介します。名刺は小型サイズの印刷物ですが、デザイン・印刷のエッセンスが詰まっています。奥が深いので、初心者の方であれば悩む場面も多いのではないでしょうか。
印刷原稿の基本は「フォーマット」づくりにあります。印刷に欠かせないトンボやガイドラインを自分のプラン通りに設定しておけば、制作時に迷うことも少ないでしょう。Illustratorのアプリケーションに慣れていない方にもフォーマットが作れるように、わかりやすく解説していきます。
ではIllustratorを立ち上げてスタートです。
新規ドキュメントを作成し、仕上がりサイズの四角形を作成、中央に配置する
名刺をデザインして、入稿用のデータを作成します。まずAdobe Illustratorを立ち上げ、ファイルメニューから[新規]を選びます。CC 2017以降のバージョンでは(図1)の画面、以前のバージョンでは(図2)の画面が現れます。
このダイアログで作成するドキュメントサイズ(Illustratorでは「アートボード」のサイズ)を設定します。今回は周囲にトンボを設定するので、名刺のサイズより大きめにします。縦長にしたいので[幅:100mm][高さ130mm]に設定しました。裁ち落とし用のガイドも手動で設定しますので、[裁ち落とし]の天地左右の値をすべて「0mm」にします。
メモ:トンボや裁ち落としのガイドはアプリケーション側で自動で設定することもできます。その場合は、[新規ドキュメント]ダイアログで[幅][高さ]の入力ボックスに名刺の仕上がりサイズを入力します。この場合、トンボはプリント時に付けることができます。さらに、[裁ち落とし]のガイドはアートボードの外側に赤いガイドで示すこともできます。[裁ち落とし]の天地左右の値をすべて「3mm」に設定すれば、アートボードの周囲に裁ち落とし用の赤いガイドが作成されます。なお以下の解説は、手動でトンボやガイドを作成する方法を述べたものです。少し手間がかかりますが、こうした入稿方法を求められることが多いので、ぜひ覚えておいてください。
[新規ドキュメント]ダイアログで入力を終えたら、[作成]または[OK]ボタンをクリックします。(図3)のようなアートボードが新規に作成されます。
名刺の仕上がりサイズの長方形を作成します。ツールパネルから長方形ツールを選び(図4)、画面上でクリックすると(図5)のようなダイアログが表示されますので、名刺の仕上がりサイズを入力します。ここでは[幅:55mm][高さ:91mm]の一般的な名刺のサイズを入力しました。
ここで、オブジェクトを揃える整列パネルの機能を紹介します。名刺のデザインでは文字や図形を揃える操作が頻繁にありますので、覚えておくと便利です。黒い矢印のアイコンの選択ツールで長方形を選択します。ウィンドウメニューから[整列]を選び、パネル下のボタンをクリックして[アートボードに整列]を選びます(図7)。なお、複数のオブジェクトを選択して整列させたい場合は、[選択範囲に整列]を選びます。
パネルの上部にある[水平方向中央に整列][垂直方向中央に整列]をそれぞれクリックすると(図8、9)、四角形がアートボード中央に配置されます(図10)
印刷マーク「トンボ」を作成する
続いて、トンボを作成します。トンボを作成する前に、四角形の線のカラーがデフォルトでは黒に設定されているはずですので、線のカラーを[なし]にし、塗りのカラーを黒に変更します。ツールパネル下にある円弧の矢印部分をクリックすると(図11)、塗りと線のカラーが入れ替わります(図12)。(補足:塗りを黒にするのは、オブジェクトが見えなくなり、選択しにくくなるからです)。
トンボを作成するときは、線のカラーを「なし」にしておきます(図13)。こうしておかないと、線にカラーを指定したままトンボを作成すると線幅を含めた仕上がりサイズでトンボが設定されてしまいます。仕上がりサイズが変わってしまうので、注意してください。
黒の四角形を選択して、オブジェクトメニューから[トリムマークを作成]を実行します(図14)。この操作で四角形の周囲にトンボが作成されます(図15)
ガイドを作成する
Illustratorでは、ガイドを手動で作成することができます。ここまでの操作で出来ている仕上がりサイズの四角形を使って、余白と裁ち落としのガイドを作成してみましょう。
まず、操作しやすいように、四角形の塗りのカラーを「なし」、線のカラーを黒にします(図16、17)。
四角形をコピーして同じ位置にペーストします(図18、19)。選択ツールで四角形を選択し、編集メニューから[コピー]を実行、続けて編集メニューから[同じ位置にペースト]を実行します。
ペーストされた四角形が選択されている状態で、ウィンドウメニューから[変形]を選んで変形パネルを表示し、基準点の位置を真ん中にします。[W(幅)]と[H(高さ)]の入力ボックスに、余白を表す四角形のサイズを入力します。ここではは天地左右に3mmの余白を設定するため[W:49mm] [H:85mm]と入力しました(図20、21)。
再度、四角形を選択し(2つある四角形のどちらでもよい)、[コピー]を実行、続けて[同じ位置にペースト]を実行します。今度は仕上がりサイズより天地左右3mm大きい四角形にします。変形パネルで基準点を真ん中にし、[W:61mm] [H:97mm]と入力しました(図22、23)。
三つの四角形を選択します。(図24)のように選択ツールやダイレクト選択ツールで3つ四角形に触れるようにドラッグすると複数のオブジェクトを選択できます。あるいはshiftキーを押しながら3つ四角形をクリックしていく操作でも選択できます。
表示メニューから[ガイド]→[ガイドを作成]を実行します。オブジェクトの線の色がガイドのカラー(デフォルトでは青色)になります。
ガイドオブジェクトは画面上では青く表示されますが、プリントされません。デザインしていく上での補助線として利用できます。また、ガイドは誤って選択して移動してしまうことがあるので、必要に応じて表示メニューから[ガイド]→[ガイドをロック]を実行しておくとよいでしょう(図27)。
版面内をデザインし、テキストをアウトライン化する
周囲の余白ガイドの内側はテキストや絵柄などを配置する領域です。この領域を「版面(はんめん・はんづら)」と言います。版面の中にテキストやロゴ、イラストなどを配置します。要素はすべて中央に揃えました。中央揃えに整列させたい場合は、前述の整列パネルを利用すると便利です(図28)。
デザインを終えたら、一旦ドキュメントを保存します。ドキュメントを保存するときに、オプションダイアログでIllustratorのバージョンを指定することができます。このダイアログでは入稿する印刷会社で対応できるバージョンを指定します(図29)。
印刷入稿する段階では、テキストはすべてアウトラインに変換して入稿する必要があります。再度ドキュメントを開いて、テキストオブジェクトをすべて選択(図形が選択されていても問題ありません)、書式メニューから[アウトラインを作成]を実行します(図30、31)。
アウトラインを作成すると、文字の輪郭線(アウトライン)やアンカーポイントが現れます(図32)。これは、テキストの文字の属性が失われ、パスで構成された図形に変換されたことを表しています。この状態ではテキストの編集はできませんので、アウトラインに変換したドキュメントは上書き保存せず、別名で保存してください。ファイル名の後に「outline」のようなテキストを追加しておくとわかりやすいでしょう。テキストを修正したい場合は、アウトライン化する前の元のファイルが残っていれば、そのファイルを開いてテキストの修正が可能です。
デザイン時の注意点
デザイン時の注意点をいくつか挙げておきましょう。まず、仕上がり線いっぱいまで色面や絵柄を配置するときは、一番外側の裁ち落としのガイドまで広げて(塗り足して)ください(図33)。こうしておかないと、印刷後にトンボに沿って仕上がりサイズに断裁したときに、周囲に紙色が現れてしまうことがあります。
細い線は、印刷で出ない場合があります。線幅は最低でも0.1mm(0.3pt)くらいが目安になります。トンボの線幅(デフォルトでは0.106mm、0.3pt)が最低の線幅だと認識しておいてください。細すぎる線が見つかったら、線パネルで線幅を設定し直します(図34)。
文字に細い線を含んでいる場合は、部分的にかすれたり、印刷されない場合があります。明朝体は横棒が細くデザインされているので、書体やサイズによっては出ない場合があります。こうした場合は、少し太めの書体に変えたり、サイズを大きくしてください。
デザインに慣れないうちは、「黒:30%」「黒:60%」のように色の濃度を落とささずに、100%のベタで色指定した方が失敗が少ないでしょう。濃度を落とすと、デザインしているときの画面ではきれいなグレーに見えますが、印刷版では細かなドット(網点)で再現されます。活版印刷では細かなドットは肉眼でも確認できるくらいの大きさになります。また、印刷時の変動要因でグレーの再現性も異なってきます。
色を指定する場合は、発注する印刷会社の指示に従ってください。色はカラーパネルのプロセス色で混色するのではなく、スウォッチライブラリメニューで呼び出せる特色用のパネルから色指定します。IllustratorではDICやPANTONEの特色用のカラーパネルがありますので、これらのパネルから色指定することで、実際の印刷色をシミュレーションできます(図35、36)。
あるいはCMYKのプロセスカラーから、特定のカラー(青系ならシアン、赤系ならマゼンタなど)で色指定し、印刷会社に入稿するときに特色の色番号を指定することもできます。
印刷入稿と仕上がり
今回は、私の名刺を作成したときのデータを説明用に取り上げました。このデータは活版印刷名刺専門店 黒林堂さんで印刷していただきました。
印刷で使用する版は、亜鉛版を利用しました(図37)。印刷版は大別して金属版と樹脂版の2種類があるので、どちらかを選びます。どちらがよいかは絵柄や紙によるので、依頼する印刷会社に相談してください。
入稿して数日後、名刺が貼り箱に収められて納品されました(図38)。用紙のスペック、印圧の指定は(図39、40)を参照ください。
今回紹介した入稿データの作り方はやや複雑だったかもしれません。しかし、この方法を覚えておくと、名刺以外のさまざまなサイズのフォーマットを作るときに応用できます。
印刷会社によっては、データ入稿用のフォーマットデータをダウンロードできる場合があります。また印刷会社のサイトには、データ作成時の注意点が細かく明記されていることも多いので、よく読んでおいてください。迷った場合は、発注する印刷会社さんにメールや電話で直接たずねてください。
次回以降はいろいろな会社やクリエイターを訪ねて、有益な情報をお届けしたいと考えています。お楽しみに。