生田信一(ファー・インク)
台湾の「活版今日」展に行ってきました
台湾と日本で活版印刷を手がける会社、団体が一堂に集結し、活版印刷の今(現在)を見つめ直すイベントが催されました。セミナーも同時開催され、当サイトの運営母体である活版印刷研究所の活動を報告する場を与えていただきました。私はスタッフに同行し、取材させていただいたのですが、楽しい取材旅行になりました。
台湾でも、日本と同じように、活版印刷の技法が見直される機運が高まっているようです。活版印刷自体は、グーテンベルクの時代から数えると500 年以上も印刷技法の主役として活躍し、誰もが馴染みのある印刷方法です。しかし現代では、オフセット印刷、デジタル印刷が主流になり、金属活字や活版印刷機を使う機会がめっきり少なくなりました。おそらく若い人は、活字の実物をじっくり見たことのない方が人がほとんどではないでしょうか。
このイベントは、とりわけ若い世代に向けて、改めて活版印刷の魅力を提示し、今日的意味を考えてみようという試みと言えるでしょう。会場に展示された美しく感動的な数々の印刷物を見て、触れて、さらに体験して、活版印刷の魅力を再認識することができました。素晴らしく、充実した内容のイベントでした。
「活版今日」展の会場となった建物
イベントの会場になったのは、「松山文創園區」にある「不只是圖書館 Not Just Library」という施設です(写真1 〜4)。ここには、国内外の建築やデザインに関する書籍が収蔵されていますが、イベントやギャラリー、ワークショップのスペースとしても機能するようです。「図書館ではない」と言い切ってっしまうところがおもしろいですね。
会場になった建物は、以前はタバコの製造工場だったとのことで、古い学校の校舎ようにも思える懐かしい作りでした。周囲には倉庫もそのまま残っており、別のイベントが催されていました。イベント開催の4 月1 〜2 日は、台湾では祝日にあたり、日本で言うお盆休みだそうです。当日は快晴に恵まれ、大勢の来場者を迎えることができました。
活版印刷のトランプが凄い!
入り口を入るとすぐに、メイン展示のひとつ、「活版のトランプ―54 人の作家のトランプ合同展」を見ることができます(写真5 〜12)。台湾内外の著名なデザイナーやイラストレーターが参加した、活版印刷による作品が展示されています。2 色刷りですべてイメージが異なるトランプで、見ているだけで楽しいです。このトランプは購入が可能(1980 元)。パッケージも素敵で、丁寧な仕事ぶりに一目惚れ。さっそく購入してしまいました。
トランプのような小サイズの印刷物は、活版印刷と相性が良いですね。絵柄によっては微細な線も含まれていますが、きれいに印刷再現されています。
活版印刷は、シンプルで力強い線画のイメージに向いていることが、多くの作品を拝見してみて実感できます。
トランプらしい黒と赤の配色も見事です。自分でも作って見たくなりますね。
もう一つのメインの展示は「活版印刷名刺百人展」です(写真13 〜15)。公募で作品を募り、最も称賛を受けた作品を集めて、活版印刷の最も身近な使い方を紹介していました。用紙や加工の組み合わせで、さまざまな演出が可能なことが伺えて、興味深い展示でした。
展示とワークショップ
展示ブースでは、日本の作家さんも多数参加されていました。Bird Design Letterpress の市倉郁倫さん、東條メリーさん、九ポ堂さん、カキモリさんらのブースが人気でした。市倉さんは、現地で手キンの印刷機を調達し、実演を交えての説明を行っていました。さまざまなグッズや文房具が並び、壮観でした(写真16 〜21)。
京都活版印刷所からは「こといろはノート」47 種を並べ、壮観でした。おもしろいことに、47 種の中での売れ筋は日本の場合とは異なっていたそうです。また、「活版印刷研究所」の活版印刷見本帖を台湾に持ち込んで展示販売したのですが、すべて完売することができました。
台湾からの出店ブースの中から、いくつか紹介しましょう。オリジナルの金属活字を販売しているブースもありました(写真22、23)。アルファベットとイラストを組み合わせたデザインがかわいくて、思わず数本購入してしまいました。また、紙製のクワタ(詰め物)やインテルのキット「字田 活印盒」もユニークなアイデア商品でした(写真24)。
ワークショップのコーナーでは、校正機による活版印刷の体験が可能で、来場者が列を作っていました(写真25)。そのほか、手キン(手動の活版印刷機)による印刷実演も催され、人気でした(写真26)。
セミナー風景
展示ブースの隣の会場ではセミナーが行われ、著名なデザイナーや作家さんのお話を聞くことができました。日本からは、活版印刷研究所を運営する林印刷所の代表取締役 林伸明氏、同社の工場長の阿部健一氏が壇上に立ち、日本の活版印刷事情や、同社の取り組みを紹介しました。
林印刷所は昭和35 年創業で、現在の社長の林伸明さんは四代目です。多くの印刷会社が活版印刷からオフセットのカラー印刷にシフトしていく中で、活版印刷機を今日まで稼働させてきました。活版印刷機を残した理由を尋ねると、活版印刷がブームになる以前でも、活版印刷の需要があり活用する機会があったので、機械を廃棄することなく使用していたのだそうです。「祖父が買ったマシンなので、そのノウハウを大事にしたかった」と林氏は話します。
現在の工場長の阿部健一さんは、30 年以上活版印刷に従事してきたベテランであり、そうした技術を持った人は現在では貴重です。林印刷所では、長年培ってきた技術力を武器に、新しい時代に応える活版印刷のあり方を模索してきました。
セミナーでは、林印刷所のポリシーを明確に説明してくれましした。刷りを依頼されれば、発注者の要望をよく聞き、最上のものを提案し、精度の高い印刷物を仕上げる。そして感動を与える、ということです。江戸時代の浮世絵に見る「絵師」「彫り師」「刷り師」の分業に例えて、同社は「刷り師」の立場に徹していきたいと語ってくれました(写真27 〜29)。
(写真27)林印刷所 工場長 安倍健一氏。江戸時代の浮世絵の分業を例に挙げ、同社のスタンス、ポリシーを説明する。
(写真28)林印刷所 代表取締役 林伸明氏。新しい時代の活版印刷を象徴する言葉として「CAPPAN」を提唱する。
台北市内を観光する
イベント当日は、別会場の華山1914 文化創意産業園區において「Culture & Art Book Fair in Taipei」も催されていました(写真30)。日本のアートブックフェアに近い形態のブックフェアで、こちらの人気もすごかったです。初日の夕方にタクシーで出かけたのですが、すごい行列で入場まで90 分待ちだという。この日は諦めて、二日目の朝早く訪れて、ようやく見ることができました。
二日目の午前中は、滞在ホテルの近くにある「レトロ印刷」の工房を訪れました。レトロ印刷はCulture & ArtBook Fair in Taipei にも出店していました(写真31)。
イベントを終えて帰国するまでの時間を利用して、国立故宮博物院を訪問しました。ちょうど「漢字の源流展」という展示が催されていました。東アジア文化という視点で見ると漢字の成り立ちがいかに重要であったかを思います(写真32、33)。
台湾では、もちろんおいしいものをいっぱい食しました。名店のレストランもよいのですが、ちょっとした軽食(飲茶)がおいしいです。国立故宮博物院近くのレストランでいただいた飲茶はサイコーでした。プリンとタピオカがとてもおいしかったです(写真34)。
僕にとって台湾は初めての訪問でしたが、異国に来た感じがまったくしない不思議な感覚の四日間でした。僕の勤務するデザイン専門学校では、台湾からの留学生とよく会話するのですが、かなりの部分で価値観を共有できるのです。その理由が実際に来てみてわかりました。ベースにあるのは漢字文化のせいでしょうか。日本に帰ったら、改めて漢字の成り立ちについて調べてみたいと思いました。金属活字は漢字やアルファベットを印刷という工業生産品として量産するための手段です。漢字を含めた文字のルーツをもっと掘り下げると、新しく見えてくるものがあるようにも思います。
また、僕は本来イラスト好きなのですが、街中で見かけるかわいい看板のイラストはどれも僕の好みのテイストであることに驚きました。おそらく「かわいい」という感覚が、日本のそれと近似しているのでしょうね。
最後になりますが、今回の取材にお声がけいただいた当サイトの活版印刷研究所さんに感謝申し上げます。
また、当サイトで連載を持たれている小福印刷(Fufu Print Inc.)のMiki Wang さんには、現地で大変お世話になりました。謝謝(シエシエ)。