平和紙業株式会社
文庫本②
北海道、千葉、埼玉、東京、神奈川を除き、政府による緊急事態宣言が解除されました(5月21日現在)。
とは言え、急に以前の様な生活に戻れるかどうかは、まだまだ不透明な状況です。
新型コロナウイルス感染拡大も、終息に向かいつつあるのか、それともまだまだ先になるのか、予断を許さない毎日が続いています。
弊社も、今月末までは、週の大半を、在宅勤務で継続する予定です。
さて、STAY HOMEが続く中、通販による本の販売が増加しているようです。商業施設に入っている書店などは、商業施設ごと営業を中止していたり、古書店も休業要請の対象となっているため、自宅で気軽に注文できるネット通販が増加したようです。
前回、手元にある文庫本の寸法や、文庫本の表紙絵など、意外と見ない部分をご紹介しましたが、まだまだ文庫本は面白い部分があります。
昔から気になっていたのが、文庫本の上(天)の部分。文庫本によっては、綺麗に切りそろえられているものもあれば、不揃いのものもあります。(写真1)
この不揃いの理由は、これまであれこれ言われてきました。
①文庫本が出始めたころ、製本時に天(上の部分)、地(下の部分)、小口(背の反対側)の3方を切りそろえる(化粧裁ち)際、1か所いくらと言う断裁料金の設定だったため、経費節減から、地と小口だけを切りそろえることにしたから。
②文庫本が出始めたころは、多くの文庫本にスピン(ひも状のしおり)が付けられていたので、天の部分は切りそろえられなかったが、その後スピンが無くなっても、その当時のままの製本を継承しているから。
③出版社の思いで、わざと天を不揃いにしているから。 等々…。
天の部分を切り揃えていないことを、天アンカットといいます。
この天アンカットの文庫本は、岩波文庫、新潮文庫、中公文庫、ハヤカワ文庫、創元推理文庫などがあり、この中でスピン(紐しおり)がついているのは新潮文庫だけ。(写真2)
従って、新潮文庫は天アンカットになるのは道理ですが、その他はどうでしょう。
ヒントになるのが、岩波文庫の「文庫豆知識」に書かれている一文。
『お気づきでしょうが,岩波文庫の小口(背を除いた三方)のうち二方はカットされて滑らかですが,天だけはアンカットです(むしろこの方が製本所さんにとっては大変),フランス装風の洒落た雰囲気を出すためということなのですが,いかがでしょうか.ちなみに解説目録(在庫目録)は天もカットされています.比べてみるとやはり,と思いますが,これは好き好きでしょうね。』
つまり、天アンカットは、製本上の都合ではなく、出版社の思いが反映されているのです。
フランス装のような、袋とじで製本されたページを、ペーパナイフで1ページずつ開けていく本の雰囲気を持たせて、敢えて天アンカット、つまり不揃いの体裁に仕上げているということ。
現在では、天・地・小口の三か所を切り揃えるより、この天アンカットの方が手間がかかるようです。折りの段階で多少のズレがあっても、切り揃えてしまえば分からなくなるところを、敢えて切り揃えずに製本するためには。折りの段階でも細心の注意と技術が必要になるため、手間と作業時間が余計にかかってしまいます。つまり出版社としてはカットするよりかえってコストがかかりますし、納期も余分に計算しなくてはならなくなるのです。
天の部分のギザギザ感は、決して手を抜いている訳ではなく、出版社の文庫本に対する熱い思いが込められているということのようです。不揃いか、フラットか、好みの分かれるところですが、ページをめくる際には、小さな文庫本に込められた思いも受け止めてみるのも、本を読む楽しみの一つになるのではないでしょうか。