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平和紙業株式会社
良く分からない紙の世界 ③ 「四六判」

紙と板紙の微妙な線引きの中、毎度出てくるのが四六判(788×1,091㎜)と菊判(636×939㎜)。
これもまた不思議な寸法と言えます。何故か、こんな中途半端な寸法が、紙業界で定着していて、この寸法に合わせて印刷機が改良され、更には製品の寸法にも影響を及ぼしています。

紙の歴史の中で、この二つの寸法が定着したのには、それなりの理由があるのですが、そこにも微妙な曖昧さが漂っているようです。

先ずは四六判から。
時代を遡ること江戸時代。徳川家康が江戸に幕府を開く際、多くの職人も江戸に呼び寄せます。その中には紙漉きの職人も含まれていたのですが、当時の紙の寸法は、美濃や越前、土佐など紙の産地ごとに独自の寸法を用いていて、統一規格が無かったようです。

こうした中、徳川家康のお膝元でもある尾張徳川家が、美濃地方(今の岐阜県)で作らせた代表的な和紙である美濃紙の判型である美濃判(9寸×1尺3寸=273×393mm)を、幕府の公用紙とします。(※一尺≒303.03mm、一寸≒30.303mm)
一説には徳川御三家専用のものとされ、他の大名や庶民は、その使用は禁止されており、この寸法より小さいものでなければならなかったとも言われています。

美濃和紙は、正倉院に保存されている資料にも使われているほど良質で、とても高い技術に裏打ちされた紙です。明治になってこの寸法が公に使われるようになると、美濃判やそれより大きい寸法を使うようになり、それが全国的に広まり、美濃判はわが国の標準的な寸法として親しまれ、定着するようになります。

ちょうどその頃、わが国でも活版印刷術が採用されるようになり、洋紙商は伝統ある美濃判の寸法を応用した印刷用紙を作ろうとしていました。 美濃判(9寸×1尺3寸=273×393mm)を、四つに切ると、4寸5分×6寸5分=136×196mmとなります。これを天地左右3分(9㎜)裁ち落すと、4寸2分×6寸2分(127×188㎜)となります。
これは、当時の本(和本)のサイズで、今のB6サイズ(128×182mm)とほぼ同じ大きさになり、現在では単行本の大きさです。

このことから、この寸法のことを、4寸2分と6寸2分の4と6を取って、四六判としたようです。今でも単行本の大きさを四六判と言うのはこのためです。

さて、この美濃判が8面取れる大きさを「大八つ判」と呼び、3尺6寸×2尺6寸=1,091mm×788mmとなり、四六判(4寸5分×6寸5分)が丁度32面取れます。四六判を取る大きさの紙の事が、いつの間にか、その大きさの紙自体を、『四六判』と呼ぶようになっていきました。

同時に、当時イギリスからクラウン判(20×30in=508mm×762mm)の印刷用紙を輸入していました。
面積でおよそ倍にした寸法「43×31in=1,092mm×787mm」は、3尺6寸×2尺6寸(1,091×788mm)となり、「大八つ判」と同じ大きさであることも、「大八つ判」=『四六判』の普及に拍車をかけました。
つまり、今の『四六判』は、江戸時代の和紙の寸法のDNAを持っているのです。

そして、この『四六判(1,091×788mm)』は、日本独自の寸法として定着し、この『四六判』をもとにB列が整備されることになり、昭和4年にJIS(日本工業規格)の前身JESによってB列が正式に制定されることになりました。
ちなみにJISで決められているB1サイズの寸法は1,030×728mmで、「四六判にすっぽり収まる大きさとなっています。

意外な事ですが、日本で言う、B列は、日本独自の寸法形体であって、世界基準のB列とは寸法が違います。世界基準のB列は、1,000×1,414mmが規準で、流通している紙の大きさは、この半分の大きさ1,000×700mmの寸法です。

インチを尺寸法で換算し、それをまたメートル法で換算したりするうちに、寸法の表記が何とも不思議な数字になってしまったと言う訳です。
現在では、海外に『四六判』を輸出する際には、「1,091×788mm」をインチに換算して、「43×31in」と表記しています。

ちなみに、四六判のことを、「4/6判」と表記したりするケースがありますが、この表記が何を意味するのかご存じない方は、この「4/6」を“ろくぶんのよん”と勘違いするようです。“ろくぶんのよん”の判型ってどんな判型なのか?って思いますが、それほど業界向けの用語でもあるということです。

『四六判』は、日本独自の寸法として定着した寸法で、主にB列の印刷物を作るのに適したサイズとして認識されています。

何となく分かったような、分からないような話ですが、江戸時代のDNAが現代まで引き継がれていると思うと、少し楽しくなったりもします。

写真1 | 良く分からない紙の世界 ③ - 平和紙業株式会社 | 活版印刷研究所

私の好きな作家「原寮」の単行本です。
こうした単行本のサイズを四六判と言います。これは、江戸時代の名残として、現代に引き継がれているものです。
ちなみに「原寮」は、デビュー以来32年間の内、長編5冊、短編1冊と、物凄く遅筆な作家です。

写真2 | 良く分からない紙の世界 ③ - 平和紙業株式会社 | 活版印刷研究所

 

良く分からない紙の世界 ③ - 平和紙業株式会社 | 活版印刷研究所

私の好きな作家「原寮」の単行本です。
こうした単行本のサイズを四六判と言います。これは、江戸時代の名残として、現代に引き継がれているものです。
ちなみに「原寮」は、デビュー以来32年間の内、長編5冊、短編1冊と、物凄く遅筆な作家です。

 

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