生田信一(ファーインク)
ガラスペンの楽しみ─HASE硝子工房を訪ねる
今回は私(生田)とコピーライターの酒井さよりさん、株式会社ノウトの高木芳紀さんの3名で埼玉県坂戸のHASE硝子工房さんにお邪魔し、ガラスペンと製造工程を取材させていただきました。詳細は、書籍「暮らしの図鑑 文房具」(翔泳社)で掲載させていただいたので、ぜひご覧になってください。
私(生田)は、ガラスペンといえばカリカリした書き味の印象がありました。ところが、HASE硝子工房の長谷川尚宏さんが作られたガラスペンは、とてもなめらかで気持ちよく書けることに驚きました。製造工程のバーナーワークを近くで拝見させていただいたのですが、1本1本が手作りで、幾多の工程を経て丁寧に仕上げられていきます。
今回のコラムは、前回に引き続き、ライターの酒井さんにガラスペンの魅力や楽しみ方を伝えていただきます。では酒井さんにバトンタッチ。
ガラスペン・デビューのチャンス到来
こんにちは! 文具が大好きなライターの酒井です。数年前からなぜか、ボトルインクが集まり始めました。カラーインク&つけペンが子どもの頃から大好きだったので、世の中のインクブームに反応したようです。そんな私が取材で、人気のガラスペンを製作されていらっしゃる工房に伺うことに。ここでは、本の中で紹介し切れなかった長谷川さんの製作のこだわりや、ガラスペンの魅力と楽しみ方などを、インク沼ビギナーの私がレポートいたします。
坂戸のHASE硝子工房、そこはまぶしい品々が
東武線坂戸駅から北へ車で5分ほど、おしゃれな看板が目印のHASE硝子工房があります(写真1)。扉を開けば、そこはステキなアイテムが並ぶショップと工房。オーナーでガラス作家の長谷川尚宏さんと奥様が迎えてくださいました。入口から見て右側が工房スペース、機材やガラス材を載せたデスクが。左側はショップスペースで、ガラスペンをはじめペンダントなどのアクセサリー、オブジェがディスプレイされており、左の壁際にはボトルインクが並び、左手奥には試筆デスクも完備されています(写真2〜5)。
今回主役のガラスペン、定番の人気アイテム「彗星」「流水ショート」がカラーバリエーションも豊富に並んでいます(写真6〜9)。水中と水面、ボディに両モチーフを表現し、中に貴石を閉じこめた「アクアリウム」も! 個性あふれるデザイン、アーティスティックで絶妙なライン、色・フォルムの美しさ、光を受けてきらめく艶やかさ。この美軸揃いのペンがズラリと並ぶ様子を見て、もはや平静ではいられません。私はもちろん、取材班の生田さん、高木さん、男性おふたりもテンションマックスです。
一つひとつがオンリーワン、すべてハンドメイド
製造工程を見せていただく前に、HASE硝子工房の長谷川尚宏さんにお話を伺いました。長谷川さんは19歳でガラスの魅力に出会い、29歳でソフトガラスの扱いの基礎を教室で学び、その後、独学でアクセサリーやトンボ玉、ガラスペンの製作をはじめられたとのこと。さらに透明度の高い作品を作りたいと、2000度以上にも達する高温の酸素バーナーを用いる硬質ガラス(ボロシリケイトガラス)を使った作品を手がけるようになったそうです。 硬質ガラスでガラスペンを作り始めて7年以上、こちらも独学でマスターされたとのこと! もうリスペクトしかありません。
彗星誕生の瞬間を目撃!
HASE硝子工房のペンは、軸もペン先もすべてハンドメイド。型は一切使わず、高温のバーナーとガラスを熟練の技で操り、美しさと機能性を備えたペンを製作されています。匠のバーナーワークから誕生する、ガラスペン「彗星」。優美な流線型の中空ボディ、透明軸に色ガラスのおしゃれなストライプが印象的な「彗星」の製作工程、その神業のレポートは「暮らしの図鑑 文房具」の工場見学のページに譲りますが、ここでは工程を簡単にご紹介。
炎で溶かされたガラス管に色ガラスで模様が描かれ、楕円形になり、球に近くなり、予想外な様変わりと複雑な工程を経て、熱せられ引き延ばされたガラスから一瞬でスーッと「彗星」のボディが誕生するその瞬間は、まさに夜空の彗星を見るようにドラマティックでした(写真11、12)。
プロも愛用、人気絶大のガラスペン
多くの文具ファンがSNSに上げている書写の画像で、HASE硝子工房のガラスペンをよく見かけます。美しいフォルムと輝きを持つだけでなく、筆記具として書きやすい、書きたくなるペンであることは間違いなさそう。さらに各地で開催されるイベントで販売されるペンたちは、決まってsold out。文具ファン・インクファンに絶大な人気、ハンドレタリング作家のbechoriさん、プロの画家の方も愛用されていらっしゃるとか。都内から店舗に足を運ぶ方も多いとのこと、取材当日もお客さまが都内より来店! 多くの方の心を捉えるガラスペン、その人気の秘密を探ってみましょう。
どんなインクも楽しめるペン先を
ガラスペンのペン先には必ず、数本の溝があります。ペン先をボトルインクに浸すと毛細管現象の作用でインクが吸い上げられ、ペンの先端が紙にふれることで、今度はインクが紙の繊維に吸い取られて文字を書くことができる、という構造です。溝の本数は製造する人によって異なるのですが、HASE硝子工房のペンは8本溝。
「ペン先はペンの命。どういうふうに製作すれば心地よく書けるようになるあれこれ悩み、改良してきました」と長谷川さんは語ります。ご自身もインクで書くことが好きな長谷川さんは、ラメ入りやシマーリングインク、どんなインクでも気持ち良く書けるペンを作りたいという想いで工夫を重ね、8本溝という現在の形になったとのこと。ペン先の溝が多ければ多いほど円に近づくので書きやすくなるものの、溝が狭くなるため、ラメインクや粘度のあるインクは出が悪くなる可能性もあるとか。どんなインクも楽しんで書けるペンにしたいという、インクファンでもある作家の熱い想いがペン先に宿っています(写真13)。
ゲルペンを超えた書き味に驚愕
ペン先にインクをしっかり溜め、書いているときにインクがスムーズに流れ出るように、ペン先の中心には手作業でスパイラルがつけられています。一度インクをつければ、はがき一枚は書けるといわれるガラスペン、HASE硝子工房のペンはそれ以上との評判です。
「思ったよりたくさん書ける、書きやすい、とおっしゃるお客さまが多いですね。書き味はゲルペンを目指しました」と長谷川さん。重量、握りやすさ、ペンバランスなど、筆記具としての機能性・快適性にもしっかりと配慮。仕上げの最終調整では拡大レンズでチェックしつつ、ペン先端の角を極限まで減らすなど、細やかなこだわりが貫かれています。
試筆用のペンで書かせていただくと、これは今までに経験したことのない筆記感。するりするり、スラリスラリ、そんなイメージです。同じつけペンの仲間のGペンとも、万年筆とも違う、以前試筆したガラスペンのカリカリ感とはまるで異なる感触。これはもう、ゲルペンを超えている! 優雅にやわらかく、まるで紙の上を踊るような、やさしくて気持ち良い書き心地(写真14)。「ガラスペンは、書いてみるとカリカリした感じ」。そんなイメージを持たれていらっしゃる方こそ、HASE硝子工房のペンの書き味を体験して欲しいです!
実は丈夫で耐久性あり、保証付きで修理もOK
文具女子、インク沼(熱狂的インクファン)の住人ならマストバイといわれるガラスペン。でも私はガラスペンを使うことに不安がありました。それは不注意でがさつな自身の性格。「ガラスペンを使いたいけれど、壊してしまいそうで怖いんです」と、長谷川さんにお話ししてみます。
「万年筆もペン先から落としたら破損しますよね、ガラスペンも同じです。普通に扱えば問題ありません。うちのペンは保証付きで、購入後一年間はペン先の修理を無償で行っています。保証期間を過ぎても2千円程度で修理できますよ」とのこと。ペン先が万が一ポキッと折れても、付け替えることができるのが硬質ガラスの良い所だそう!さらにこのガラスのペン先は硬くて耐久性があり、毎日絵を描く作家さんがハードに使っても2年は大丈夫とのこと。
ガラスペンはペン先の修理もでき、経年劣化や化学変化に強く、丁寧に扱えば長く使える筆記具。それならもう、ためらう理由はありません。取材を終えた私たち3人は、すぐにお買い物スタート。生田さんは「流水ショート」、高木さんは「ストライプ」を購入されました。
運命の一本はイエローの流水ショート
私が直感で選んだのはペールイエローの「流水ショート」。自分が決めたのでなくて、「はい、はい!私があなたのですよ!」とペンが主張したような気がしてなりませんが、たぶん気のせいです。ペン先はコンパクト、重量は重め、前寄りの重心。色、サイズ、手に持ったときのバランス、感触、書きやすさ。すべてに調和がとれていて、自分好みと感じました。工房で購入される場合、好みに合わせてペン先の太さを調整してくださるとのこと。左利きの方用の調整もできるそうです。私は特に調整しなくてもOKでした。当日は奇しくも12月24日、自分への最高のプレゼントを見つけた忘れられないイブになりました(写真15)。
書くことを楽しめるペン
ライターをしている自分にとって、書くこと=仕事で、筆記具は商売道具というイメージ。万年筆も何本か持っていて、ローラーボールペンやシャープペンシルも大好き。でもガラスペンはどんなペンとも違います。純粋に、筆記するという行為を楽しめる、「書くことそのものを楽しみなさいね」と語りかけてくれるように感じます。それは美しい姿のせいでしょうか、こだわりと技術が結集した書き味のせいでしょうか(写真16)。
顔料、古典、ラメ入り、気分に合わせてインク選び
最後にガラスペンの私流の楽しみ方をご紹介します。
毎日違う、インクを楽しむ。カラーインクの色選びも自由自在。顔料インク、ラメ入りインク、古典インク。どれも万年筆で使うにはなかなか厳しいといわれるインクたちも、ガラスペンなら気軽に使えます。使い終わったらペン先を水で洗うか、ティッシュや布でインクを拭き取ればOK。買ったばかりのインクをすぐ試したい、インク帳を作りたいときにもガラスペンは便利。ちなみに、画像のグリーンラベルのインク、グリーンにゴールパウダー入り「Comet Lovejoy」は、HASE硝子工房のオリジナル。人気ブランドTono&Limsとのコラボによる、6色ものオリジナルインクも購入できます(写真17、18)。
美文、聖句を、飾り原稿用紙に書写する
書写を楽しむ。ガラスペンで手紙や手帳を書くのもアリですが、書写をしてみたくなりました。SNSには青空文庫の小説の一節をお題にするなど多くの書写のアカウントがあり、書写の画像をアップして仲間と共有する楽しみがあります。また聖書アプリが配信する今日の聖句も書写のテーマに。一画一画、一文一文をゆっくり丁寧に書いてみる。ステイホームの心やすらぐ趣味となりました(写真19)。
飾り原稿用紙に書く
紙を楽しむ。インクを楽しむことに特化して製造され紙たち、グラフィーロ、OKフールス、トモエリバーなどのノートやパッドに文字を書くのも魅力的ですが、私は原稿用紙にも惹かれました。「暮らしの図鑑 文房具」でも紹介された、あたぼうの「飾り原稿用紙」。罫の色やデザインがとにかく可愛くてセンスが良いのでこれに書くと、気分がさらに上がります(写真20、21)。
最後にインク沼ファンタジーを……。
いろいろな色に魅せられ、次から次へとインクに恋をしながら旅を続ける乙女。
彼女の手に握られているのは、神秘の輝きを放つガラスペンでした・・・・・・。
旅する乙女はある日、あやまってペンを沼に落としてしまいます。
そこへ水中より現れた沼の女神。手にはペンを持っています。
「あなたが落としたペンは、このペリカンのスーべレーン400 緑縞?
それともセーラーの四季織 21金万年筆『春雨』?
それともTWSBIエコの限定モデル、クリアローズゴールド台北金馬映画祭かしら?」
「どれもステキな万年筆ですね、『全部私が落としました』といいたいです。
でもインク沼を旅する私が落としたのは、ガラスペンです。
色から色へと、自由気ままに書くことのできるガラス製のペンなんです!
あなたの万年筆自慢は今度のOFF会で伺いますから、ガラスペンを返してくれません?」
妄想が暴走しております。こんなインク沼ファンタジーを綴るのもガラスペンがよろしいかと。
(TEXT:酒井さより)
[プロフィール]
HASE硝子工房 長谷川尚宏
19歳でガラスの魅力に出会い、29歳で軟質ガラス製作の基礎を教室で学んだ後、独学でガラスのアクセサリーやトンボ玉、ガラスペンの製作を始める。その後に透明度の高い作品作りを目指して硬質ガラスによる製作、硬質ガラスによるペン製作をスタート。酸素バーナーとガラスを操りすべて手作業で作られる、美しさと機能性を兼ね備えたガラスペンは、レタリング作家・イラストレーターなどプロのファンも多い。2020年10月、埼玉県坂戸市の現在の場所に工房を移転、同時期にTono&Limsの埼玉フラッグシップとして同社のインクの取り扱いを開始、コラボによるオリジナルインクも販売。全国で開催される文具イベントにも出展し、絶大な人気を誇る。
HP:https://haseglass.thebase.in/
Twitter:@haseglassworks
Instagram:@haseglassworks
[ライター・プロフィール]
酒井さより
コピーライター。企業・商品・サービスの広告全般の企画・制作、ライティング、社内報の取材編集記事なども手がけています。「暮らしの図鑑 文房具」(翔泳社 2021年3月刊行)では文具の基礎知識のインク・筆記具等の記事と、工場見学のページを担当しました。文具好き。