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生田信一(ファーインク)
書籍『本をつくる』と和紙表紙特装本『私たちの文字』

写真:高見知香 | 書籍『本をつくる』と和紙表紙特装本『私たちの文字』 - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

写真:高見知香

本づくりにまつわるさまざまな活動を行っている「本づくり協会」から素敵な本が生まれました。言葉を紡ぐ「詩」、詩を形づくる「文字」、組んだ文字を一冊にまとめた「本」。それぞれの立場の人の力が合わさって一冊の本ができあがりました。「詩」と「文字」と「本」をめぐるドキュメンタリーと言える一冊です。ぜひ手にとって味わってみてください。

写真:高見知香 | 書籍『本をつくる』と和紙表紙特装本『私たちの文字』 - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

写真:高見知香

詩をつくる、文字をつくる、そして『本をつくる』

『本をつくる』は「詩人・谷川俊太郎さんの詩のために新しく文字を作るとしたら?」というお題の元に生まれた一連のプロジェクトを記録したドキュメンタリーです。書体設計士 字游工房の鳥海修さんが谷川俊太郎さんの詩のために文字を設計しました。完成した新しい書体で谷川さんの詩を組み、印刷するのは活版印刷職人 嘉瑞工房の髙岡昌生さん。そして刷り上がった紙面は、長野・美篶の製本工場 美篶堂の製本職人の手により、蛇腹製本の形態の詩集に仕上げられました。

一連のプロジェクトを取材し、インタビューをまとめられたのは、編集者・ライターの永岡綾さん。永岡さんのテキストは数々の写真や資料と一緒にまとめられ、『本をつくる』(河出書房新社)という形の本になりました(写真1)。

(写真1)『本をつくる 書体設計、活版印刷、手製本――職人が手でつくる谷川俊太郎詩集』鳥海修・髙岡昌生・美篶堂・永岡綾 著、河出書房新社。 | 書籍『本をつくる』と和紙表紙特装本『私たちの文字』 - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真1)『本をつくる 書体設計、活版印刷、手製本――職人が手でつくる谷川俊太郎詩集』鳥海修・髙岡昌生・美篶堂・永岡綾 著、河出書房新社。

鳥海修さんは、谷川俊太郎さんの詩を組むために新たな日本語のかな(ひらがな、カタカナ)を設計しました。出来上がった書体は、鳥海さんが「朝靄(あさもや)」と命名し、発表されました。今後、デジタルフォントとしてリリースされる予定とのことで、近い将来デザイナーが「朝靄」を使って文字組みできる日がやってきます。

鳥海さんは、この書体は日本語の詩をベタで組んだときに違和感がなく、美しく、読みやすくなるよう細部を調整しています、と語ります。ベタ組みは、字間を空けたり詰めたりせずに組むことで、文字本来が持っているデザインを利用したオーソドックスな組み方です。

鳥海修さんは日本語書体の「游明朝体」「游ゴシック体」などを設計されています。たとえば「朝靄」のかなと「游明朝体」の漢字を組み合わせて組むことで、バランスのよい文字組みができます。かなと漢字は、IllustratorやInDesignのソフトウェア上で別々のフォントを割り当てたることができます(こうした機能を「合成フォント」と呼びます)。

『本をつくる』の冒頭の第1章では、鳥海修さんが新しい書体の設計に取り組む過程が克明に記録されています。大まかな流れは、鳥海さんが谷川さんにお会いして、書体設計の方針を立て、筆で文字のデザインを起こし、ホワイトを入れて細部を調整、最終的にアウトラインデータを起こす作業になります。制作の途中段階の図版も豊富に掲載されているので、新しく日本語書体を作ってみたいと考えている方にとって貴重な参考資料になると思います。

(写真1)『本をつくる 書体設計、活版印刷、手製本――職人が手でつくる谷川俊太郎詩集』鳥海修・髙岡昌生・美篶堂・永岡綾 著、河出書房新社。 | 書籍『本をつくる』と和紙表紙特装本『私たちの文字』 - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真1)『本をつくる 書体設計、活版印刷、手製本――職人が手でつくる谷川俊太郎詩集』鳥海修・髙岡昌生・美篶堂・永岡綾 著、河出書房新社。

蛇腹折りの特装本、詩集『私たちの文字』

もうひとつのプロジェクトは、出来上がった「朝靄」の書体を使って、谷川俊太郎さんの詩を組み、本(詩集)の形にすることでした。この詩集の製本形態には「蛇腹折り」が採用されました。「蛇腹折り」はできあがった形が蛇の胴体のような形に見えることから名付けられ、お経を読む時に使われる経本に使われることから「経本折り」とも呼ばれています。

詩集『私たちの文字』には、谷川俊太郎さんの2篇の詩が収められています。表面は和文で組まれた詩が活版印刷で刷られ、裏面には嘉瑞工房で所有されている欧文の金属活字を使って欧文の詩の文字組みを行い、こちらも活版印刷で刷っています。(写真2)は、髙岡さんが金属活字で組んだ刷版です。

(写真2)嘉瑞工房 髙岡昌生さんが組まれた金属活字の印刷版。写真2:高見知香 | 書籍『本をつくる』 と 和紙表紙特装本『私たちの文字』 - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真2)嘉瑞工房 髙岡昌生さんが組まれた金属活字の印刷版。写真2:高見知香

現在では、新しい文字の金属活字を製造するのは困難です。活字鋳造の元になる「母型」を作る職人さんがいなくなってしまったためです。そのためデジタルフォントを使って紙面デザインが行われ、樹脂凸版を作成して活版印刷で刷ることになりました。

印刷された表裏を見比べると、和文と欧文の文字が醸し出すそれぞれの魅力を感じ取ることができます。今日の活版印刷技術を駆使した最高峰の紙面と言っても差し支えないでしょう。

出来上がった特装本の詩集『私たちの文字』(美篶堂)は本当に素晴らしい出来栄えです(写真3〜5)。紙も厳選されたものが選ばれており、紙に直接触れることで優しい質感が伝わり、新たな感動を覚えます。(写真6)は、美篶堂での手製本の作業風景です。

詩集『私たちの文字』は、インタビュー本『本をつくる 』と合わせて収納できるブックケースが作られました。これらは美篶堂オンラインショプで購入可能で、以下の2タイプから選べます。

和紙表紙 特装本 『私たちの文字』(美篶堂)+ブックケース+『本をつくる』(河出書房新社)を合わせたセット
※『私たちの文字』と、その製作過程のルポとインタビュー本『本をつくる』(河出書房新社)を合わせたセット

和紙表紙 特装本 『私たちの文字』+ブックケースのみのセット
※こちらは、製作過程のルポとインタビュー本『本をつくる 』(河出書房新社)をご購入された後に、『私たちの文字』をご希望されたお客様用のセットとなります。書籍『本をつくる』河出書房新社刊)は含まれておりません。ご注意下さい。

(写真3)和紙表紙 特装本 『私たちの文字』(美篶堂)。 詩 :谷川俊太郎、書体設計:鳥海修、活版印刷:嘉瑞工房、製本  :美篶堂、監修  :本づくり協会。写真3〜5:高見知香 | 書籍『本をつくる』 と 和紙表紙特装本『私たちの文字』 - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

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(写真4)和紙表紙 特装本 『私たちの文字』(美篶堂)。 詩 :谷川俊太郎、書体設計:鳥海修、活版印刷:嘉瑞工房、製本  :美篶堂、監修  :本づくり協会。写真3〜5:高見知香 | 書籍『本をつくる』 と 和紙表紙特装本『私たちの文字』 - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

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(写真5)和紙表紙 特装本 『私たちの文字』(美篶堂)。 詩 :谷川俊太郎、書体設計:鳥海修、活版印刷:嘉瑞工房、製本  :美篶堂、監修  :本づくり協会。写真3〜5:高見知香 | 書籍『本をつくる』 と 和紙表紙特装本『私たちの文字』 - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

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(写真3〜5)和紙表紙 特装本 『私たちの文字』(美篶堂)。 詩 :谷川俊太郎、書体設計:鳥海修、活版印刷:嘉瑞工房、製本 :美篶堂、監修 :本づくり協会。写真3〜5:高見知香

(写真6)美篶堂での手製本の作業風景。写真6:高見知香 | 書籍『本をつくる』 と 和紙表紙特装本『私たちの文字』 - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真6)美篶堂での手製本の作業風景。写真6:高見知香

(写真2)嘉瑞工房 髙岡昌生さんが組まれた金属活字の印刷版。写真2:高見知香 | 書籍『本をつくる』 と 和紙表紙特装本『私たちの文字』 - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真2)嘉瑞工房 髙岡昌生さんが組まれた金属活字の印刷版。写真2:高見知香

(写真3)和紙表紙 特装本 『私たちの文字』(美篶堂)。 詩 :谷川俊太郎、書体設計:鳥海修、活版印刷:嘉瑞工房、製本  :美篶堂、監修  :本づくり協会。写真3〜5:高見知香 | 書籍『本をつくる』 と 和紙表紙特装本『私たちの文字』 - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

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(写真4)和紙表紙 特装本 『私たちの文字』(美篶堂)。 詩 :谷川俊太郎、書体設計:鳥海修、活版印刷:嘉瑞工房、製本  :美篶堂、監修  :本づくり協会。写真3〜5:高見知香 | 書籍『本をつくる』 と 和紙表紙特装本『私たちの文字』 - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

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(写真5)和紙表紙 特装本 『私たちの文字』(美篶堂)。 詩 :谷川俊太郎、書体設計:鳥海修、活版印刷:嘉瑞工房、製本  :美篶堂、監修  :本づくり協会。写真3〜5:高見知香 | 書籍『本をつくる』 と 和紙表紙特装本『私たちの文字』 - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

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(写真3〜5)和紙表紙 特装本 『私たちの文字』(美篶堂)。 詩 :谷川俊太郎、書体設計:鳥海修、活版印刷:嘉瑞工房、製本 :美篶堂、監修 :本づくり協会。写真3〜5:高見知香

(写真6)美篶堂での手製本の作業風景。写真6:高見知香 | 書籍『本をつくる』 と 和紙表紙特装本『私たちの文字』 - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真6)美篶堂での手製本の作業風景。写真6:高見知香

森岡書店で催された刊行記念展、雑誌「望星」のこと

2019年4月9日〜4月14日の期間、東京銀座の森岡書店で、「『本をつくる 書体設計、活版印刷、手製本――職人が手でつくる谷川俊太郎詩集』刊行記念展」が催されました。森岡書店・銀座店は「一冊の本を売る書店」で、一冊の本からインスパイアされる展覧会を行う書店です。筆者はこの展覧会と、髙岡昌生さん、鳥海修さん、永岡綾さんのトークイベントに参加しました。

ギャラリーでは、活版印刷の詩集『私たちの文字』が展示販売され、さらに鳥海修さんの新書体の原字、髙岡昌生さんの金属活字組版、撮影の高見知香さんの写真パネルなどが展示されました。会場では、蛇腹製本の詩集「私たちの文字」に触れることができました。表紙に触れると和紙の風合いの心地良さが実感できます。またブックケースや手製本による蛇腹折りの精巧なつくりにも驚かされます。

4月11日のトークイベントでは、髙岡さんが詩の文字組みをテーマに話されました。新しく作られた朝靄の書体を使って谷川俊太郎さんの詩を文字組みしたことや、詩のような散文のテキストを文字組みするときの注意点などを解説いただきました。

組版作業のポイントは、組んだ後に文字間や文字サイズを微調整し、何度も読んで心地よい状態にすることだと話されました。紙面全体の黒の濃度を調整することにも言及され、この点は日頃の業務で本文の文字組みを行う際にも注意すべき点だと感じました。さらに、これまで手がけられた詩集の数々を紹介いただきました。欧文活字で組まれた詩を間近で見る機会は少ないので、とても貴重な体験になりました。

4月14日のイベントでは、鳥海修さん、永岡綾さんのお話を楽しみました。トークの冒頭に、新しい元号の「令和」の字形について触れました。「令」の字形は、明朝体のような印刷標準書体の形と、学校教育で使われる楷書体、教科書体の字形があり、どちらも正しい字形であることを説明されました。

編集者・ライターの永岡さんは、今回のプロジェクトに立ち会いすべてを見届けて、一冊の本としてまとめあげました。書体や活版印刷、製本に関することも丹念に調べて文字を起こしています。随所に綺麗で美しい表現が見受けられ、本書を読む大きな楽しみのひとつになっています。

本コラムを執筆中に、雑誌「望星」2019年5月号に、鳥海さんが取材を受けた記事が掲載されていることを知りました。5月号の特集タイトルは「続・書体の正体!」。特集記事の中に「谷川俊太郎さんの詩の書体をめぐって 嘘のない書体をつくる 鳥海修」のインタビュー記事が掲載されています(写真7)。この記事の中から印象的な一節を引用します。書体のデザイン作業を進めるなかで、鳥海さんが思い至ったことです。

「最終的にどう思い至ったかというと、谷川さんと対峙できる自分の文字をつくろうと思ったんです。つまり谷川さんのイメージでつくるのではなく、谷川さんと対峙する〝自分の文字〟をつくらねば、と。そう思えた瞬間に、人に何を言われようが腰が据わってきたきたというか覚悟ができた気がします。」(「望星」2019年5月号)

(写真7)雑誌『望星』2019年5月号、発行:東海教育研究所。 | 書籍『本をつくる』 と 和紙表紙特装本『私たちの文字』 - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真7)雑誌『望星』2019年5月号、発行:東海教育研究所。リンク:http://www.tokaiedu.co.jp/bosei/

鳥海さんのお話は、実に楽しく、おもしろく、深く、そしてためになります。書体設計士の方のお話を直接聞く機会はなかなかないので、機会があれば参加してみることをお勧めします。ちょうど新学期のシーズンで、私の勤務するデザイン専門学校でも、文字やタイポグラフィの授業が始まります。デザインを学ぶ若い人たちも、この本の良さを伝えていきたいと思います。

では、次回をお楽しみに。

 

プロフィール

鳥海修 (トリノウミ オサム)
書体設計士。多摩美術大学卒業後、写研を経て字游工房を共同で設立。ベーシック書体を中心に百以上の文字を設計。2002年第1回佐藤敬之輔賞、2005年グッドデザイン賞受賞ほか。著書に『文字を作る仕事』。

髙岡昌生 (タカオカ マサオ)
嘉瑞工房代表取締役。金属活字を用いた活版印刷により主に端物印刷物を制作。英国王立芸術協会フェロー、モノタイプ社アドバイザー。2004年第3回佐藤敬之輔賞受賞。著書に『欧文組版 組版の基礎とマナー』等。

美篶堂 (ミスズドウ)
長野・美篶に製本工場を、東京・神保町にショップを営む手製本の会社。長年培った技術を駆使した美しい本を生みだしながら、本づくり協会・本づくり学校の運営、ワークショップの開催などの活動にも力を注ぐ。

永岡綾 (ナガオカ アヤ)
編集者・ライター。雑誌・書籍の編集部を経てフリーランスに。デザイン専門誌などを手掛ける。本づくり協会・会報誌の編集を担当。イギリスで手製本を学び製本家としても活動中。著書に『週末でつくる紙文具』など。

本づくり協会 (ホンヅクリキョウカイ)
本づくりの「文化の継承」「技術の継承と記録」「人材の育成」を目的に、2014年発足。イベントやワークショップの実施、会報誌“BOOKARTS AND CRAFTS”の発行などを行っている。

(写真7)雑誌『望星』2019年5月号、発行:東海教育研究所。 | 書籍『本をつくる』 と 和紙表紙特装本『私たちの文字』 - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真7)雑誌『望星』2019年5月号、発行:東海教育研究所。リンク:http://www.tokaiedu.co.jp/bosei/