アミリョウコ
オアハカの活版印刷所・Linotipográfica Quintas
Octubre(10月)
こんにちは、アミリョウコです。10月に入り本当にほっとしているところです。というのも9月は本当に自然災害に見舞われたひと月でした。地震、ハリケーン、洪水、大雨。一気にやって来たという感じです。10月は晴れの日が多く、青空が戻ってきて気持ちのいい日が続いています。
11月には「死者の日(Día de muertos)」という行事があるので、街にガイコツのグッズをよく見かけるようになりました。死者の日は日本でいうところの「お盆」のようなお祭りです。死者がこの日に戻ってくると信じられていて、彼らを迎えるために祭壇が用意されたり、特別な食べ物がお供えされたりします。これだけ書くと日本のお盆と一緒のようですが、先にも書いた通り町中にガイコツがあふれるのです。しかも、ガイコツのくせに大笑いしながらギターを弾いたり、踊ったり、酒を飲んだりしているので初めて見ると「なんだこれは?!」とびっくりしてしまいます。ところ変わればお祝いの表現の仕方がこんなにも変わるとは……!!そんな文化の違いを見せつけられるお祝いの一つです。
さて、今回はオアハカに戻ってきてから足を運ばせてもらっている活版印刷所”Linotipográfica Quintas”について書こうと思います。
リノティポグラフィカ・キンタス
「リノティポグラフィアキンタス」はキンタスさんという一家が営んでいる印刷屋さんなのですが、マエストロキンタス(キンタス師匠、以下マエストロ)は御年76歳ですが今でもバリバリ現役の職人さんです。
マエストロは6歳で印刷業にかかわり始めて14歳にして自分の店を構えたという、印刷をするために生まれてきたような人です。先月のコラムでも書いたとおり、メキシコにおいて(私の知りうる限り、少なくともオアハカにおいては)、デジタルプリントの台頭は著しく伝統的な印刷業というのはどんどんと隅に追いやられています。そんな中、活字を組んで印刷している非常に貴重な印刷屋さんです。
「リノティポグラフィカ」はスペイン語で「活版印刷」という意味です。マエストロの話を聞いていると、が印刷業を開業してから印刷の技術も私たちの生活も劇的に変わり続けているのだなと感じます。マエストロの口から語られる子供時代や青年時代のメヒコの様子の話を聞くにつけ、「古き良き時代」というノスタルジーはどこの国にも存在するのだなとしみじみと感じます。(へびを生け捕りにして食べたとか、亀の肉はおいしいとか、ワイルドなエピソードが多くてそのたびに仰天しきりなのです。)
インテルティポについて
印刷技術に関してもとても興味深く、もともとは活字を拾って印刷をしていたそうなのですが、新聞の印刷も請け負っていた頃にはIntertipo(インテルティポ) (英: Intertype、参考動画)という機械で印刷をしていたそうです。
インテルティポはLinotipo(英:Linotype、日:ライノタイプ)のように、”キーボードを打鍵する事によって、活字母を並べてそれを鋳型とし、それに溶けた鉛を流し込んで、新聞などの印刷版型を作成する装置(wikipediaより)”で、リノティポ(ライノタイプ)よりも小型な鋳植機だったようです。
「キーボードを打ってそれをそのまま鋳造して行を作る」という説明がはじめ何度聞いても意味が分からず、一体どんな機械なんだと不思議に思いましたが、動画を見つけてようやく腑に落ちました。それまで一つ一つの文字を拾っていたことを思えば、このインテルティポやリノティポの出現というのはものすごい革命だったのだろうなと思うと同時に、それで次々と印刷していたという当時の印刷業の忙しさが生き生きと伝わってきます。
新聞の印刷業の全盛期はこのインテルティポを2台所有していて、一日中稼働して印刷する時代だったといいます。現在ではメインの部屋にモータ式の印刷機が2台と、足踏みの印刷機が1台、奥の部屋にさらに大きな印刷機が1台あります。
工房のようす
このようなポスターは、かつては映画やルチャリブレの興行の際のポスター、お祭りのポスターなど様々な場面で刷られていたそうですが、最近では活版印刷でポスターの依頼をするのは一般の人ではいないようです。
マエストロのコレクション
マエストロは、若いときからいろいろな活字や活版印刷に使う道具を集めていて、そのコレクションを少し紹介します。上で紹介したポスターを見てもわかるとおり、たくさんの活字を所有されています。いろいろなサイズ、書体、年代、国のものが所狭しと保管されてあります。
活版印刷の依頼の減少とともにすべてを使う機会は減ってしまったといいますが、その場所はすべて頭に入っています。それにしても、英字フォントの書体の豊かさには驚きです。同じ文字サイズでも、太字や斜体のものがあったり細い書体や反対に太い書体など、当たり前ですがそれぞれの書式ごとに活字の箱が存在します。
おわりに
私がこの印刷所に通い始めてから活版の印刷の仕事が立て続けにあったのですが、ここにきて途切れてしまいました。それを機会に最近は、掃除と称して信じられないくらいたくさんある活字の箱の引き出しを覗かせてもらっています。こんなにも文字の書体に注目して一字ずつを眺めて、それがこんなにも美しいのかと意識したことは今までにない気がします。
マエストロは版を作らずに、一文字ずつ活字を拾ったものを組んで印刷します。刷り上がりと、依頼主のイメージを頭の中で膨らませながら自分の持っている活字を探すのです。依頼主も、字体などの細かい指定はせずに「こういうイメージ、これだけは絶対に入れてほしい情報」を伝えてあとは完全に任せます。そこから完成までは経るプロセスがたくさんあって、それらは印刷されたものには一見映っていないようですが、そこにある余白や文字からはやはり手仕事の素晴らしさが伝わって来ると思います。
私は日本の活版のことも何も知らずにこうしてメヒコの活版に触れ始めたわけですが、印刷するという仕事に情熱と愛情を注いで取り組むこのマエストロを見ていると、メヒコにおいての活版印刷がどうか無くならないでほしいと切に願う今日この頃です。
Saludos!(それでは!)