WEB MAGAZINE
web-magazine

紙ノ余白
続ける姿、「加減」の話

続ける姿、「加減」の話 - 紙の余白 | 活版印刷研究所

文章で表現することに挑ませて頂き、おかげさまで一つの年を越えることができました。
いつもありがとうございます。

そして本年もどうぞよろしくお願いいたします。

続ける姿、「加減」の話 - 紙の余白 | 活版印刷研究所

昨年末もまた石州へ皮剥の「てご(石見弁。手伝いの意)」をしに行っていきました。
刈り取られた楮が例年より多く、中休みを挟みながら、1週間程、蒸しと皮剥が行われました。
都会の喧騒を離れて、夜行バスに乗り、早朝到着して、乾燥させている楮の束を「てねかえる(たばねかえる)」作業を始めると、楮が手や身体にしっくりくることが内心驚きでもありました。

師匠の娘さんが、毎年この時期に帰省して、一緒に皮剥をするのですが、お母さん(師匠の奥さん)から
「あんた、上手いねえ」て言われると
「そりゃあ、これ手伝って30年ですからね」
て答えられたそう。

娘さんは私と同世代の方ですが、小学生の頃から兄弟みんなでお祖父ちゃんやお父さんを手伝って今や大ベテラン。

師匠もまた
「うちらも小さい頃は年玉もらうのに手伝いよったよ。」
と今も一緒に仕事をしているお姉さんと話しているのを聞くと、なんとも言えず感慨深いなと思いました。

半世紀以上一つのことを淡々と続ける姿。
それが数百年繋がって、この和紙が生まれていること。

師匠のお兄さんもまた子供の頃から皮剥をされています | 続ける姿、「加減」の話 - 紙の余白 | 活版印刷研究所

師匠のお兄さんもまた子供の頃から皮剥をされています

そして私は京都へ帰り、この時期に集中する制作に挑む日々。

私の仕事は和紙をあつかう事。
染めるという加工もその一つ。

言葉で「染める」と書くと単純なのですが、いろんな加減があるのです。

「加減」
この表現ほど摑みどころのない言葉はありません。

例えば、和紙に染料を染み込ませる時。
楮の繊維一本一本の芯まで染料を入れるときと、
楮の繊維の表面にだけ染料を入れるとき、
使う刷毛や刷毛につける染料の量など加減が必要。

もっと細かく言うと刷毛の何処に染料をつけるのか。
刷毛一本一本の隙間を閉じるのか、拡げるのか。
和紙に移すとき、刷毛を立てるのか、寝かすのか。
立てると寝かすでも文字にすると2段階のようですが、そこにある加減は無段階。

和紙が変わればまた加減が変わる。
染料と顔料とでも加減が変わる。
その日の季候によっても、朝と昼とでも。
染める私自身の気持ちによっても。

加減が無限に変わります。

今日の答えは明日の正解ではない。

和紙に向き合い、和紙から伝わってくる気配を感じ取り、一瞬でこの無限にかつ無段階にある加減を見極めなければならない。

和紙を漉いてくださった職人の方、下ごしらえしてくれたおばちゃん達の顔が見え、その時の工房の空気を感じ、皆の会話も聞こえてくるよう。
この大切な一枚の和紙を私の加減でもっと美しくするのが私の仕事。
だから加減を誤ると大切な和紙を台無しにしてしまうという怖さをいつも感じます。

ある時、染めの師匠の手伝いをしているとき、
「目で見てるうちはたぶんわからん。和紙から帰ってくる音や、もっと細かい振動。さらにもっと細かい気配。「気」を感じるように体で感じろ」
と、私が悪戦苦闘している染めの加減をアドバイスしてくださった。
壁の向こう側から。

石州でも、漉き舟から離れたところにいた師匠から
私の水音と気配だけで紙の状態を悟られていたのを思い出します。

紙漉きも染めも口伝と自身での体得。

私はこの1年様々な和紙と対話を繰り返して
また年末楮を剥ぎに行く。

楮を剥ぎながら
「人生何を間違ってこんなことしてるんやろ」て思わんか?
と師匠から冗談まじりに聞かれましたが、

幸せです。
こんなことに関われるなんて。

続ける姿、「加減」の話 - 紙の余白 | 活版印刷研究所

続ける姿、「加減」の話 - 紙の余白 | 活版印刷研究所

師匠のお兄さんもまた子供の頃から皮剥をされています | 続ける姿、「加減」の話 - 紙の余白 | 活版印刷研究所

師匠のお兄さんもまた子供の頃から皮剥をされています