生田信一(ファーインク)
スタンプアート作品集「TOKYO SALARYMAN STAMP」(大嶋奈都子)の世界
今回は、イラストレーター・スタンプアーティスト 大嶋奈都子さんを紹介します。大嶋さんは、サラリーマンなど街中の人たちのスタンプを日々制作し、ZINE(リトルプレス)を刊行するほか、個展や展覧会などで作品を発表しています。また、大嶋さんが作られたスタンプ風の似顔絵やイラストは、書籍や雑誌、Webメディアなどでお見かけする機会も増えています。
今回のコラムは、大嶋さんにお話を伺って、スタンプの作り方、さらに作られた作品の数々をご紹介しましょう。
ZINE(リトルプレス)で楽しむスタンプアート
最初に、大嶋奈都子さんの作品集「TOKYO SALARYMAN STAMP」を紹介します(写真1、2)。この冊子はZINE(リトルプレス)の形態で刊行され、MOUNT ZINEのサイトで購入できます。または、東京都目黒区八雲のMOUNT ZINEのショップ&ギャラリーでも販売されています。
紙の折り方が特殊で、冊子としてページをめくることができます。さらに折りを展開すると、B2サイズのポスターになります(写真3〜6)。
表紙、後ろ表紙をよく見ると、特定のイラストだけがバーコ印刷のようにインキが盛り上がっていることに気づきます(写真7)。盛り上げる加工は手作業で行っているとのことで、楽しいしかけのZINEに仕上がっています。
続いてご紹介するのが、「TOKYOITE STAMP」です。こちらはB6サイズ、28ページのくるみ製本のZINEです。東京の街中の人たちを観察し、スタンプにしたZINEです(写真8)。イラストは、街中で見かけた作業をしている人、待ち合わせをしている人、カップルなどの姿で、すべてスタンプで表現されています。
製本したものを拝見すると、表紙や本文用紙のチョイス、印刷、レイアウト、文字組みも素晴らしい出来栄えで、細部まで丁寧に仕上げられていることに驚かされます。
このように、街中の人々をスケッチするストリート・ウオッチングは、大嶋さんのライフワークになっているそうです。いくつかの作品を拝見すると、スケッチを通して描かれるイラストには人間観察の深い洞察が感じられます。ルックスやポーズ、表情から職業や人柄が伝わってくるところがおもしろいです(写真9、10)。
大嶋さんのストリート・ウオッチングのキャリアは長く、学生時代の頃から始められたとのこと。美大に進まれた後は、専攻したゼミにおいてもこのテーマを追い求め続けました。ゼミでは担当された先生から、制作プロセスやデザインについてアドバイスを受けられたそうです。
スタンプ作りとギャラリー、ワークショップ
スタンプアートでは、押すためのスタンプが必要になります。スタンプの作成では、木版やゴム版などさまざまな方法があります。大嶋さんは、「いろいろな方法を試しましたが、樹脂凸版の技法が自分が望んでいるタッチがもっとも得られる」という考えに至ったと話します。
樹脂凸版の作成は専門の業者に依頼することもできますが、大嶋さんは道具をすべて揃え、自分で行います。
工程を簡単に説明すると、まずはスケッチからモノクロ1色のイラストを起こし、データ上で白黒を反転したネガイメージの画像を作ります。これを透明なシートにプリントし、感光皮膜が塗布された樹脂版に密着させてUV(紫外線)プリンターで焼き付けます。露光では、ネガの黒い部分は遮光され、透明のイメージ部分だけに光が当たり硬化します。焼き付け後に水現像で凸面(出っ張った部分)を作る、という流れになります(写真11)。
出来上がった凸版の樹脂はハサミでイメージの周囲をカットすると、押したときに周囲に余分なインキが付きにくくなります。これを木材に貼り付けて完成です。作品のための作られたスタンプは個展や展覧会の場で見ることができます(写真12〜15)。
展示やワークショップでは、実際にスタンプを押して試せるコーナーが設置され、人気を呼んでいるそうです(写真16)。イベントのために超特大のスタンプも作られました。特大のスタンプは、子供たちがスタンプの上でピョンピョン跳ねて楽しむこともあるそうです(写真17)。
クライアントワーク、新しいスタンプアートの楽しみ方
大嶋さんのイラストは、出版社やプロダクションなどのクライアントから人気で、雑誌の連載コラムの挿絵や書籍の装丁、Webサイト、DVDパッケージなどで見かける機会も多いと思います(写真18、19)。
イベントなどでスタンプラリーが催される際には、スタンプアートが威力を発揮します。「古書の日スタンプラリー」では、神保町ほか73店舗のスタンプを制作しました(写真20、21)。
最近では、スタンプアートを動かすことにもチャレンジしています。大嶋さんの愛らしいイラストに動きが加わると、楽しいですね。以下の2作品はGIFアニメーションやムービーファイルになっています(ムービー1、2)。
今回は、私たちの日常でもっとも身近なスタンプという素材を取り上げ、スタンプアートの世界を探ってみました。思えば活版印刷の金属活字の1字1字はスタンプです。そう考えると、スタンプに親しんで、いろんな可能性にチャレンジすることで、新しい世界が広がるような気がします。とても楽しい取材でした。
では、次回をお楽しみに!
プロフィール
大嶋奈都子 Oshima Natsuko
1984年生まれ。武蔵野美術大学大学院視覚伝達デザインコース修了。街中のおじさんなどのスタンプ作品を、ライフワークとして日々制作。 似顔絵アイコンや書籍等お仕事の他、国内外のスタンプのワークショップやイベントに参加多数。