生田信一(ファーインク)
『AOYAMA CREATORS STOCK 16 内田喜基展 Kanamono Art Exhibition at Takeo』に行ってきました
2019年11月27日〜12月27日、竹尾・青山見本帖で催された「AOYAMA CREATORS STOCK 16 内田喜基展 Kanamono Art Exhibition at Takeo」を取材させていただきました。アートディレクター・グラフィックデザイナーの内田喜基さんが手がける「Kanamono Art」の最新作が展示されました。
「Kanamono Art」の展示は私自身、初めての体験でした。どの作品も素晴らしかったのですが、驚いたのは、作品には印刷・加工を手がけられた会社のノウハウや、和紙や織物の職人さんによる並々ならぬ技術が注がれていることでした。その秘密をもっと知りたいと思い、年が明けてから内田さんに取材をお願いしました。
これからの印刷、デザインワークのおもしろさのヒントを与えてくれた貴重な展示でした。ゆっくりお楽しみください。
竹尾 青山見本帖で開催された『AOYAMA CREATORS STOCK 16 内田喜基展 Kanamono Art Exhibition at Takeo』
内田さんのお仕事はとても幅広く、商品デザインやブランディング、インスタレーションなど多岐にわたります。これまで手がけられた商品やプロジェクトは株式会社cosmosのサイトで見ることができます。
内田さんは2018年に『グラフィックデザイナーだからできるブランディング』(誠文堂新光社)を刊行されました。本コラムで関心を持たれた方は、こちらを読み進めてみることをお勧めします。
まず、展示会のテーマになっている「Kanamono Art」について紹介しましょう。「Kanamono Art」サイトでは、以下の紹介があります。
無機質な金属で有機的な生き物が創られている。
偶然のようで緻密に計算された、カナモノの配置によるKanamono Art。
カナモノ(クギ、ドライバー、ネジ、ペンチなど)48種類を組み合わせ、
まるで図鑑のような世界を表現する。
遠くからは動物に見える。けれど近くで見るとすべてカナモノで構成している。
その違和感が独自の世界観を生み出している。
(「Kanamono Art」サイトより)
「Kanamono Art」は、身近にある金物が地球に生息する生き物に変身する面白さがあります。素材になっている金物のグラフィックは、元々は浜松の会社 小山金物のグラフィックツールを手がけたことがきっかけで作られたようです(「cosmos」のサイトで初期の形を見ることができます)。現在では、「Kanamono Art」は内田さんのライフアートワークになっています。金物のグラフィックが姿を変えてアート作品に進化していく様子は、見ていて楽しいです。
竹尾・青山見本帖での展示では、「Kanamono Art」が竹尾のファインペーパーおよび、先進的な特殊印刷や日本の伝統技術と結びつき、さらに進化した姿を見ることができました。進化のプロセスはこれからも続いていくのでしょう。
『Facing a nature crisis』
展示会場の青山見本帖の店内に入るとすぐ右側に、竹尾のファインペーパーとUVインクジェットを組み合わせたポスター4作品が掲示されています。この作品は、コルドバという用紙でプリントされています。竹尾の Webサイトを見ると、コルドバは「独特のぬめり感と、しなやかな革をイメージしたファインペーパーです。コルドバ(Córdoba)は革製品で有名なスペイン、アンダルシア州の都市名です」との解説。
ポスターは2枚が背中合わせで掲示されており、一枚は窓側に、一枚は展示スペース側に向いています。展示スペース側ではクシャクシャにした紙にプリントされた作品を鑑賞できます。反対側は外のウィンドウ越しから見ることができ、きれいな状態の紙にプリントされた作品を見ることができます(写真1、2)。
展示スペースの店内から作品を見てみましょう。荒々しい紙のテクスチャーからは、本作品のテーマになっている「nature crisis」(自然の危機)の緊迫感が伝わってくるようです(写真3)。
コルドバにUVインクジェットでプリント。部分的に拡大してみると、別のインクの色が表れ、このポスターが1色で刷られていないことがわかります(写真4〜7)。
『Nautilus / Jellyfish』
作品『Nautilus / Jellyfish』のモチーフはオウムガイとクラゲです。どちらも不思議な形の海洋生物で、水中を浮遊しているように見えます(写真8)。掛け軸を思わせる仕立てで、和の風合いを感じさせますが、描かれているモチーフを見て改めて驚きます。
作品に近づいてみると、この作品は織物になっていることに気付きます(写真9)。写真を拡大してみるとわかりますが、細く断裁されたファインペーパーが精密に織られているのです。解説を読むと、この作品には奄美大島の伝統工芸品“大島紬”の職人による織りの技術が用いられてるとのこと。
作品を手がけられた「大島紬の美|はじめ商事」サイトを拝見すると、大島紬の「織絣(おりがすり)」についての解説がありました。以下に紹介します。
「大島紬特有の精緻で美しい絣模様は、織り上がった生地に後から模様を染め付けて出来上がるものではありません。模様に合わせて糸を染め、その糸を使って織り上げていく「織絣(おりがすり)」です。明治時代が終わりに近づく頃から昭和の中頃まで、原料となる糸や織機、精緻な柄を作り出す技術などさまざまな発明と工夫が繰り返され、現在の細かく複雑な工程が完成しました」(「大島紬の美|はじめ商事」サイトより)
この作品では、断裁された紙を一本一本順に織っていく工程になるわけで、とても根気が要る作業に思えます。このことを内田さんに尋ねると、「職人さんにとっては当たり前のこと」との答え。職人さんの根気と熱量には頭が下がります。
『Glittering Ant』
『Glittering Ant』の作品は、フランスの金箔施術「ギルディング」を日本で唯一継承し、手漉き和紙と融合した新たな和紙作品を生み出し続ける「五十崎社中」とのコラボレーション作品です(写真10、11)。五十崎社中は、愛媛県内子町五十崎の伝統の継承・発展のために、新たな「和紙のある生活」を提案しています。
青山見本帖の展示作品では、用紙にミランダの黒を用いた作品が展示されました。蟻のシルエットが、背景の鮮やかな金属箔の中に浮かび上がっています。この金属箔を定着させるのに「ギルディング」の技法が使われています。
「五十崎社中|和紙・ギルディング」のサイトでは、ギルディングの制作工程や、額装、表装、パネル張り、壁紙などの室内装飾に展開した事例やステーショナリーなどの商品を見ることができます。ギルディングの手法はアクセサリーにしたり、カードにしたりと、応用範囲が広いことがわかります。独創的な美しい色合いが表現出来る手法です。
金箔や銀箔は、見る角度によりさまざまな色が現れます。作品自体は静的なイメージですが、見る角度によりイメージがドラマチックになることがあります。だから見飽きないのでしょう。
そのほかのポスター・グリーティングカード作品
内田さんにお願いして、これまで手がけられた作品から、印刷・加工のプロデュースを手がけた作品を紹介いただきました。ひとつは「パチカ」を使った作品、もうひとつは「NTラシャ」に刺繍を施したグリーティングカードです。
パチカのポスター・グリーティングカード
「パチカ」は、加熱型押しした部分が透明になるユニークなファインペーパーです。作品を見せていただいて驚いたのは、ポスターサイズで仕上がっていることです。さらにこのポスターは断裁することでグリーティングカードとしても利用できるように設計されています(写真12、13)。
印刷・加工を手がけたのは美箔ワタナベさんです。この作品がユニークなのは、加熱型押しで透明になった部分に明るい色がのぞいて見えることです。さらに絵柄に合わせて部分的にパール箔(または白箔)を乗せています(パチカは加熱により収縮を起こすので見当を合わせるのが難しいそうです)。立体的な幾何学模様とカラーとの対比が絶妙です(写真14〜16)。
株式会社竹尾 海外向けグリーティングカード
次にご紹介するのは、竹尾の海外顧客に配られたグリーティングカードです(写真17〜20)。用紙は竹尾の「NTラシャ」の5色を使用し、実際にクロスステッチのような刺繍を施しています。刺繍を手がけたのはグレイスエンブさんです。同社は、最新のコンピュータ刺繍機を設備した工場です。通常は布に施す刺繍ですが、このプロジェクトでは紙に刺繍しています。
基本のデザインは共通ですが、「糸と紙の色の変更は容易なので、予算をかけずに色のバリエーションを展開することができました」と内田さんは語ります。絵柄がシンプルで可愛らしく、クリスマスに相応しいカードに仕上がっています。カードの右側には「NT RASHA」の銘柄と色名、用紙の仕様が金箔でプレスされ、3枚を貼り合わせる合紙加工が施されています。箔押しのプレスと合紙の加工は美箔ワタナベさんが行いました。
代官山蔦屋書店でBOOK BOX No.69 内田喜基展 「Kanamono Art Exhibition at Daikanyama Tsutaya」」が開催されます
2020年4月1日(水)〜4月30日(木)、代官山蔦屋書店でBOOK BOX No.69 内田喜基展 「Kanamono Art Exhibition at Daikanyama Tsutaya」展が催されます。
「Kanamono Art」は、近年日本各地の職人たちとのコラボレーションの実現により多様な表情を見せています。この展示では、カナモノから生まれる不思議な世界を楽しんでいただくと共に、 日本の誇れる職人たちの確かな技術を体験していただけます(写真21〜25)。
さらに新作アートブックも披露されます。最新の印刷加工とその表現の幅や魅力を感じていただけます(写真26〜30)。
展示会の詳細は以下の通りです。
BOOK BOX No.69 内田喜基展 「Kanamono Art Exhibition at Daikanyama Tsutaya」
期間:2020年4月1日(水)―4月30日(木)
場所:代官山蔦屋書店 蔦屋書店2号館 1階 ブックフロア 東京都渋谷区猿楽町17-5
「代官山T-SITE」URL:https://store.tsite.jp/daikanyama/
※注意
代官山蔦屋書店1階・2階は、コロナウィルス拡散防止のため4月9日(木)より当面の間休業します。
営業再開時期につきましては、上記の「代官山T-SITE」にてご確認ください。
内田さんはこれまで、地方の伝統技術のブランディングのお仕事を数多く手がけておられます。こうした仕事においては、まずは実際に現場に飛び込んで職人さんの仕事ぶりを見聞きすることから始められるそうです。印刷技術も同様で、「自分が興味を持った印刷技術を見つけたら、まずは現場に行くことが大事」と内田さんは話します。とことん突き詰めて、考え抜く姿勢が内田さんのお仕事から伺えます。
「Kanamono Art」は今後さまざまな展開が期待されます。内田さんの手がけるさまざまなブランディングのお仕事にも注目していきたいと思います。
では、次回をお楽しみに!
[プロフィール]
内田 喜基 Yoshiki Uchida
アートディレクター・グラフィックデザイナー。1974年静岡県生まれ。2004年cosmos設立。
主な仕事に、「花王ケープ」「カルビーポテリッチ」「不二家ネクター」などの商品デザイン、京抹茶「孫右ヱ門」・伊勢木綿「oisesan」・日本酒「千代の亀酒造」などのブランディング、PARIS DESIGN WEEKにおけるYohji Yamamotoパリ支店でのインスタレーションなど。
アートワーク「Kanamono Art」では、2018年にNYのAgora Galleryとアーティスト契約を結ぶ。
Graphis(米)Branding 7最高賞、D&AD(英)銀賞・銅賞、A’ Design Award(伊)パッケージ部門最高賞ほか受賞多数。
ピンクリボンデザイン大賞審査員。
【著書】:「グラフィックデザイナーだからできるブランディング」(誠文堂新光社)
URL:http://www.cosmos-inc.co.jp/html/index.html#/