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白須美紀
淀川の保全から生まれたヨシの紙に導かれて
アトリエMay

(写真1) | 淀川の保全から生まれたヨシの紙に導かれて アトリエMay - 白須美紀 | 活版印刷研究所

ヨシを材料にした紙

 「大阪に淀川のヨシを漉いた紙があるらしい」という噂を聞きつけたのはいつのことだったろう。紙の材料といえばコウゾやミツマタがお馴染みだが、河原に生えているあのヨシでも紙がつくれるのかと驚いたものだった。そのヨシ紙が、愛らしい一筆箋や小さなメモ帳になって店頭に並んでいるのを見つけたのは、つい最近である。

これらのヨシ紙グッズを生み出しているのが、アトリエMayだ。地域資源を活かしたプロダクトを手がけており、ヨシ関連でいえば、ヨシそのものを軸に使ったペンをはじめ、ヨシ製の箸や石鹸、ヨシ紙を使用したランプシェード、ラベル、紙雑貨などを企画制作している。
 アトリエMay代表の塩田真由美さんが、A4サイズのヨシ紙を見せてくれた。すこし黄味がかっており、細かなヨシの繊維が全体に散らばっている。透かし模様の入ったものもあった。パルプにチップ化したヨシを混ぜて機械漉きしたもので、越前にある山田兄弟製紙でつくられているそうだ。
「ヨシ紙の紙としての一番の魅力は、透かし模様にあると思っています。山田兄弟製紙が得意とする賞状などに使われる技術なのですが、ランプシェードにすると美しいんですよ」
 アトリエMayのモダンなオフィスの天井には美しい和紙の照明がいくつも下がっているが、笹や桜の文様が浮かぶ筒状のものはヨシ紙製だという。

このオフィスに和紙の灯りが充実しているのには理由がある。今でこそ地域活性デザインが業務の中心だけれど、塩田さんが2007年に最初に始めたのは、和紙のあかりをテーマにしたギャラリーカフェだったのだ。京都の和紙制作会社に勤めていた経験を生かし、自分なりの和紙の表現をやりたいと立ち上げたお店だった。

このギャラリーで、塩田さんはヨシ紙との運命の出会いを果たすことになった。和紙のお店ができたと聞いて、淀川鵜殿のヨシの活性化を研究する「鵜殿ヨシ原研究所」の小山所長が訪れてきたのだ。
「そのとき初めてヨシ紙の存在を知りましたが、まだプロジェクトなどは考えていなかったんですよ。直接のきかっけとなったのは、ヨシ紙をつくっている山田兄弟製紙会社の営業さんの事件ですね。たまたまうちのお店で具合が悪くなって、倒れてしまわれたのです」
 このとき塩田さんが救護したことがご縁となって、アトリエMay、鵜殿ヨシ原研究所、山田兄弟製紙株式会社の共同プロジェクトが始まることになったという。ヨシ紙プロジェクトは、人助けから生まれたのだ。

(写真2) | 淀川の保全から生まれたヨシの紙に導かれて アトリエMay - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真3) | 淀川の保全から生まれたヨシの紙に導かれて アトリエMay - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真1) | 淀川の保全から生まれたヨシの紙に導かれて アトリエMay - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真2) | 淀川の保全から生まれたヨシの紙に導かれて アトリエMay - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真3) | 淀川の保全から生まれたヨシの紙に導かれて アトリエMay - 白須美紀 | 活版印刷研究所

歴史あるヨシ文化を守るために

鵜殿は、高槻市の東部にある広大なヨシの群生地だ。湿地帯に繁茂するヨシは土や水から多くの窒素やリンを吸収して成長するため、川の栄養過多を防ぎ水質浄化に作用する。また地下30cm~2mまで地下茎をのばして群生するため、土壌を強化し河川敷の侵食を防ぐ。多くの虫や魚、鳥などが生息しており、生態系も豊かだ。

鵜殿のヨシは大型で、高さは3mにもおよぶ。茎は太く弾力性に富んでいるため、古くから雅楽の篳篥(ひちりき)のリード部分に使われていて、現在でも宮内庁の奏者は鵜殿のヨシを使っているという。近年になって数は減ってしまったが、宇治の茶園や高槻の寒天製造者が使用するヨシズの材料にもなってきた。
「ヨシは人が手入れしないと、草原だったものが藪や林に変わってしまうんです。そのため鵜殿では、ボランティアがヨシ刈りやヨシ原焼きを行って保全につとめているんですよ。海外製品に押されてヨシズが作られなくなってしまったので、刈り取ったヨシの新たな活用法が模索されていて、ヨシ紙もそのひとつです」

ヨシ原を守ることは河川の水質浄化や環境の保全につながり、日本文化を守ることにもなる。また、刈り取ったヨシを有効利用できれば、持続可能な地域産業も確立できる。それゆえ、地元企業や行政もヨシ紙に注目しているという。

だが無事に紙ができてもそれはあくまで素材であり、モノにならなければ人の手にまで届かない。魅力的なデザインのプロダクトが必要となるのだ。こうして、アトリエMayにさまざまな相談が持ち込まれるようになり、設立当初は和紙での表現を目指していた塩田さんも、多彩なヨシとヨシ紙製品を手がけることになっていったという。

(写真4) | 淀川の保全から生まれたヨシの紙に導かれて アトリエMay - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真5) | 淀川の保全から生まれたヨシの紙に導かれて アトリエMay - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真4) | 淀川の保全から生まれたヨシの紙に導かれて アトリエMay - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真5) | 淀川の保全から生まれたヨシの紙に導かれて アトリエMay - 白須美紀 | 活版印刷研究所

仕組みをデザインする

そんな塩田さんに、5年前から心強い後継が現れた。芸術大学を卒業したお嬢さんが会社を手伝い始めたのだ。わたしが見つけたヨシ紙の一筆箋やメモ帳は、塩田さんのお嬢さんがデザインしたものだった。どれだけ社会に貢献する製品でも、まずそれ自体に魅力がなければ商売にはならないので、デザインはとても大事だ。若い感性はアトリエMayの新たな武器となるだろう。

さらに塩田さんは、ヨシ紙事業の経験から「仕組みのデザイン」の重要性を痛感するようになったという。
「最近ではプロダクトの企画デザインだけでなく、どうやってつくりどうやって届けるのか、仕組みのデザインが求められるようになってきました。アトリエMayの業務も、モノのデザインからモノも含んだコトのデザインへと変わってきています」

ヨシ紙グッズが並ぶ棚の下には、優しい色をしたヨシでできた布が置かれている。
「竹繊維研究所さんとアトリエMayで、ヨシ繊維の製造とヨシ糸や布商品の開発をはじめたんです。ヨシの繊維には抗菌性や消臭効果がありますし、ヨシズに使われているからUV効果も期待できます。そのあたりの可能性を探り、ブランディングをすすめているんですよ」

ヨシ糸のプロジェクトには地元の観光協会や商工会、大学なども応援に入り、2021年3月にはクラウドファンディングにも挑戦して無事目標を達成したという。思った以上に大勢の人たちが関わるプロジェクトになり、手伝っているお嬢さんも「仕組みをデザインすることがどういうことなのか、日々体験しながら学んでいます」と話してくれた。塩田母娘のヨシ糸プロジェクトでの経験は、きっとヨシ紙の未来にも役立つだろう。

「日本は豊葦原瑞穂(とよあしはらみずほ)の国だといいますが、葦(あし)はヨシのことです。本当は日本人にとって親しい存在なのに、現代人のわたしたちからは縁遠くなってしまっていますね。それでいいのかどうか……次の世代のために何が大切かをしっかり見据えながら、ヨシの活動を続けていくつもりです」

塩田さんの挑戦は、単なる地域活性だけに止まらず、この国が「葦が生い茂り、永遠に穀物が豊かにみのる国」であり続けることにも寄与するだろう。鵜殿保全と日本文化を守りつぐことは、まるでヨシの地下茎のように深いところでつながっているのだ。

(写真6) | 淀川の保全から生まれたヨシの紙に導かれて アトリエMay - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真7) | 淀川の保全から生まれたヨシの紙に導かれて アトリエMay - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真6) | 淀川の保全から生まれたヨシの紙に導かれて アトリエMay - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真7) | 淀川の保全から生まれたヨシの紙に導かれて アトリエMay - 白須美紀 | 活版印刷研究所

アトリエMay

アトリエMay | 淀川の保全から生まれたヨシの紙に導かれて アトリエMay - 白須美紀 | 活版印刷研究所

住所 大阪府枚方市大垣内町3−3−7
電話 072(845)4039
ウェブサイト https://www.art-may.jp/
営業時間 12時〜18時 *都合により変更あり
定休日 土・日・祝日 *都合により変更あり

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