web-magazine
web-magazine

白須美紀
原初の紙、多羅葉で遊ぶ
[What A Wonderful Paper World vol.2]

多羅葉1 | 原初の紙、多羅葉で遊ぶ[What A Wonderful Paper World vol.2] | 白須美紀 | 活版印刷研究所

紙の起源と多羅葉

紙の誕生は紀元前2世紀頃のことで、中国で発明されたといわれている。試行錯誤が続けられて、実用的な紙の製法が確立したのは西暦100年を越えたころ。後漢時代に蔡倫(さいりん)というお役人が製紙法を改良したのだそうだ。当時の材料は麻のボロ布や樹皮だったという。

日本に紙が伝わったのは7世紀の初め頃で、諸説あるものの、高句麗の僧・曇徴(どんちょう)が墨とともに日本に製紙法を伝えたのが始まりといわれている。当初は麻を原料にしていたが、やがて楮(こうぞ)や雁皮(がんぴ)などが使われるようになり、日本独自の和紙に発展していった。

では、紙が発明される前、人はどうやって文字を記したのだろうか。古代エジプトではパピルスという草の茎を薄く裂いて並べたものが使われ、ヨーロッパでは羊の皮でできた羊皮紙、日本では木簡や竹簡が利用されていた。そして木の葉もまた、紙の代わりを果たしていたという。そのひとつが「多羅葉」だ。古代インドで字を書くために用いられていたともいわれ、文字が書ける葉として古くから知られてきた。明治になり近代郵便制度を創設した前島密が、ハガキに“葉書”の字を用いたのもここから。しかも、定形外の切手を貼れば実際に葉書として郵送することもできるというから面白い。平成9年には郵便局の木に指定され、日本各地の郵便局に植栽されるようになった。神社仏閣の庭でも見かけることがあるそうだ。

多羅葉1 | 原初の紙、多羅葉で遊ぶ[What A Wonderful Paper World vol.2] | 白須美紀 | 活版印刷研究所

紙の原初を体験

わたしが多羅葉の存在を知ったのは、「醒間(さましま)株式会社」という企業がきっかけだった。「醒間」は主に宿泊施設のアイテム、ひいては体験自体を企画提案する会社だが、現代人が失った感覚を揺さぶり目醒めさせるような、他にない品物ばかりを揃えている。この一風変わった会社が、多羅葉を扱うことになったのだ。会社のお披露目を兼ねて開催する12月の体験会では、来場者が多羅葉に文字を書く体験も実施するという。

体験会に伺えば多羅葉に会えるのは分かっていたが、その前に自分でも書いてみたいし、できることなら実際に生えている樹も見てみたい。そう思っている矢先に、「醒間」の西村啓社長が協力造園会社より多羅葉の提供を受けに行くことを聞きつけた。来場者に渡すお土産を多羅葉で作成するのだという。これは願ってもないチャンスだと思い、西村社長にお願いして協力会社まで同行させてもらった。

こうして会えた多羅葉の樹は、日本のどこにでもありそうなツヤツヤした葉の常緑樹だった。ちょうど実のなる時期で、オレンジ色の粒をたわわにつけている。樹齢40年程度だが、とても大きくて樹高は家の2階にまで達していた。協力会社の社長によれば「素直な性格で、すくすくとまっすぐ育つ木」なのだそうだ。

多羅葉2 | 原初の紙、多羅葉で遊ぶ[What A Wonderful Paper World vol.2] | 白須美紀 | 活版印刷研究所

多羅葉3 | 原初の紙、多羅葉で遊ぶ[What A Wonderful Paper World vol.2] | 白須美紀 | 活版印刷研究所

わたしも枝を少し分けていただき、自宅に帰ってさっそく試してみた。書けなくなったペンを使い文字を書くと、葉の繊維が潰れる音とともに文字が浮き上がり、緑の芳香が漂った。小さな頃に葉っぱで遊んでいた気持ちが懐かしく甦ってくる。文字はだんだんと濃くなり、ちゃんと読める状態になった。これだけ明瞭に書けるなら、当時の人々にメモや一筆箋として使われていたというのも頷ける話だ。一方そのころ「醒間」では、活版印刷に使う亜鉛板の社名ロゴを、ひたすら手作業で多羅葉に転写していた。こういうとき手動の活版印刷機があれば便利だろうけれど、もちろん持っていないので手でひたすら押し続けることとなった。また通常は時間とともに葉が褐色化し文字が消えてしまうのだが、乾熱処理をすれば変化が止まる。アイロンや電子レンジなど身近なものでも手早く乾熱処理が可能であるということであった。

多羅葉4 | 原初の紙、多羅葉で遊ぶ[What A Wonderful Paper World vol.2] | 白須美紀 | 活版印刷研究所

多羅葉2 | 原初の紙、多羅葉で遊ぶ[What A Wonderful Paper World vol.2] | 白須美紀 | 活版印刷研究所

多羅葉3 | 原初の紙、多羅葉で遊ぶ[What A Wonderful Paper World vol.2] | 白須美紀 | 活版印刷研究所

多羅葉4 | 原初の紙、多羅葉で遊ぶ[What A Wonderful Paper World vol.2] | 白須美紀 | 活版印刷研究所

古くて新しいメディア

「醒間」の体験会「醒間 壱|SAMASIMA Ⅰ」では、会場である町家の宿の一部屋が「多羅葉の間」と化していた。目の前で葉が切り取られ、文机に置かれる。鹿の角をけずって制作されたという専用筆記具も用意されていて、来場者はそれで葉っぱに思い思いの文字を書く。

他にも千両や青木などの鉢が並んでいた。西村社長によると、これらの植木の葉も文字が書けるという。

「細胞が破壊されることで葉っぱに含まれるタンニンが酸化し、変色するという仕組みです。多羅葉は肉厚でタンニンも多いので、他の葉より変化がわかりやすいですね」

お土産に頂いた封筒には、社名ロゴが浮き出た多羅葉が一枚入っていた。つくられてから3週間ほど経っていたが、乾熱処理のおかげで文字は消えておらず立派なカードになっている。「メッセージを書いてプレゼントに添えたら素敵だろうな」「本の栞にも使えそうだ」と、葉っぱを手に思わず想像がふくらむ。会場には乾熱処理を施さないまま置いてある葉もあり、チリチリになったり黒ずんだりしていたが、それもまた自然の美しい味わいが出ていた。多羅葉の面白さに魅せられるお客様は多く、実際に鉢を購入した宿もあったという。

紙が日本にやってきてかれこれ14世紀の月日が流れている。多羅葉が文字を記すメディアとしてこんなにたくさん使われるのは、もしかしたら1400年ぶりかもしれない。そう思うとなんだか不思議で、ちょっと愉快な気持になる。生の葉にゴリゴリと印をつけるのは、遥か昔の人々が行っていた書く行為そのまま。多羅葉は、人間が便利な紙を手にする以前の感覚を呼び醒ましてくれる、古くて新しいメディアなのかもしれない。

提供1 | 原初の紙、多羅葉で遊ぶ[What A Wonderful Paper World vol.2] | 白須美紀 | 活版印刷研究所

提供2 | 原初の紙、多羅葉で遊ぶ[What A Wonderful Paper World vol.2] | 白須美紀 | 活版印刷研究所

※醒間 壱|SAMASIMA Ⅰはすでに会期終了しています
展示会写真提供:たや まりこ(株式会社カリテリンク)

醒間株式会社

ウェブサイト https://samasima.jp/
お問い合わせ  info@samasima.jp

提供1 | 原初の紙、多羅葉で遊ぶ[What A Wonderful Paper World vol.2] | 白須美紀 | 活版印刷研究所

提供2 | 原初の紙、多羅葉で遊ぶ[What A Wonderful Paper World vol.2] | 白須美紀 | 活版印刷研究所