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白須美紀
手をかけてつくりあげる、美しい本の仕事
本のアトリエAMU

写真1 | 手をかけてつくりあげる、美しい本の仕事 本のアトリエAMU - 白須美紀 | 活版印刷研究所

手から生み出される稀少本

世界に数多ある書物のなかには、書店に並ぶものとはまた別に、職人や作家によって手づくりされる工芸品のような本が存在する。お気に入りの小説や子どものアルバム、自作の詩や絵本など内容はさまざまだが、どれも注文主の想いを本の形にしたものだ。

製本家の中尾あむさんはいう。
「わたしの師匠は母なのですが、母もはじめは自分の本をつくろうとして製本の世界に入ったんです。幼い頃のわたしのおしゃべりが面白かったらしくて『これは今しか聞くことができない大切なものだから、本にして残したい』と思ったそうです」

あむさんのお母さんは、製本家の中尾エイコさんだ。当時はグラフィックデザイナーであるご主人の仕事を手伝っていたが、処女作の『アムちゃんの詩』を自作してからどんどん製本の世界に傾倒し、国内外で勉強を重ねるうちついには製本家になってしまった。エイコさんが1980年に設立した「本のアトリエEIKO」は、製本を依頼できる以外にも、さまざまな技術を学べたり、貴重な道具が手に入るアトリエとして、製本ファンにつとに知られる存在である。

そんなエイコさんの娘であるあむさんが製本の道に入ったのは、今から12年ほど前のこと。母の指導を受けながら成長を重ね、今ではプロの製本家として活躍するようになった。オーダーを受けたり、作品を発表したり、アトリエやカルチャーセンターなどで指導したりと、製本漬けの日々を送っている。

日本には明治期から伝わった洋書の文化と、昔から伝わる和書の文化が共存しているため、豪華な革表紙の本から御朱印帳などの折本まで、バラエティ豊かな製本技術が存在する。あむさんは和洋にこだわらずそれらの技術を自在に使いながら、独自の作品を生み出す。ずらりと並べられた作品を見せてもらっていると、どれもカラフルでいきいきとしており、なんとも魅力的だ。まるで誰かのおもちゃ箱のなかを見せてもらったような心地になった。

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写真1 | 手をかけてつくりあげる、美しい本の仕事 本のアトリエAMU - 白須美紀 | 活版印刷研究所

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ヨーロッパ工芸製本の世界

あむさんは2年に一度、海外で開催される製本の国際コンクールに参加している。取り組むのは、ヨーロッパで古くからつくられている「パッセカルトン」という革張りの工芸製本。コンクールに申し込むと、その年の課題となる小説や詩の本文用紙が送られてきて、参加者はそれらを使って世界に1冊の本を作る。

表紙まわりの革は職人さんに薄く剥いでもらったものに、自分で箔を押したり模様やイラストが浮き上がるよう削るなどして、装飾加工を施す。背のアール部分には「花布(はなぎれ)」をあしらう。バトネと呼ばれる芯に絹糸を巻きつけ同じ糸でときどき本文と縫い合わせていくもので、装飾と同時に本の綴じを補強するものだ。もちろん送られてきた本文の仕上げの裁断も、ケースの制作もすべてひとりでつくりあげるという。

「しっかりと内容を読み込んで、作品を表現する装丁を考えます。デザインを考えるのに一番時間がかかりますね。本文とまったく関係ないものはもちろんダメですが、直接的だったり説明的だと面白くありませんから」

また、本の装丁で意外に重要なのが、表紙裏と1枚目にあたる「見返し」の部分だ。表紙と本文の橋渡しをする部分だが、あむさんの作品は見返しの部分も手が込んでいる。あむさん自身が染めたものや、母のエイコさんが手作りしたマーブル紙など、紙自体がすでに作品と呼んでいいクオリティで美しく存在感があり、表紙を開くとすぐに心を掴まれてしまった。

あむさんは通算12年で6冊の本を完成させており、何度か入賞を果たしている。コンクールは毎回課題が変わるため、テーマもアイデアも毎回変わり、選択する技術も変わる。そのためどの本にも様々な工夫や仕事が凝らされていて、一冊一冊に惹きつけられるのだ。本づくりとはここまでのことができるのかとパッセカルトンの世界に魅了されながら、それらがすべて1人でつくられたという技術の凄みにも圧倒された。

「とても大変なんですが、でも楽しいですよ。長年グラフィックデザイナーをしている父や兄も興味を持ち始めて参加するようになり、前々回から家族4人で挑戦しているんです(笑)」

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ともに学び、ともにつくる

あむさんは現在、多くの教室で教えているが、生徒さんへの課題もバラエティに富んでいる。洋書と同じ技法のノートもあれば、折本の御朱印帳もあり、ときには紙ばさみや蓋つきの箱をつくるときもある。なぜ製本教室なのに箱をつくるのか不思議に思っていたら、本の函づくりの技術を応用しているのだという。

「カルチャースクールではなくうちのアトリエに通ってこられる生徒さんは、ご自分の好きなものに取り組んでいただいています。本格的なパッセカルトンに挑戦される方もおられますよ。シンプルなノートでも扱いの難しい紙の持ち込みがあったりして、毎回『できるかなぁ〜……?』といいながら一緒に挑戦している感じですね。でもそれがすごく勉強になるんです」

また、「豆本のピアス」や「本のブローチ」といったアクセサリーも制作販売している。小さいながらもきちんと本格的につくられているため、ショップなどでも人気が高い作品だ。

「アクセサリーをたくさんつくるときは、両親も手伝ってくれるんですよ。もう家内制手工業状態です。3人ともクリエーターなので、真剣に意見をかわしながら制作しています」

と、あむさんは笑う。作品そのままの明るく楽しい中尾家の雰囲気が目に浮かぶようだった。

あむさんの自宅兼工房の壁には、美しい木の花の壁紙が貼られていた。テシード社のもので、ゴッホの「花咲くアーモンドの木の枝」という絵を題材にした壁紙だという。ゴッホは日本の浮世絵に影響を受けたことでも知られているが、この絵はとくに和と洋が自然に溶け合っている。日本の伝統的な和書の製本と西洋の伝統的なパッセカルトンとを独自の感性で作品に昇華させるあむらさんらしいチョイスだ。

お話を伺いながら一冊一冊に見惚れているうちに、いつしか日が暮れかかっていた。柔らかな西日のさす部屋のなかに佇んでいると、弟テオの息子の誕生を祝って描かれたこのアーモンドの木が、あむさんの手から生まれる「本のいのち」も祝福しているように思えた。

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写真8 | 手をかけてつくりあげる、美しい本の仕事 本のアトリエAMU - 白須美紀 | 活版印刷研究所

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本のアトリエAMU 中尾あむ

本のアトリエAMU 中尾あむ | 手をかけてつくりあげる、美しい本の仕事 本のアトリエAMU - 白須美紀 | 活版印刷研究所

住 大阪府大阪市北区天満3丁目12−19−101 (本のアトリエEIKO)
ホームページ https://atelieramu.jimdofree.com
ウェブショップ https://honnoatelier.base.shop/

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