生田信一(ファーインク)
市谷の杜 本と活字館 企画展「FANTASTIC! プロセスインキ」に行ってきました
本コラムではおなじみになった市谷の杜 本と活字館 企画展に行ってきました。テーマは印刷の「プロセスインキ」。
印刷においてフルカラーを再現するには、CMYKのプロセスインキの4色を使います。基本となるインキはC(シアン)、M(マゼンタ)、Y(イエロー)の3色で、この3色を色料の3原色といいます。これにブラック(黒)を加えた4色で、印刷物のさまざまな階調の色を表現しています。
この企画展は、色に関する素朴な疑問に答えながら、プロセスインキの仕組みを紐解いていきます。色の見える仕組みを科学的に分析すると、先人の人たちが長い時間をかけて試行錯誤してきた開発の歴史を垣間見ることができます。解説するのは本と活字館に携わるプロフェッショナルな人たち。解説パネルや実験を通して、普段気付かない色の不思議を体験できます。
この展示は初心者にもわかりやすく、楽しい構成になっており、おすすめです。ぜひご覧ください。
「プロセスインキ」ってなに?
まず前提として押さえておきたいのは、人がさまざまな色を知覚できるのは、「光」を認識しているからです。人間の目(眼球)に入った光は、視神経で色や形を認識し、そのイメージ(情報)を脳に伝えます。
光はさまざまな色を含んでいます。プリズムを使った分光器で光を分解すると、虹色に変化するさまざまな色があらわれます。これらの光の色をすべて重ねると無色透明になります。昼間の太陽光が無色に思えるのは、そうした理由からです。
印刷物を見るときは、印刷物のインキそのものを見ることになります。これはインキに照射された光が反射して私たちの目に入ることになるので、光を媒介にしてインキの色の成分(顔料または染料)を知覚していることになります。
印刷では、自然界のさまざまな色を表現する技術が研究されてきました。現在主流になっているオフセット印刷では、「プロセスインキ」を使ってフルカラーを表現するのが、もっとも合理的的でリーズナブルな手法になっています。
まずは展示パネルから、「プロセスインキ」についての解説を抜粋します(写真1)。
「FANTASTIC! プロセスインキ
写真がたくさん載った雑誌や、いろんな色が使われた絵本。みんなが普段目にしたり手にしている印刷物は、目に映るこの世の中のようにカラフルです。「いったい何色のインキが使われているの?」と思うかもしれません。ところが!実は多くの印刷物がたった4色のインキだけで色を表現しているんです。
現在、もっとも一般的に用いられるオフセット印刷では、シアン(藍)、マゼンタ(紅)、イエロー(黄)、そしてブラック(墨)の基本4色で色を再現しており、これら4色は印刷現場では「プロセスカラー」と呼ばれています。それぞれのアルファベット表記から「CMYK」の名でご存じの方もいるのではないでしょうか。
「FANTASTIC! プロセスインキ」は、オフセット印刷で使われるプロセスカラー=CMYKが主役の展覧会です。どうしてたった4色のインキでこれだけ豊かな色が表現できるのでしょうか。本展では、プロセスインキで多くの色を再現するしくみや特徴を見ていきます。そして「印刷用インキと絵の具は何が誓うの?」「光の三原色って、何?」「金や銀も4色で印刷できるの?」といった、色にまつわる素朴な疑問にお答えします。」
(写真1)本展示の入口に掲げられたプロセスインキの解説。
この展示では、おなじみ(?)の、CMYK4体のヒーローが登場します。まずは「シアン」です。
01 われわれとは何者なのか。インキの真実の姿に迫る!
以下、CMYKのヒーローたちの解説パネルを順に見ていきましょう。以下テキストの抜粋です(写真2)。
「What is “ink”?
フルカラー印刷で色を表現している主役はわれわれ「インキ」!
印刷現場では、印刷用のインクを「インキ」と読んでいる。
みんなもプロっぽく「インキ」と呼んでみよう!
色を表現するものといえば、絵を描くときの絵の具や、色ペンに入っているインクも身近な存在だ。
しかし印刷用のインキは絵の具やインクとは成分が違うんだ。」
(写真2)シアンの解説パネル。
印刷用のインキは主要成分は成分は「顔料」とワニス(ビヒクル)に分けられます(写真3)。
(写真3)インキの主成分は「顔料」とワニス(ビヒクル)で、これらを混ぜ合わせます。
02 たった3色で! ありとあらゆる色を生み出す「3原色」とは!?
続いて、レッドの解説パネルを紹介します(写真4)。ここでは「光」と「色料」の、2つの3原色の仕組みを理解しましょう。
「色は混ぜ合わせることで多くの色を生み出すことができる。
混ぜ合わせる時のおおもとになる色のことを「原色」というよ。」
(写真4)レッドの解説パネル。
光の三原色は、R(赤)、G(緑)、B(青)で表し、これら3つの光を混ぜ合わせると透明(無色)になる特徴があります。以下、解説パネルからの引用です(写真5)。
「光の三原色
生きとし生けるものに必要な光、そう、それは太陽。
昼間の太陽は白っぽい光だけど、実はさまざまな色の光が重なり合ってあの白になっているの。
光の色のなかでもとりわけ重要なのが「R(赤)」「G(緑)」「B(青)」の3色で、このたった3色の組み合わせからすべての色の光を作り出すことができる。
この3色を「光の三原色」と呼ぶよ。」
(写真5)光の三原色を実験したボックス。箱の上から3つの光を照射、「R(赤)」「G(緑)」「B(青)」の3つの色が混ざると白(無色)になります。
一方、印刷では「色料」として「C(シアン)」「M(マゼンタ)」「Y(イエロー)」のインキが最適な色として使われ、これを「色料の三原色」といいます。CMYの3つの色を重ねると色は濃くなり黒に近づきます(写真6)。
(写真6)解説パネルより抜粋。「実験! 色の掛け合わせでどんな色が作れるかな? CMYの3色を組み合わせて、色を作ってみましょう。現在のオフセット印刷用インキは、重なった下の色を透過するため、CMYの3色だけで多彩な色を表現することができます。」
RGBとCMYKは、それぞれ補色(反対色)の関係にあります。補色とは、光の3原色 (RGB) または色材の3原色 (CMY) において、1つの原色に対し他の2つの原色を混ぜた色のことです。 赤 (R) とシアン (C)、緑 (G) とマゼンタ (M)、青 (B )とイエロー (Y) は補色の関係にあります。
リンク→「色空間」
03 漆黒の秘密! 4人目のレンジャー「K」
続いて、4人目のレンジャー「K」の解説パネルを紹介します(写真7)。
(写真7)解説パネルより:「漆黒の秘密! 4人目のレンジャー「K」。」
印刷プロセスカラーのCMYKの「K」は黒(Kuro)の「K」ではなく、「Key Color」の頭文字をとった略語です。印刷のKは「墨」と呼ばれています(写真8)。
(写真8)解説パネルより:「理論上、黒は色の三原色「CMY」だけで表現することができると言われているが、実際には3色重ねても完全な黒にはなりません。黒は文字や輪郭、色のディテールを表現する重要な役割だけに、CMYの3色に黒のインキ(印刷業界では「墨」と呼ぶ)を加えた4色で印刷することが一般的になりました。」
金銀! 蛍光! CMYKでは作れない色たち「特色」
CMYKの掛け合わせで作れない色は「特色」と呼ばれています。特色の代表的な色に、金銀などのメタリック色や蛍光色があります。フルカラー印刷の雑誌の表紙に鮮やかな色で雑誌タイトルのロゴが刷られている場合がありますが、印刷工程としてはCMYK4色+プラス特色1色で5色印刷になります(写真9)。
(写真9)CMYKの掛け合わせで作れない色は「特色」と呼ばれます。
金銀や蛍光色はCMYの掛け合わせで作ることができるかトライしてみましょう。結果は、見本サンプルのように似た色に近づけることはできますが、特色特有の鮮やかさや輝きは再現できません(写真10)。
(写真10)特色は「SPOT COLORS」と呼ばれます。
ルーペを使って網点を覗いてみよう
印刷物をルーペで拡大してみると、細かいつぶつぶ(ドット)で表現されていることがわかります。ドットをよく見てみると、これらはCMYKのプロセスカラーの4色の小さいつぶつぶであることがわかります。この細かなつぶつぶを離れて見ると、 目の錯覚で混ざり合ったような色が表れます(写真11)。
(写真11)解説パネルのテキスト:「単位面積あたりの網点の大小を変えることで、濃淡を表現することができるよ。網点の面積は%で表し、数字が小さくなるほど明るく、数字が大きくなると暗くなる。網点100%は「ベタ」と呼ばれているんだ。」
会場では、超拡大が可能なルーペを試すことができます。ペンタイプの形状で、印刷物の上にペンを垂直に立てて上から覗き込むと、細かな網点が確認できます(写真12、13)。
(写真12)
(写真12、13)ルーペを通して網点を拡大して観察することができます。
(写真13)
苦難の歴史! 色を印刷するまでのストーリー
展示の最後では、印刷の歴史、写真(製版)の歴史、インキの歴史を一望できる大きなパネルが掲示されていました(写真14、15)。
(写真14)
(写真14、15)印刷の歴史、写真(製版)の歴史、インキの歴史を一望できる大きなパネルを見ることができます。
(写真15)
また、入口を入ってすぐの壁面には巨大なプロセスカラーの見本帳が掲示されており、圧巻でした(写真16、17)。
(写真16)壁面に飾られたプロセスカラーのチャート
(写真17)プロセスカラーの色は、CMYKの%で表します。上図の赤はC:100%、M:100%のベタ色を掛け合わせた色、ということです。
最後に紹介した巨大なプロセスカラーのチャートはほんとうに綺麗で、あっと驚きますよ。ぜひ訪れてみてください。
では、次回をお楽しみに!
市谷の杜 本と活字館 企画展「FANTASTIC! プロセスインキ」
URL:https://ichigaya-letterpress.jp/gallery/list.html
会期:2025年02月22日(土)~2025年06月22日(日)
住所:162-8001 東京都新宿区市谷加賀町1-1-1
電話:03-6386-0555
開館時間:10:00~18:00
休館:月曜・火曜(祝日の場合は開館)、年末年始
入場無料