白須美紀
出雲の人間国宝が生み出した民藝紙
出雲民藝紙工房・安部榮四郎記念館
出雲の地で活躍した安部榮四郎
島根県松江市八雲町の集落のなかに、歴史を感じさせる古い紙漉き場がある。表には「出雲民藝紙」という木の看板がかかり、奥では職人さんが漉き桁を動かしている背中が見える。
出雲民藝紙とは、昭和に活躍した人間国宝・安部榮四郎の技を受け継ぐ工房だ。素材の持ち味を生かして漉き分けた「生漉き紙(きすきがみ)」をはじめ、味わいある色模様の染め紙、素材や製法に工夫を凝らした漉き紙など、さまざまな和紙を制作している。
出雲の紙づくりの起源は古く天平時代まで遡るというが、一度途絶え、再び歴史に登場するのは江戸時代だ。松江藩主初代松平直正が郷里の越前から職人を招き、現在の松江市郊外に御紙屋(おかみや)をつくって楮栽培を奨励し、紙漉きを藩の専売事業に定めたのだ。
出雲民藝紙のある別所地区(現在の八雲町)は山間地ゆえ耕地が少なく、農業の副業として紙が漉かれてきた地域だった。御紙屋の流れを汲む他の出雲の産地に比べるとあまり知られてはいなかったが、明治後期に土佐から職人を招いて技術改良に取り組んだり、地区内で組合を設立するなど産地の努力が続けられてきたという。
明治35(1902)年、出雲民藝紙の創始者である安部榮四郎はそんな別所地区に誕生した。安部は幼い頃から家業の紙漉きを手伝い、21歳のときに島根県工業試験場紙業部に入社。そこで技を磨いて島根県下の紙漉き職人の間を巡回し、技術指導するようになった。
そんな安部の運命を変える、大きな出会いがあったのは昭和6(1931)年。民藝運動の提唱者である柳宗悦が松江を訪れ、安部の漉いた厚い雁皮紙を見て「これこそ日本の紙だ」と称賛を送ったのだ。この言葉と民藝の思想に感銘を受けた安部は、自らも紙漉きの制作を通し民藝運動に参加。柳宗悦の薫陶を受けながら、現在もつくられている生漉き紙、染め紙、漉き模様紙などを次々に創出していった。工房の名前が「出雲和紙」ではなく「出雲民藝紙」であることも、民藝運動を実践して生まれた紙である矜持が伝わってくるようだ。
また安部は昭和35(1960)年から3年にわたり、正倉院宝物のなかで千年を超えて保管されてきた紙について和紙研究家らと調査研究を行い、正倉院宝物紙の復元を成功させている。そして昭和43(1968)年には、雁皮紙を漉く技術で重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されることとなった。昭和49(1974)年以降は国内のみならず海外でもたびたび個展を開催するようになり、国内外に向けて精力的に和紙の魅力を伝えていった。
安部榮四郎の人となり、民藝とのゆかりに触れる
出雲民藝紙の工房から歩いてすぐの場所に、安部が生涯をかけて収集した和紙の資料や民藝品を収蔵した資料館が建っている。昭和58(1983)年に設立された「安部榮四郎記念館」だ。
1階は安部の人となり、和紙における功績などが資料展示されており、和紙づくりと民藝運動に駆け抜けた生涯に触れることができる。2階には、民藝運動の仲間たちの作品やゆかりの品なども展示されている。民藝の師であった柳宗悦は民藝紙のレターセットをデザインしており、そのデザイン指示書も飾られていた。柳宗悦自体が何かをデザインすることは珍しく、柳と安部の交流の深さが伝わってくるようだ。また、バーナード・リーチはエッチングに、棟方志功は版画作品の紙に出雲民芸紙を愛用したという。入館のチケットに印刷された人物画はリーチが安部をスケッチしたものでとても温かみがあり、棟方志功が安部のために描き上げた襖絵は息を呑むほどの迫力がある。
資料館には伝習所も併設されており、来訪者は紙づくりも体験できる。最近では海外から和紙を学びにくる人も訪れるそうだ。またミュージアムショップでは、和紙はもちろん、御朱印帳や便箋、封筒、名刺紙など出雲民藝紙のアイテムが販売されていて、民藝のスターたちが愛した和紙を手にいれることができる。運がよければ柳宗悦が安部のためにデザインしたレターセットも、実物を見て購入することができるだろう。
現在出雲民藝紙は安部の孫である信一郎、紀正兄弟が受け継ぎ、以前と変わらない製法を守り、ていねいに紙づくりを行なっている。記念館の来訪者は出雲民藝紙の代表作ともいえる雁皮紙をつくる様子を映像で見ることができるが、その細やかで実直な紙づくりのあり方に圧倒されるに違いない。安部はいろいろな技術を用いながらも、繊維のもつ特色を十分に発揮することを大切にしたという。雁皮は雁皮らしく、三椏は三椏らしく、楮は楮らしく。出雲民藝紙の紙がどれも魅力あふれているのは、そのせいなのだろう。技だけでなく安部榮四郎のものづくりの心もまた次世代へと受け継がれ、令和の今もわたしたちに和紙の魅力を伝えてくれるのだ。
出雲民藝紙工房・公益財団法人安部榮四郎記念館
出雲民藝紙工房
安部榮四郎記念館
島根県松江市八雲町東岩板1754
TEL:0852-54-1745
https://izumomingeishi.com/abeeishirou/
入館料:大人500円、大高生300円、中小生200円
休館日:毎週火曜日(火曜が祝日の場合は翌日)、年末年始、展示替え期間中
紙すき体験:500円(ハガキ2枚またはA4判1枚)その他追加も可能。
*紙すき体験は予約が必要。前日までに電話で申し込み(安部榮四郎記念館0852-54-1745)。