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白須美紀
物語が生まれる「白紙の本」
手製本ノート すずめや

(写真1) | 物語が生まれる「白紙の本」 手製本ノート すずめや - 白須美紀 | 活版印刷研究所

世界にひとつの手製本ノート

「すずめや」のドアを開けると、こぢんまりしたアトリエの玄関には美しい装丁のノートたちやバインダーなどの紙こものがぎっしりと並べられていた。どれもこの店の主で作家の村松佳奈さんが、ていねいに手製本したものだ。

中でも目をひかれるのは文庫本サイズの「にじみ」と名付けられたノートだ。無線綴じの上製本で、一枚一枚村松さんが表紙を手描きしている。端正な装丁の上に散らばるさまざまな模様は、空の青のようであり、雨のしずくのようでもあり、風のきらめきを思わせたり、甘い香りの草原を彷彿とさせたりする。まるで抽象画が並べられているかのようで、独自の世界観に思わずひきこまれてしまう。

購入者は、ここから自分のため、誰かのための1冊を相当迷って選ぶことになるわけだが、好みの色や直感以外に手がかりがもう一つある。それは、言葉だ。美しい表紙をそっと開けるとしおりが挟まっていて、村松さんの小さな手書き文字でそれぞれのノートの名前が記されていた。
「一冊一冊の仕上がりをみて、名前をつけているんです。名前が選ぶ決め手となるお客様も多いですね。それととても不思議なのですが『表紙で選んでみたら、偶然そのときの気持ちに沿ったタイトルだった』ということも起きるんです。好きな人に贈るために買いに来てくださった方が、表紙だけで選んだのに全部恋にまつわるタイトルがついていたことがあって。あのときは驚きましたね」

そのお客様は、村松さんと無意識の部分で感性がシンクロしたのかもしれない。時間が止まったかのような古いアトリエの柔らかな光のなかで、存在感のあるノートたちを眺めながらお話を聞いていると、「そういうこともきっと起こるだろうな」と、不思議に納得してしまうのだった。

(写真2) | 物語が生まれる「白紙の本」 手製本ノート すずめや - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真1) | 物語が生まれる「白紙の本」 手製本ノート すずめや - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真2) | 物語が生まれる「白紙の本」 手製本ノート すずめや - 白須美紀 | 活版印刷研究所

使う人のための「白紙の本」

『つめたい日の深い息』『とおくの雷の』『きつねの足音』『はじめてのピクニック』……村松さんのノートの名前は、まるで本のタイトルのようだ。それもそのはず、村松さんが手製本するノートは、「白紙の本」でもあるからだ。
「このノートに書きこむことでその人だけの物語が生まれるので、実は『白紙の本』だと思ってつくっています。日記や詩はもちろん、小さなメモ書きだっていいんです。たった1行書いてあとは何も書かなかったとしても、それでも十分に、その人だけの本が完成します。ある日見返して懐かしくなったり、昔の自分と出会えたりしたら素敵ですよね」

製本を始めた頃はお気に入りの小説の豆本をつくっていたというが、それよりももっと手渡された先に広がりがあるものがいいと考え、「白紙の本」に辿りついたという。

村松さんは京都の芸術大学を卒業しているが、意外なことに学んでいたのは絵画やグラフィックデザインではなく、建築だったそうだ。
「高校時代からものをつくって生きていきたいと考えていて、生活全般に関わることのできる建築に興味を持ち進学したんです。でもだんだん違和感を感じるようになってしまって」

学びの方向性に悩んだ村松さんは、3回生に進む前に2年間大学を休学した。休学中はバイトをしながら「自分はどんな風にものをつくって生きていきたいか」を真剣に考えた。そして、独学で製本をはじめ、手製本のノートを届けるという今のものづくりの道に辿りついたという。使ってくれる人たちにとって身近な存在でありたいと、いつもそばにいてさえずっている雀にちなんで屋号は「すずめや」と名付けた。自分の道を見つけ出したあとは、大学に復学してきちんと卒業したというから立派である。
「卒業制作ではノート屋さんを建てたんですよ。教授から木工所さんを紹介してもらって小さな店舗を自分で建てて、そこでノートを販売しました」
それが村松さんのはじめてのショップとなった。

(写真3) | 物語が生まれる「白紙の本」 手製本ノート すずめや - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真3) | 物語が生まれる「白紙の本」 手製本ノート すずめや - 白須美紀 | 活版印刷研究所

古い町家で作品をつくり続ける

大学を卒業したあと村松さんはずっと店舗をもたずに活動をしていたが、縁あって3年前に今の住居兼アトリエショップである京都五条の「あじき路地」に引っ越しした。「あじき路地」は古い町家が連なっており、元アーティストだったオーナーの支援のもと、職住一体でものづくりする作家たちが暮らしている。 
「ここに引っ越ししてから、とても制作がすすみます。起きたらすぐ紙に触れますし、暮らすことと制作することのリズムがとても良いのです」

アトリエを拝見すると、中身と見返しができて表紙を待ってる状態のものや、表紙を巻きおえて乾かしているものなど、製作途中のノートたちがたくさん置かれていた。そもそも全くの独学で技を磨いたのもすごいが、一から手作りなのにも驚かされる。表紙の厚紙も中の用紙も、お店でカットしてもらうのではなく、全紙を買ってきて自分でカッターで切る。筋をつける道具や糊付け用の万力も、100円ショップやホームセンターで勝手のよいものを探し出して、工夫して使っている。まるで自分の道具を自分でつくりだす職人のような取り組み方だ。村松さんのノートが表紙の角まできちんと鋭角で端正なつくりをしているのも、なんだか納得がいった。繊細な世界観を支える細やかで堅実な手の技術も、「すずめや」のノートの大きな魅力だ。

村松さんはノートをつくりはじめて12年になるというが、別のものをつくりたいと考えたことはないのだろうか。尋ねてみると「わたしにとってノートの制作はとても自然なことで、呼吸するのと同じなんです。呼吸することを飽きたりしませんよね……」と首をかしげ、「毎日ゴリラのように制作しています」と笑った。パワフルであることは同意するが、わたしには村松さんがゴリラではなく製本の妖精に思える。

「すずめや」のノートは単に美しいだけではないし、名前が素敵なだけでもない。よく「心をこめてつくりました」というが、村松さんの場合は「心」どころか村松さんの「ぜんぶ」をノートに込めていて、大切な何かをお裾分けしてもらった気持ちになる。だからこそ、多くのファンがいるし、リピーターも絶えることがない。そして今日もどこかの誰かの「白紙の本」に、新しい物語が生まれているのだ。

(写真4) | 物語が生まれる「白紙の本」 手製本ノート すずめや - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真5) | 物語が生まれる「白紙の本」 手製本ノート すずめや - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真4) | 物語が生まれる「白紙の本」 手製本ノート すずめや - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真5) | 物語が生まれる「白紙の本」 手製本ノート すずめや - 白須美紀 | 活版印刷研究所

すずめや

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住 京都市東山区大黒町通り松原下る山城町284
  あじき路地 北3号
営業時間 土日のみ11:00〜18:00(平日訪問希望は、要予約)
※2020年10月31日(土)〜11月1日(日)は休
メール:info@suzumeya.net
webサイト:http://suzumeya.net

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