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白須美紀
人々を惹きつけてやまない、手製本の工房
松田製本所

写真1 | 人々を惹きつけてやまない、手製本の工房 松田製本所 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

手製本にこだわり続けるベテラン職人

存在感のある古い裁断機や箔押し機、木製の大きな万力にたくさんの活字。明るい光が差し込む松田製本所の工房には、味わいあるものづくりの道具がたくさん並んでいた。主の松田努さんはこの道57年という製本職人で、ずっと手製本にこだわり仕事を続けている。現在京都で手製本を頼める工房はここを含めておそらく2軒だというから、とても貴重な存在だ。

松田さんが手がけるのは主に「上製本」と呼ばれるタイプの本だ。中の本文用紙は糸でかがってまとめ、厚紙に紙やクロスを貼った硬い表紙をつける。今では表紙に芯が入らないソフトカバーや、糸でかがらず糊で固める無線綴じなどの本が主流で、手製はおろか機械製本でさえこうした上製本は数が少なくなってしまった。

仕事の中心は、今も昔も大学からの依頼が中心。学部ごとの図書館が取り寄せている国内外の専門雑誌などをばらし、必要なページだけをまとめて1冊の本に製本し直す。あるいは教授や学生たちの論文を本の形にする。一つ一つ丁寧に仕上げていくため、最盛期には納品が半年待ちになることもあったそうだ。

またその合間に、個人から依頼される自家製本の相談も入ってくる。どれも1冊から注文ができるのが手製本ならでは。多くの部数をつくる機械製本に対し、手製本は本のオーダーメイドにあたる印象だ。

写真2 | 人々を惹きつけてやまない、手製本の工房 松田製本所 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真3 | 人々を惹きつけてやまない、手製本の工房 松田製本所 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

工房にある機械や道具たちは、どれもレトロで風格さえ感じさせる。それもそのはず、すべて松田さんが師匠からゆずり受けたものだというのだ。

「42年前に独立したのですが、同時に親方が引退し、退職金代わりに道具も得意先もすべて譲ってくれました。とはいえはじめは大変でしたね。親方の元で15年働きましたが、その間に機械や道具に触らせてもらったことが一度も無かったんです」

「技は見て盗め」という言葉は職人の世界でよくいわれることだが、松田さんの親方はその典型だったようだ。とはいえ15年というのは凄まじく、独立したての頃の松田さんの苦労がしのばれる。

作業のなかで一番難しいのは、表紙に施す箔押しだそうだ。それは製本のしめくくりともいえる工程で、専用の機械で活字を熱しながら金箔や銀箔を本の表紙に押しつける。

「もちろん箔押し機も独立してはじめて触ったんですよ。箔にはさまざまな種類がありクロスとの相性もそれぞれ違う。とても微妙な感覚の差異なのですが、押しすぎると印字が潰れるし、足りないとかすれてしまうんです。こればっかりは経験を重ねないとどうしようもありませんから、はじめのころはずいぶん苦労しましたね。活字を組むのももちろんはじめてでしたから、小文字のbとdを間違えたりもしました(笑)」

同じ布で事前にテストするにしても、本番は一発勝負で後から修正ができない。つまり、箔押しを失敗すると表紙を一からつくり直すことになり、時間も材料も無駄になってしまうのだ。だが当時の松田さんにはそれさえ学びの機会だったようで「試行錯誤するのが面白かった。毎日が充実してましたね」と、にこやかに語った。はじめて自分の手で仕事を行う喜びは、やはり格別だったようだ。

松田さんの親方はとても無口な方で、励ましの言葉やアドバイスなどもまったくもらっていないのだそうだ。けれども、自分の人生をかけた大切な仕事道具と得意先をまるまる譲るという行為そのものに、親方の松田さんへの揺るぎない信頼が感じられる。独立後の松田さんの頑張りは、きっと親方の予想通りだったのではないだろうか。

松田さんが、やはり親方から引き継いだという持ち手の短い金槌を取り出して見せてくれた。上製本には欠かせない道具で、これで本の背中を叩き半円のアールをつけることで本の背が割れないようにするという。丸背製本のための道具だ。片手で握り込めるよう柄が短いのも面白いけれど、何より驚いたのは、金槌の鋼鉄の部分だった。長年の使用により、すり減って指の跡がついているのだ。こんな硬い鉄がすり減るなんて、親方と松田さんはこの道具で、いったい何冊の本を仕上げたのだろう……。そう思うと胸が熱くなる。松田製本所には、道具ひとつひとつに物語があり、手でものをつくる喜びが工房のすみずみに堆積していた。

写真4 | 人々を惹きつけてやまない、手製本の工房 松田製本所 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真5 | 人々を惹きつけてやまない、手製本の工房 松田製本所 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真1 | 人々を惹きつけてやまない、手製本の工房 松田製本所 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真2 | 人々を惹きつけてやまない、手製本の工房 松田製本所 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真3 | 人々を惹きつけてやまない、手製本の工房 松田製本所 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

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写真5 | 人々を惹きつけてやまない、手製本の工房 松田製本所 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

人々が集う工房

そんな松田製本所と松田さんに魅せられて、多くの人たちが製本の依頼を持ち込んでくる。昔からある論文以外に、作家やクリエイターなどの作品集を依頼されることも多い。また、複数の大学から請われて、学生たちに製本の一日授業も行っているという。なかでも松田さんが職人魂を刺激されるのは、芸大生たちの課題の手伝いだ。

「表紙に金属板を使いたいと言われたり、ページが見開き1枚だけの本をつくりたいと相談されたり、こっちがびっくりするようなことを言うんですよ。それが面白くてね。若い人たちから学ぶことが多いです」

もちろんすべて工夫を凝らし、リクエストに応えるというからさすがである。

さらに一昨年の秋からは、もうひとつ大きな仕事が増えた。お嬢さんである洋子さんが企画運営する製本のワークショップである。しかも面白いことに訪れてくる人の95%が外国人だという。

洋子さんは海外での仕事が長く、今も通訳やイベントのアテンドなどで1年の半分以上を海外で活動している。そのかたわら3年前に製本所の近くで外国人アーティスト向けのゲストハウスを開いたのだが、それがワークショップを始めるきっかけとなった。ゲストの多くから「日本のクラフトを体験したい」という声が寄せられたのだ。

「はじめは京都市内のワークショップを色々探して紹介していたのですが、『雨が降ったから今日は体験をしたい』というような流動的なリクエストも多くて、紹介先に困っていたのです。父ならスケジュールの無理も頼みやすいですし、何より、幼い頃から見てきた製本の魅力を伝えることができます。それで挑戦してみることにしたんですよ」

ゲストには日本文化を感じて欲しいと、表紙のクロスはもらい物の着物を解体して使用することに決めた。中の用紙はノートとして使えるような無地の紙を採用。参加者は松田さんが実際に使用している本格的な道具を使って製本を体験し、色柄やシルクの光沢が美しい布装丁のノートをつくることができる。そんな魅力的なワークショップ、楽しいに決っている。狙いはあたり、製本体験はゲストたちに大好評。昨年は年間400名が体験に訪れたという。

「娘と違って英語など話せませんから最初はどうなることかと思いましたが、意外になんとかなるものですね。カタコト英語で説明していますよ」

と、松田さんも異文化交流を楽しんでいる様子だ。

写真6 | 人々を惹きつけてやまない、手製本の工房 松田製本所 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真7 | 人々を惹きつけてやまない、手製本の工房 松田製本所 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

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さらにワークショップの評判が評判を呼び、本場であるヨーロッパの製本職人や研究者たちも工房に訪れるようになった。洋子さんによれば、海外と日本では製本のスタイルが少し違うそうだ。また京都と東京も全く同じではないらしい。さらに加えて独自の工夫をこらした松田さんの製本技術は、本場の人たちをいつも驚かせ、感心させるという。

もちろん日本人もワークショップを体験できる。ノートづくりに加えて、2020年2月にはイベントで、クリエイターAyako Hanaiさんの協力を得ながら子ども向けの絵本づくりワークショップも開催した。松田さんが事前に仕立てた無地の絵本に、子どもたち自身が自分の絵をコラージュし絵本に仕上げる。表紙にタイトルを箔押しすれば、たった一つの自分だけの絵本の完成だ。この体験も大好評で、工房の中は1日中大勢の親子連れでいっぱいになった。

温かでフランクな人柄の松田さん親子の元には、さまざまな人たちが集い、さまざまな声がかかる。着物地のノートは人気のあまり製品化が決定し、海外で販売されることも決まった。松田製本所初のプロダクトだ。

「きものによって素材や織り方が全く違うので、どの糊がいいのか試行錯誤してるところなんですよ」

と、松田さんはたくさんの製本をこなしながら、着物地に合う糊の研究にも余念がない。一方で、松田製本所に新たな風を吹き込んだ洋子さんは、さらなる先を見つめている。

「さまざまな方と出会いお話していると、色んなニーズが見えてくるんです。わたし自身も “本”や“製本”というキーワードを元に、まだまだできることがあるように思っています。それをゆっくり探っていきたいですね」

松田親子の人柄、確かな職人の技、ものづくりの時間、そして皆が愛してやまない本という存在。松田製本所が持つ幾重もの魅力は、これから先も大人から子供まで、世界中の人たちを惹きつけていくに違いない。

写真10 | 人々を惹きつけてやまない、手製本の工房 松田製本所 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真11 | 人々を惹きつけてやまない、手製本の工房 松田製本所 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真提供(一部):浪本浩一、松田洋子

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写真9 | 人々を惹きつけてやまない、手製本の工房 松田製本所 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真10 | 人々を惹きつけてやまない、手製本の工房 松田製本所 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真11 | 人々を惹きつけてやまない、手製本の工房 松田製本所 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

松田製本所

写真1 | 人々を惹きつけてやまない、手製本の工房 松田製本所 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

住 京都市北区北野下白梅町57−7
電 075-462-5615
休 不定休
https://www.matsudaseihon.com

【ワークショップについて】

開催:随時10時〜19時(要予約)
定員:製本教室1〜4名(約2時間程度)
   (着物地ノートまたは、絵本タイプ)
   箔入れ教室1〜5名(約1時間程度)
   ※松田製本所特製ノートに箔を入れる体験です
条件:幼稚園以下のお子様は保護者同伴
料金:3,000円

写真1 | 人々を惹きつけてやまない、手製本の工房 松田製本所 - 白須美紀 | 活版印刷研究所