生田信一(ファーインク)
印刷カフェ Print+Plantが都立大学駅にオープン、不思議な空間を覗いてきました
2019年7月末、東京都目黒区八雲に印刷カフェ Print+Plantがオープンしました。オープンの直前にお店に伺い、ショップを運営するALBATRO DESIGNのデザイナー 猪飼俊介さんにお店のコンセプトや新しい活版印刷技術の取り組みのお話をお聞きしました。
活版印刷は古い印刷技術で、工程には多くの人の手が加わります。猪飼さんのアプローチは独特で、実験を繰り返す中で、印刷工程に創意工夫を加えることで、これまで見たことのない新しいグラフィック表現を生み出しています。今回は、そのその魅力の一端をお伝えします。
柿の木坂を登ると出会う不思議な外観のショップ
印刷カフェ Print+Plantは、東急東横線の都立大学駅を下車して、柿の木坂のゆるやかな坂を少し登ると着きます。少し先の以前大学があった敷地は現在ではめぐろ区民キャンパスとして利用され、敷地内に建設されたパーシモンホールは音楽の芸術文化活動の拠点になっています。ショップはめぐろ区民キャンパスの少し手前にあります。
このあたりは閑静な住宅街です。お店は通りに面し、ガラス張りの開放的な外観で、外からでもお店の様子を見ることができます。お店に入ると、すぐ右手の水槽で栽培されている植物がお客様を迎えます(写真1)。
植物がこのお店の象徴になっている理由を尋ねました。猪飼さんは「紙もインキも植物に由来していますから。植物は活版印刷の「ゆらぎ」を象徴しています」と話します。さらに奥には、活字の棚や活版印刷のカードやアートブックが並んでます(写真2)。
夜にはネオンが灯り、ひときわ鮮やかです(写真3、4)。つい誘われてお店をのぞいてしまいますね。
もう一方の壁面には、活版印刷の手動機(手キン)や自動機のプラテンが並びます(写真5、6)。さらに奥には、箔押しの印刷機、断裁機、印刷版の焼き付けや現像を行う機械も備えられています。活版印刷工房として申し分のない設備です。
猪飼さんは、仕事場にも印刷や加工の機械設備をお持ちです。さらに勤務する東京藝術大学の印刷工房も管理されています。うらやましいほどの設備に囲まれていますが、背景として使われなくなった活版印刷機を処分する会社さんも多いため、少しずつ機材が増えていったそうです。なんとも複雑です。
今回、新しいショップをオープンする際にあたっての立地の条件は?と尋ねたところ、「一階で床がコンクリートで、機材の搬入が容易であること」と話してくれました。大型機材の搬入は、どの印刷会社さんに伺っても一度は聞いてみたくなる質問です。クレーンを使ったり、大きな機械の場合は壁を壊したりするそうで、驚くような答えが返ってきます。
新しいショップの大きな特徴は、金属活字の棚が据えられていることです(写真7、8)。活字は、印刷会社さんから譲り受けたものとのこと。「まず、在庫している活字のデータベースを作りたい」と猪飼さんは話します。入力作業が大変そうですが、「ボランティアを募って少しずつ作業を進めたい」と語ります。
お店のオープンを記念して、活版印刷機(手キン)のピンバッチを制作したとのことで、紹介いただきました(写真9)。かわいく、愛らしいデザインです。これを見て「手キン」だと気付く人は少ないかもしれませんが、このバッチを付けることで、新しい友人と出会るかもしれませんね。
すべてのイメージが違う!? ランダム印刷
猪飼さんが最近取り組まれているテーマのひとつが「ランダム印刷」と名付けられた印刷表現です。これは、刷り上がったイメージがすべて異なる印刷表現です。
昨年取材した折に以下のようなお話を伺いました。「印刷中のインキに、ガソリンなどの別の溶剤を混入したらどうなるでしょう? びっくりするような問いですが、結果は予想できないものになります。混入直後は、異なる成分の溶剤同士が互いに反発します。しかし、時間が経つと印刷機のローラーの回転により撹拌されて互いに混じり合い、なめらかなグラデーションになって表れます」(「活版印刷の技術で、複製できない価値を生み出す──ALBATRO DESIGN」参照)
「ランダム印刷」は、この手法をさらに推し進めた技法といえるでしょう。印刷中に別のインキやメディウムを混入したり、あえて油性インキと反発する石鹸水を混入したりして、刷り上がりを少しずつ変化させます。刷り上がりは、異なる色がグラデーションで再現されたり、意外性のあるものが出来上がったりします。「最終的には10種類のインキや溶剤を混入することもあります」と語ります。
Print+Plantのショップカードは「ランダム印刷」の技法が使われています。ショップカードとお店の案内のブックレットをいただきました。カードの裏側のイメージはすべて違っています(写真10)。
また、東京藝術大学内にある藝大アートプラザのショップカードにも「ランダム印刷」の技法が使われています。トータルで2,000枚のカードを刷りましたが、同じイメージは1枚もないそうです(写真11)。
最新作は、「活版TOKYO 2019」で発表された植物のカードです。3色刷りの活版印刷のカードで、驚くほど精緻な出来栄えでした。印刷工程は、まずベースとなる2色を刷り、葉っぱの色を最後に刷って仕上げます。葉っぱの色はすべて違っています(写真12〜16)。
印圧のわずかの誤差でイメージが浮かび上がる! ゴースト印刷
「ゴースト印刷」と名付けられた技法は、単色の刷りの中にイメージをゴーストのように浮かび上がらせる技法です。この印刷表現は、印圧を部分的に変化させることで実現できます。
以前コラムで、活版印刷で印圧を調整する場合、プラテン印刷機に胴張用紙をセットして圧を調整する方法をご紹介しました(「活版印刷の魅力─印圧による凹凸表現の秘密に迫る」参照)。さらに胴張り用紙の下に別の薄い紙をセットすることで、印圧の微調整を行います。
部分的に印刷を変えたい場合は、セットする紙を小さくカットして貼り付けます。本来は印圧のムラを補正する目的で使われるのですが、ゴースト印刷はこの手法を逆に利用した技法といえるでしょう。たとえば三角形の形にカットした用紙やフィルムを圧胴に貼り付けることで、カットした形のイメージがゴーストのように浮かび上がります(写真17)。
貼り付ける素材の形をさまざまに変えたり、素材の厚みを変えることで、ゴーストの表れ方も変わってきます。新しく発見した表現手法とのことで、いくつかの試作を見せていただきました(写真18)。
都立大学駅の近くには、ものづくりを目指す方のためのシェア工房「Makers’ Base」や、ZINEを専門に扱うショップ「MOUNT ZINE」もあって、楽しい一角になっています。クリエイターの方にとっても魅力的な街で、休日の散歩コースにはうってつけです。ぜひ印刷カフェPrint+Plantをのぞいてみてください。
では、次回をお楽しみに!
印刷カフェ Print+Plant
住所:東京都目黒区柿の木坂1丁目32-17 PRINT+PLANT
最寄駅:東急東横線 都立大学駅
営業日・営業時間:2019年9月現在、試験的に土曜、日曜、月曜 13:00〜20:00までオープン。お越しの際は事前にWebなどでご確認ください
Facebook:https://www.facebook.com/print.plant.official/
Instagram:https://www.instagram.com/printplant_official/
Webサイト : https://print-plant.com