web-magazine
web-magazine

生田信一(ファー・インク)
活版印刷の魅力─印圧による凹凸表現の秘密に迫る

活版印刷の魅力─印圧による凹凸表現の秘密に迫る

 

今回のコラムは、活版印刷の大きな魅力のひとつである凹凸表現に焦点を絞ってレポートします。活版印刷では、版にインキを付着させ、紙に押し当ててインキを転写させますが、版に加わる圧の強弱をコントロールすることで、用紙に凹凸を表現することができます。

印字面に凹凸が表れるようにするには、クッション性のある厚手の用紙を選ぶことがポイントです。今回使用する用紙は「WILD」、コットン35%配合のイタリアからの輸入紙で、活版印刷と相性のよいファインペーパーです。輸入元の株式会社竹尾を訪問し、「WILD」の魅力についてお話を伺いました。

印圧の強弱のコントロールのしくみについては、CAPPAN STUDIOに解説していただきました。印圧のコントロールの秘密は、「胴張用紙」と、その下に入れる用紙がポイントになるそうです(胴張用紙は、印刷機の胴に巻かれる用紙で、圧縮成型によりすぐれた厚み精度を持つ用紙のこと)。

活版印刷の魅力─印圧による凹凸表現の秘密に迫る

 

印圧と用紙のコンビネーション

最初に、CAPPAN STUDIOが手がけた活版印刷の名刺の中から、印圧と用紙の見事なコンビネーションの作例を紹介しましょう。

(写真1、2)は、京都で造園業を営んでおられる渡邊庭店の名刺です。用紙はクッションペーパーの定番である特Aクッション(0.8mm厚)を使用、強めの印圧(ヘビープレス)で印刷されています。文字は印圧をかけてプレスされているので、力強いメッセージを与えます。右上のロゴと、左上の印章が高濃度赤口金で鮮やかに刷られているので、記憶に残る魅力的な名刺に仕上がっています。

(写真1)用紙:特Aクッション0.8

 

(写真2)用紙:特Aクッション0.8

(写真1、2)用紙:特Aクッション0.8
印刷:活版印刷 表2色(高濃度赤口金・高濃度スミ)
印圧:ヘビープレス
Client&Design:京都 渡邊庭店 (京都市右京区)

(写真3、4)は、フラワープロダクトデザイナー、竹中千秋さんの名刺です。両面活版印刷で刷られた名刺で、表面のロゴタイプ、裏面のイラスト、周囲にあしらわれた罫線がデザインに花を添えています。活版印刷で刷るイラストは、白黒の濃淡がはっきりしたモノクロの線画が向いています。細線まできれいに再現されていて素敵ですね。

(写真3)用紙:特Aクッション0.8

 

(写真4)用紙:特Aクッション0.8

(写真3、4)用紙:特Aクッション0.8
印刷:両面活版印刷(1C/1C)
印圧:裏面に干渉しないよう出来る限り強く
Client&Design:竹中千秋

(写真1)用紙:特Aクッション0.8

(写真1、2)
用紙:特Aクッション0.8
印刷:活版印刷 表2色(高濃度赤口金・高濃度スミ)
印圧:ヘビープレス
Client&Design:京都 渡邊庭店 (京都市右京区)

(写真2)用紙:特Aクッション0.8

 

(写真3)用紙:特Aクッション0.8

(写真3、4)
用紙:特Aクッション0.8
印刷:両面活版印刷(1C/1C)
印圧:裏面に干渉しないよう出来る限り強く
Client&Design:竹中千秋

(写真4)用紙:特Aクッション0.8

 

活版印刷の魅力を引き出す用紙「WILD」

以下では、当サイト、活版印刷研究所において、印圧を変化させて刷った3色(3版)の印刷トライアルのメーキングを紹介します。まず、印圧表現において大切な要素である、クッション性のある厚手の用紙を選びます。

今回の印刷で使用したのは、竹尾が輸入した「WILD」という用紙で、竹尾の新製品ラインナップとして検討中の銘柄です。竹尾 見本帖本店を訪問し、企画部の平戸順一さんに「WILD」についてお話をうかがいました。

「厚手でクッション性のよい用紙は、名刺やコースターでの需要が高まっています。しかし日本国内では、活版印刷、空押し、エンボス加工、箔押し等に対応する厚手の用紙を製造する機械がなくなってしまったという事情があり、調達に苦労しています」と平戸さんは語ります。「しかしながら、高まる需要に応えるために昨年(2016年)コットン高配合の用紙を集めたミニサンプルを作成しました」

このミニサンプルには、クレーンレトラ(コットン100%)、グムンドコットン(コットン100%)、グムンドナチュラルN(コットン100%)、グムンドカシミア-FS(コットン50%以上)、モロー(コットン100%、水彩画紙)、ペセソレイユ(コットン100%、二方耳付の高級画材用紙)、ロベール(コットン65%以上配合)、ピュアマット(コットン50%以上配合)が収められています(写真5、6参照)。入手を希望される方は、竹尾 見本帳本店、もしくはtakeopaper.comまでお問い合わせください。

(写真5)コットン高配合の用紙が収録された竹尾のミニサンプル「H-6 白い紙 コットン高配合」。

 

(写真6)コットン高配合の用紙が収録された竹尾のミニサンプル「H-6 白い紙 コットン高配合」。

(写真5、6)コットン高配合の用紙が収録された竹尾のミニサンプル「H-6 白い紙 コットン高配合」。

今回使用した用紙「WILD」は35%コットン配合で、野性味あふれる質感と超厚物のラインナップが特徴です。竹尾では、トライアル品として以下の規格を取り揃えています。

[規格]
720×1020mm T目 220.5(258) 330.5(387) 624(731)kg 1色(ホワイト)
( )は四六判相当

イタリアのメーカーが作成した印刷見本帳を見せていただいたのですが、実に鮮やかです。動物をエンボスやフロッキー加工(起毛加工)で演出したものが多数含まれており、発色も鮮やかで美しく、見入ってしまいました(写真7、8参照)。

(写真7)「WILD」の印刷サンプル集。触れると凹凸やフロッキー加工の毛羽立ちが確認できる。

(写真7)「WILD」の印刷サンプル集。触れると凹凸やフロッキー加工の毛羽立ちが確認できる。

(写真8)超厚手の「WILD」に印刷された線画イラスト。エンボス(浮き上げ)加工が施されている。

(写真8)超厚手の「WILD」に印刷された線画イラスト。エンボス(浮き上げ)加工が施されている。

(写真5)コットン高配合の用紙が収録された竹尾のミニサンプル「H-6 白い紙 コットン高配合」。

(写真5、6)
コットン高配合の用紙が収録された竹尾のミニサンプル「H-6 白い紙 コットン高配合」。

(写真6)コットン高配合の用紙が収録された竹尾の見本帖「H-6 白い紙 コットン高配合」。

 

(写真7)「WILD」の印刷サンプル集。触れると凹凸やフロッキー加工の毛羽立ちが確認できる。

(写真7)
「WILD」の印刷サンプル集。触れると凹凸やフロッキー加工の毛羽立ちが確認できる。

(写真8)超厚手の「WILD」に印刷された線画イラスト。エンボス(浮き上げ)加工が施されている。

(写真8)
超厚手の「WILD」に印刷された線画イラスト。エンボス(浮き上げ)加工が施されている。

印圧調整の仕組み

近年の活版印刷では、圧を強くかけて用紙を窪ませる表現が人気のようです。CAPPAN STUDIOに、印圧の要望に対してどのように対応しているのか、お話をうかがいました。「印圧の強弱については、従来の活版印刷ではへこみや印刷ムラのない印刷が良い印刷方法です。版面のインキを紙に転写するために圧力が掛かるので印圧による凸凹は副産物でした」

かつて活版印刷では、できるだけ凹凸を出さないことが良い印刷物とされていました。しかし近年では、圧をかけて用紙を凹ませる手法に人気が集まっているため、さまざまな印圧を再現できるよう、作業の標準化を目指しているそうです。印圧の調整の一番のポイントは印刷機の「圧胴の中に入れる調整紙にある」と説明してくれました。

「弊社では良い印刷物に仕上げるには、圧胴の仕込みが一番重要と考えています。印圧の強弱は、胴張用紙の下に入れる用紙の厚みの調整によって行います。薄いもので薄模造紙から、上質の135kgぐらいまでの用紙を使って仕込んでいきます」

活版印刷では、帳票などの薄手の用紙に印刷する機会も多く、こうした場合は、広い面積に圧を均一にかけて刷るための仕組みが必要になり、ポイントになるのが「圧胴の仕込み」であると話します。胴張用紙は(写真9)を参照してください。同社では、胴張用紙の下に、さらに(写真10)のような厚みが異なる用紙を入れて、印圧を調整しています(写真11、12、13)。

「デザインでベタ面があるときや、逆に細かい繊細なデザインの時などは、圧胴の一部分に用紙を切り貼りして調整していく場合もあります。また、デザインの内容によっては圧胴の硬さを変えるために、圧胴に入れる用紙の紙質を替えたりします」

(写真9)茶色の用紙が胴張用紙。

(写真9)茶色の用紙が胴張用紙。

(写真10)胴張用紙の下に入れる用紙。厚みの異なるさまざまな用紙を利用している。

(写真10)胴張用紙の下に入れる用紙。厚みの異なるさまざまな用紙を利用している。

(写真11)プラテン印刷機にセットされた胴張用紙。

(写真11)プラテン印刷機にセットされた胴張用紙。

(写真12)胴張用紙の下に別の用紙を入れて厚みを調整する。

(写真12)胴張用紙の下に別の用紙を入れて厚みを調整する。

(写真13)用紙の厚みを計測しているところ。

(写真13)用紙の厚みを計測しているところ。

(写真9)茶色の用紙が胴張用紙。

(写真9)茶色の用紙が胴張用紙。

(写真10)胴張用紙の下に入れる用紙。厚みの異なるさまざまな用紙を利用している。

(写真10)胴張用紙の下に入れる用紙。厚みの異なるさまざまな用紙を利用している。

(写真11)プラテン印刷機にセットされた胴張用紙。

(写真11)プラテン印刷機にセットされた胴張用紙。

(写真12)胴張用紙の下に別の用紙を入れて厚みを調整する。

(写真12)胴張用紙の下に別の用紙を入れて厚みを調整する。

(写真13)用紙の厚みを計測しているところ。

(写真13)用紙の厚みを計測しているところ。

印圧の強弱をコントロールして作成した見本帖

CAPPAN STUDIOでは、印刷の違いを3段階に分けてオーダーできるようになっています。印圧が弱めの「LIGHT PRESS」、中間の「MEDIUM PRESS」、一番強い「HEAVY PRESS」の3種類があります。同社では、印圧の違いを比較できる印刷トライアルを作成しています。印刷トライアルの印刷版と仕上がりを見ながら、印圧の違いを見ていきましょう。

印刷トライアルで使用した版は、「LIGHT PRESS」、「MEDIUM PRESS」、「HEAVY PRESS」の3版です(写真14)。これらの版は亜鉛版で作られているため、強い圧での印刷が可能です。亜鉛版の作り方は前回のコラム「シャープな細線まで再現!亜鉛版の製版現場をレポート」を参照してください。

(写真14)左より「LIGHT PRESS」「MEDIUM PRESS」「HEAVY PRESS」の版。

(写真14)左より「LIGHT PRESS」「MEDIUM PRESS」「HEAVY PRESS」の版。

印刷の仕上がりが(写真15)です。印圧の違いを(写真16、17、18)で掲載しました。写真では印圧の効果を伝えるのは難しいのですが、影を強調して撮影しました。実際に手にして触っていただくと、違いがよくわかると思います。

(写真15)印圧の違いを比較できる見本帖。

(写真15)印圧の違いを比較できる印刷トライアル。

(写真16)「LIGHT PRESS」

(写真16)「LIGHT PRESS」

(写真17)「MIDIUM PRESS」

(写真17)「MEDIUM PRESS」

(写真18)「HEAVY PRESS」

(写真18)「HEAVY PRESS」

この印刷トライアルは、当サイトで入手できるように準備を進めています。入手方法は、近日中に当サイトでお知らせしますので、楽しみにしてください。

印圧によって得られた印字面の凹凸は、印刷物を手にしたときの大きな楽しみになります。名刺などのカードを受け取った時に、思わず指で感触を確かめたくなるでしょう。用紙本来の質感やテクスチャーで視覚が刺激され、さらに触覚でも楽しめます。印刷表現というのは実に奥深いものです。

では、また次回に!

(写真14)
左より「LIGHT PRESS」「MEDIUM PRESS」「HEAVY PRESS」の版。

(写真15)印圧の違いを比較できる見本帖。

(写真15)
印圧の違いを比較できる見本帖。

(写真16)「LIGHT PRESS」

(写真16)「LIGHT PRESS」
上の画像をクリックすると拡大されます。

(写真17)「MIDIUM PRESS」

(写真17)「MIDIUM PRESS」
上の画像をクリックすると拡大されます。

(写真18)「HEAVY PRESS」

(写真18)「HEAVY PRESS」
上の画像をクリックすると拡大されます。