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白須美紀
花の青を集めた、紙のインク
TAG STATIONERY

(写真1) | 花の青を集めた、紙のインク TAG STATIONERY - 白須美紀 | 活版印刷研究所

友禅染の青花を文房具に

深い藍色をした「文染ペーパーインク」を小さくちぎって数滴の水に溶かすと、瞬く間に青い液体が生まれた。ペン先に浸して紙に走らせてみれば、現れる線は優しい青色をしている。紙のインクというだけでもはじめての体験だが、さらに心がときめいてしまうのは、これが花を集めてつくられた色であるということだ。花の名前がついたインクはたくさんあっても、実際に花を原料にしたものは珍しいのではないだろうか。

「滋賀県草津市で江戸期からつくられてきた青花という植物が色の素です。実は、古くから友禅染の下絵に使用されてきた染料なんですよ」
と教えてくれたのは、「文染ペーパーインク」を企画販売しているTAG STATIONERYの森内孝一さんだ。青花は露草の変種で、6月下旬から8月にかけて3〜4cmの花を咲かせる。その青い花弁が、ペーパーインクの色素となっているのだ。

「草津の『NPO法人青花製彩』が開発した製造技術で、青花をペーパーインクにしています。江戸から続く従来の製法では、手摘みして手絞りした花の汁を、何度も和紙に刷毛で塗り乾かして色素を定着させるんですよ。『青花紙』と呼ばれる、とても手間暇かかった手工芸品です。江戸時代の浮世絵の青色部分に使われていた記録もあるそうです」

友禅きものが一般に広まるにつれ青花紙も盛んにつくられるようになったが、染物が化学染料中心になると、下絵も青花ではなく化学由来の「青花ペン」を使う職人さんが大半になった。さらに近年ではきものを着る人が減少しているのもあり、青花紙の需要はますます減っているという。そんな状況をなんとかしたい、もっと青花文化を知って欲しいと草津市の行政や市民が保全に乗り出し、さまざまな取り組みが行われている。「文染ペーパーインク」の開発もそのひとつだ。

青花の一番の特徴は、水で洗い流すと消えてしまうことだろう。この〝消える〟というのがミソで、友禅の世界で下絵に重宝されてきた理由でもある。染めを完成させて洗いにかけると、下絵がきれいに消えて無くなるからだ。自然の不思議さと、それをうまく使ってきた昔の人の知恵に、改めて感心してしまう。

もちろん文房具版青花紙である「文染ペーパーインク」も、水で消すことができるという。森内さんによれば溶かす水の量で色の濃度も変えられるそうで
「きれいに書くだけではなく、にじませたり、消したりしながら楽しんでいただいたら良いと思います」
と、楽しみ方を教えてくれた。

(写真2) | 花の青を集めた、紙のインク TAG STATIONERY - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真3) | 花の青を集めた、紙のインク TAG STATIONERY - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真1) | 花の青を集めた、紙のインク TAG STATIONERY - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真2) | 花の青を集めた、紙のインク TAG STATIONERY - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真3) | 花の青を集めた、紙のインク TAG STATIONERY - 白須美紀 | 活版印刷研究所

京都だからこそ生まれた文房具

TAG STATIONERYは、京都の老舗文房具店「TAG」こと竹田事務機が手がけるオリジナル商品のブランド名で、同社の企画部門が運営している。販売はネットショップが中心だが、実店舗「TAG」にも一部商品を展開する。そもそもは社長を囲んだ小さな勉強会で「オリジナル商品を企画したいね」という話になったのが始まりだったという。2015年に全社でコンペが行われて、オリジナル商品づくりがスタートした。そのとき完成した記念すべき初商品が、今も人気の万年筆インク「京の音」「京彩」シリーズだ。森内さんは「京の音」を企画立案し、二つのシリーズを製品化までこぎつけた立役者。文房具の場合、ペンや鉛筆に店名を入れてもらったり、インクメーカーに色を調合してもらったりすることでもオリジナル製品をつくることができるが、森内さんは「インク自体を独自開発できないか」と考えたのだ。

「本社のすぐ近所に『田中直染料店』という老舗の染料屋さんがあり、前から気になっていたんです。これはチャンスだと思って、インクがつくれないかを相談しました」

実は布を染める染料も紙に文字を記すインクも元となる材料は同じで、用途や素材によって使用方法や加える成分が変わるのだという。京都には伝統工芸の友禅染や西陣織があり、古くからそうした業界と伴走し続けてきた田中直には、単なる染料店の域を超えた技術力やネットワークが蓄積されていた。別分野への挑戦は田中直にとっても価値ある試みとなるため、森内さんに快く協力してくれたという。

そして、老舗染料店とのものづくりを通して、森内さんのなかで新たな気づきが生まれ、それが新しいものづくりへと繋がっていった。

「開発者の方から色や染めの話を聞けば聞くほど、書くこと、塗ること、染めることの境界線が曖昧になっていったんです。用法も言葉も違うけど使っている素材の根っこは同じですから、『インクで紙に文字を書く』ことは、『インクで紙に文字を染める』とも言えるんじゃないかなと、思うようになりました」

そうして生まれたのが、「文染」シリーズだ。田中直が有する京都草木染研究所と共同で開発した藍や梔子(くちなし)といった天然染料のインクはもちろん、青花紙のペーパーインクも、なるほど染色とのゆかりが深い。草木染めの布が経年変化するように天然染料のインクも時とともに色彩が変化するし、青花で描いた下絵が水で消えるようにペーパーインクで書いた文字も水で消える。染色の世界では当たり前の特性が、インクでは従来にない新しい楽しみ方となっているのも面白い。

森内さんによれば、文房具のニーズや有り様は、時代の流れによって刻々と変化しているという。実際にインク自体も、視認性や保存性が重視されていた「実用」から、多色展開を楽しむ「遊び」へと使われる目的が様変わりした。そんな文房具の世界において、いま森内さんが注目しているのは「手で書くこと」だという。

「京都に伝わる技術を元に、手書き道具を見つめ直していきたいと考えています。TAGは文房具店ですから、メーカーさんたちが開発した良品をお客様に届けるのが仕事です。企画開発を担当する僕としては、ちょっとはみ出した尖ったものをつくることで、マーケットの外にいる人たちに文房具の楽しさを伝えていきたい。そうすることで文房具業界がさらに盛り上がるといいなと思っています」

その言葉のとおりTAG STATIONERYは、文房具関連だけではなくライフスタイルやインテリア関連のイベントにも出店。また2021年から始まった「京都手書道具市」も主催している。商品だけではなくイベントでも、際立った個性で多くの文房具ファンを増やしているのだ。

(写真4) | 花の青を集めた、紙のインク TAG STATIONERY - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真5) | 花の青を集めた、紙のインク TAG STATIONERY - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真4) | 花の青を集めた、紙のインク TAG STATIONERY - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真5) | 花の青を集めた、紙のインク TAG STATIONERY - 白須美紀 | 活版印刷研究所

ワークショップで魅力を伝える

「文染ペーパーインク」は、カリグラフィ作家などからも支持を得ている。手書きの楽しみを伝えるユニット「sous(スース)」も、2023年の夏に「文染ペーパーインク」を使ってカリグラフィを体験し、自分だけのオリジナルタグをつくるというワークショップを開催。メンバーの高橋晶子さんは、京都で「筆耕」の仕事に従事している書のプロだそうで、関わる人が京都らしいのもTAG STATIONERYならではだ。使用するタグもきものの反物に使われる値段札だったが、実際に青花の爽やかなブルーで彩ると和の雰囲気はどこにもなく、とてもキュートな紙雑貨ができあがる。冒頭に森内さんによる青花についてのレクチャーもあり、「珍しいペーパーインクが試せて、文化的背景も勉強になり、カリグラフィを学んで自分だけの可愛いタグもつくれる」という、なんとも盛りだくさんな楽しい内容だった。森内さん自身も、ワークショップの重要性を認識しているという。

「『文染ペーパーインク』は実際に使い方などを体験してもらったほうが、インクの面白さが伝わりやすいと思っています。今後も作家さんたちと連携しながら、お客さまに楽しく触れてもらえる企画を考えたいですね」

TAG STATIONERYの魅力的なアイテムは、京都の老舗文房具店ならではの人と人のつながり、歴史や文化とのつながりによって生まれている。背景にあるその豊かさが、一見シンプルな商品の根底をしっかりと支えており、ほかにないTAG STATIONERYの個性を形づくっている。次の文染シリーズには、どんなアイテムが登場するだろう。次のイベントでは、どんな知らない世界に触れられるだろう。そんな風に、TAG STATIONERYからはいつだって目が離せないのだ。

(写真6) | 花の青を集めた、紙のインク TAG STATIONERY - 白須美紀 | 活版印刷研究所

(写真6) | 花の青を集めた、紙のインク TAG STATIONERY - 白須美紀 | 活版印刷研究所

TAG STATIONERY

花の青を集めた、紙のインク TAG STATIONERY - 白須美紀 | 活版印刷研究所

ネットショップ https://store.tagstationery.jp/
インスタグラム https://www.instagram.com/tag_stationery_store

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