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生田信一(ファーインク)
書籍『明朝体の教室』が刊行されました

昨今のDTPやタイポグラフィーの界隈は、活気にあふれています。事の起こりは、2022年11月24日に印刷技術の展示会「IGAS2022 国際総合印刷テクノロジー&ソリューション展」で実施したセミナーでした。このセミナーで、モリサワ社が取り組んでいる写研書体の開発プロジェクトの進捗状況が報告され、2024年に写研を代表する書体「石井明朝」と「石井ゴシック」の改刻フォントがリリースされることがアナウンスされたのです。

さらに2024年2月には、写研書体のOpenTypeフォント開発で今後100フォントがリリースされる予定であることが発表されました。日本語フォントが一気に100種類増えるのですから、どのような変化が起きるのか、想像もつきません。そんなタイミングで、2023年1月に、書籍『明朝体の教室』の刊行のニュースが入ってきました。

加えて、この本の著者である字游工房の鳥海修さんが、「第58回 吉川英治文化賞」を受賞したというニュースも入ってきました。鳥海修さんは、写研の同僚であった鈴木勉、片田啓一らと3人で独立し、字游工房を立ち上げ、独立後は和文書体のヒラギノや游明町、游ゴシックなど、コンピュータOSにバンドルされる代表的な書体を手がけてきました。日本のDTPや印刷、出版、デザインの制作環境の向上に寄与した功績は大きく、同賞を受賞されたというニュースもうなずけます。

鳥海さんは、現在では、モリサワで進めている写研書体の改刻プロジェクトにも携わり、全体を指揮する重要な立場で作業を進めておられます。私も、この本を足がかりにして、日本語の文字やタイポグラフィーの世界を勉強し直したいと思います。さあ、明朝体の世界をのぞいてみましょう。

書籍『明朝体の教室』が刊行されました - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

字游工房の書体設計士・鳥海修氏が「第58回 吉川英治文化賞」を受賞

2024年3月に驚きのニュースが入ってきました。株式会社モリサワのグループ会社である有限会社字游工房の書体設計士 鳥海修氏が「第58回 吉川英治文化賞」を受賞したというニュースです(写真1、2)。
→リンク「字游工房の書体設計士・鳥海修氏が「第58回 吉川英治文化賞」を受賞」PR TIMESニュース

(写真1) | 書籍『明朝体の教室』が刊行されました - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真1)有限会社字游工房の書体設計士 鳥海修さんが手がけられた書体。

(写真2) | 書籍『明朝体の教室』が刊行されました - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真2)書体設計士 鳥海修 (とりのうみ おさむ)さん。 ※写真はPR TIMESのプレスリリースから引用

吉川英治文化賞は、公益財団法人・吉川英治国民文化振興会が主催し、1967年の創立以来、文化活動などに著しく貢献した人物ならびにグループに対して贈呈されるものです。鳥海氏は日本を代表する書体デザイナーとして、「ヒラギノフォント」「游明朝体」「游ゴシック体」など数多くの書体開発や、後進の育成指導、執筆活動などを行い、日本語の文字文化の継承と発展に長年貢献してきました。それらの功績が認められ、今回の受賞に至った、と伝えられました。

筆者は、普段のパソコンを使った仕事では「ヒラギノ」や「游明朝体」などの鳥海さんが手がけられた書体を利用することが多く、思えばずいぶんお世話になってきました。日本語書体の開発を長年続けてこられた鳥海さんの功績が評価されたことはとてもうれしく、心から「おめでとうとございます」と言いたいです。

筆者が普段どのように文字に接しているか考えてみると、たとえば電子書籍で読書するときは、鳥海さんが手がけたフォントはmac OS/iOS/iPadOSの標準フォントとして搭載されているので、(写真3)のように、游ゴシック体、游明朝体、游教科書体、ヒラギノ角ゴ、ヒラギノ丸ゴ、ヒラギノ明朝の書体から選ぶことができます。驚くべきことに、これらはすべて鳥海さんが手がけたフォントです。

個人的に好きな小説や評論などの電子書籍を楽しむ際は、デバイスの書体の設定を切り替えて、できるだけ読みやすい環境を得ようと試行錯誤します。筆者の場合は、最近老眼が進み、小さい字を読むのが辛くなってきました、電子書籍のリーダーで書体やサイズを設定できるメリットは計り知れませんね。

読み物のジャンルによっては書体を切り変えるのも有効です。例えば、時代小説や現代小説、ミステリーやSF、評論などなど、ジャンルごとに雰囲気を変えることができます。ときには役者(ナレーター)になったつもりで声色を変えて読んでみるのも楽しいです。

(写真3) | 書籍『明朝体の教室』が刊行されました - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真3)mac OSのアプリ「ブック」では、図のような種類のフォントを切り替えできる。

(写真1) | 書籍『明朝体の教室』が刊行されました - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真1)有限会社字游工房の書体設計士 鳥海修さんが手がけられた書体。

(写真2) | 書籍『明朝体の教室』が刊行されました - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真2)書体設計士 鳥海修 (とりのうみ おさむ)さん。 ※写真はPR TIMESのプレスリリースから引用

(写真3) | 書籍『明朝体の教室』が刊行されました - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真3)mac OSのアプリ「ブック」では、図のような種類のフォントを切り替えできる。

書籍『明朝体の教室』(Book & Design)が刊行されました

さて、本題です。今年の始め、2024年1月に、書籍『明朝体の教室』(鳥海修 著、Book & Design)が刊行されました(写真4)。同書の帯には「こんな本いままでなかった 史上初! 書体デザインの第一人者が文字の作り方を書いた」と謳われています。素直でストレートなコピーですが、本当にその通りで、画期的なことだと思います。

書籍はA5サイズ、352ページのボリュームで、豊富な図版を参照しながら読み進めることができます。図版が大きいのもこの本の特徴です。日本語の文字はひらがな、カタカナ、漢字をこれだけ大きなサイズでじっくり眺める機会は少ないでしょう。

本書の大きなテーマは、文字の見やすさ、読みやすさをどのように確保し、実現するのかということだと思うのですが、いろんな角度から紙面の演出方法をアドバイスしてくれます。

冒頭の第1章では、書体デザインの知識として、「大きさ」、「骨格」、「エレメント」、「太さ」の4つの要素を説明し、続けて、「錯視」と「黒みムラ」を調整することがもっとも重要であると説かれます。紙面の印象が、ナチュラルで目にやさしいこと、色み(グレー濃度)が均一であること、歪みがないことが大切であるということでしょう。この考え方は鳥海さんの一貫した指針になっているように思います。

本書の詳細については、出版社 Book & Dsignのサイトを参照ください。
『明朝体の教室 日本で150年の歴史を持つ明朝体はどのようにデザインされているのか』

(写真4) | 書籍『明朝体の教室』が刊行されました - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真4)書籍『明朝体の教室』(鳥海修 著、Book & Design)。

(写真4) | 書籍『明朝体の教室』が刊行されました - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真4)書籍『明朝体の教室』(鳥海修 著、Book & Design)。

刊行を記念した「本と文字と私」展

本書刊行後の2024年3月8日–10日、3月15日–17日の日程で、「本と文字と私」の記念展が催されました。 
リンク→「『明朝体の教室』刊行記念展 「本と文字と私」」

記念展では、原字約200枚が展示されたほか、鳥海修さんが今までに出会った特に印象に残っている本と制作に関わった書体を使用している本が展示されました(展示した本の解説文を記載したリーフレットも作成され、会場で配布されました)。また、連続講座「明朝体の教室 第17回スペシャル回 小宮山博史×鳥海修 オンライン特別対談」の映像が流されました。

また、オリジナルグッズ(限定100部)も販売されました。鳥海さんが手がけた書体で文章を組んで印刷した特製ブックカバーです。カラーは4色あり、筆者も1枚購入しました(写真5、6)。

(写真5) | 書籍『明朝体の教室』が刊行されました - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真5)

(写真6) | 書籍『明朝体の教室』が刊行されました - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真6)
(写真5、6)特製ブックカバー。表裏プリントされた本文テキストは、4種類の書体の組み合わせ(文游明朝体+文麗かな、文游明朝体+古雅かな、文游明朝体+垂水かな、文游明朝体+水面かな)で組まれています。

(写真5) | 書籍『明朝体の教室』が刊行されました - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真5)
(写真5、6)特製ブックカバー。表裏プリントされた本文テキストは、4種類の書体の組み合わせ(文游明朝体+文麗かな、文游明朝体+古雅かな、文游明朝体+垂水かな、文游明朝体+水面かな)で組まれています。

(写真6) | 書籍『明朝体の教室』が刊行されました - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真6)

鳥海さんのこれまでの書籍

書籍『明朝体の教室』を一通り読んで思ったですが、この書籍は鳥海さんが以前書かれた本の内容と深くむすびついていることに気付きました。たがいに補完しあって、内容の理解の助けになります。

たとえば、『本をつくる 書体設計、活版印刷、手製本――職人が手でつくる谷川俊太郎詩集』(写真7)。こちらは、鳥海さんが、詩人 谷川俊太郎さんの詩を組むための日本語書体の開発のストーリーを丁寧に追った内容になっています。
「本をつくる」 書体設計、活版印刷、手製本――職人が手でつくる谷川俊太郎詩集

この本では、日本語のひらがな、カタカナを作っていく過程が丁寧に紹介されています。完成したひらがな、カタカナはとても美しく、文章を組んだとき、ひときわ魅力を放ちます。同じような手法を用いて、鳥海さんは、株式会社キャップスの依頼で4種類(文麗仮名、蒼穹仮名、流麗仮名、文勇仮名)のフォントを制作されています。
「キャップスオリジナル 仮名書体」

(写真7) | 書籍『明朝体の教室』が刊行されました - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真7)『本をつくる 書体設計、活版印刷、手製本――職人が手でつくる谷川俊太郎詩集』鳥海修・髙岡昌生・美篶堂・永岡綾 著、河出書房新社。

もう一冊は『文字を作る仕事』です(写真8)。こちらは2016年刊行の書籍で、鳥海さんが最初に書き下ろしたエッセイ集で、故郷の山形県で過ごされた幼少から高校までの思い出が綴られています。美大時代には、毎日新聞社の小塚昌彦さんの仕事場をたずねた際に、鳥海さんがタイプデザインの道に進むようになったきっかけを与えてくれたエピソードが語られています。

そのほか、大学時代の恩師のお話、タイポグラファーの平野甲賀さん、書家の石川九楊さんとの交流など、久しぶりに読み返したのですが、時間を忘れるくらいぐいぐい引き込まれました。本書は、日本エッセイスト・クラブ賞を受賞しています。

(写真8) | 書籍『明朝体の教室』が刊行されました - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真8)『文字を作る仕事』(鳥海修 著、晶文社)。

 

タイポグラフィー関連の書籍は、近年とくに充実しており、新しい切り口やジャンルの新刊書籍が次々に生まれています。今年は、写研フォントの復活をはじめ、日本語のタイポグラフィーの刺激的なニュースが次々と飛び込んでくることが予想され、おもしろい年になりそうです。

では、次回をお楽しみに!

(写真7) | 書籍『明朝体の教室』が刊行されました - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真7)『本をつくる 書体設計、活版印刷、手製本――職人が手でつくる谷川俊太郎詩集』鳥海修・髙岡昌生・美篶堂・永岡綾 著、河出書房新社。

(写真8) | 書籍『明朝体の教室』が刊行されました - 生田信一(ファーインク) | 活版印刷研究所

(写真8)『文字を作る仕事』(鳥海修 著、晶文社)。

プロフィール
鳥海修 (とりのうみ おさむ)

書体設計士。1955年山形県生まれ。多摩美術大学卒業。79年写研入社。89年字游工房の設立に参加する。ヒラギノシリーズ、こぶりなゴシック、游書体ライブラリーの游明朝体・游ゴシック体など、ベーシックな書体を中心に100以上の書体開発に携わる。 2002年佐藤敬之輔賞、05年グッドデザイン賞、08年東京TDCタイプデザイン賞を受賞。12年から「文字塾」を主宰し、現在は「松本文字塾」(長野県松本市)で明朝体の仮名の作り方を指導している。22年には個展「もじのうみ 水のような、空気のような活字」(京都dddギャラリー)を開催した。 著書に『文字を作る仕事』(晶文社、日本エッセイスト・クラブ賞受賞)、『本をつくる 書体設計、活版印刷、手製本――職人が手でつくる谷川俊太郎詩集』(河出書房新社、共著)、『明朝体の教室 〜日本で150年の歴史を持つ明朝体はどのようにデザインされているのか〜』(Book&Design)がある。

Book & Design

2018年に東京浅草で創業した芸術書のひとり出版社です。
デザイン専門誌『デザインの現場』や『Typography』の編集長を務めた編集者が造本とデザインにこだわった本をつくりたいという想いから創業。想いを共有する著者、デザイナー、印刷製本会社とプロジェクトごとにチームを組み、クオリティの高い本づくりを目指しています。
製本職人による手製本の絵本やグラフィックデザインの専門書を中心に出版。タイポグラフィの実用書や翻訳書も積極的に刊行しています。書籍刊行時には、事務所内で展示やイベントもおこなっています。
第56回造本装幀コンクール 出版文化産業振興財団賞(美篶堂と受賞、2023)
第39回梓会出版文化賞 特別賞(2023)

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