白須美紀
【活版クリエイター紹介 vol.2】
みんなが笑顔になるオリジナルの紙雑貨
-大阪・河童堂-
カードやレターセット、コースターなどにちょこんと印刷されているのは、どこか味のある猫やカエル、白クマなどの生き物たち。見ているだけで思わず頬が緩むこれらの紙雑貨を生み出しているのが、河童堂店主でありグラフィックデザイナーでもある弓削満さんだ。
リンゴのマークのついたパソコンと、たくさんのデザインブック、おもちゃやプラモデルが並ぶ事務所は、楽しくセンスがよくて、グラフィックデザイナーならではの佇まい。だが、隅っこに並ぶテキンと呼ばれる2台の活版印刷機と、入り口すぐに設えられた河童堂製品の売り場スペースが、一般のデザイン事務所とは一味違う個性を醸し出している。
「河童堂の名前の由来はこれです」と弓削さんが指差したのは、2台のうちの緑色をした活版印刷機。この河童と同じ緑色をした活版印刷機が、弓削さんのクリエイター人生を大きく変えるきっかけとなったのだ。
弓削さんと活版印刷との出会いは、今から5年ほど前のこと。偶然通りかかった梅田の商業施設でテキンを使った印刷のワークショップが開催されていたという。「自分で活字を並べてグリーティングカードを刷る体験をしていて、娘と一緒に挑戦したんです」。
レバーを下ろすと活字を並べた版にローラーでインクが付き、紙にぎゅっと圧着されて印刷ができる。丸いディスクが回転するときのチャリンという音も小気味が良かった。何よりテキンの「自分の手で印刷している実感がある」ということに、魅了されたという。
「長年グラフィックデザイナーをしていて、数え切れないほどの印刷物を作ってきましたが、デザイナーが関われるのは色校正までなんです。印刷はプロにお任せするものだと思い込んできました。それが自分で印刷できるんですよ、こんなものがあるのかと本当に驚きました」
また、手差しで刷るため、印刷がずれたりかすれたりして一つとして同じ物ができないのもよかったという。仕事ならば不良品となるところが、かえって味になり個性になる。20年以上デザイナーをしているベテランなのに、印刷でこんなに新鮮な体験ができるとは。弓削さんは一瞬で夢中になり、すぐにテキンを「欲しい!」と思ったという。
とはいえ、活版印刷機はもう製造されていない。もちろん流通もしていないので、どこに売っているのかさえわからない状況だったという。そこで弓削さんは他の活版印刷のワークショップに足しげく通い、情報収集に勤しんだ。そうしているうちに、古い印刷機をひきとって海外に販売している東京の業者の倉庫に、一台あることがわかったという。それがこの緑色のテキンだった。いや、本当は河童の緑色ではなかったのだという。「もっと落ち着いた色をしていたのですが、業者のおじさんが分解して掃除をしたついでにこの色に塗ってくれていたんですよ。もともとの色が気に入っていたので、正直ショックでしたね(笑)」
だが、一度レバーを下ろしてみるとそんな思いもふっとんだ。緑色のテキンは驚くほど手になじみ、スムーズに作動したという。おじさんのメンテナンスは上々だったのだ。
東京からテキンを持って帰ると弓削さんはさっそく印刷をはじめた。その頃は、知り合いの名刺ばかりをつくっていたという。しかしそのうち名刺をつくりたい知り合いも途切れてくる。だが刷りたくて刷りたくて仕方がない。何か刷るものはできないか。そこで思いついたのがオーダーではなく、オリジナルの作品をつくることだったという。美大を卒業してからずっと離れていたイラストも自分で描くようになった。一匹目は、白クマのイラストだった。
それから5年、河童堂のキャラクターはしだいに増え、作品の知名度もあがって、どんどんとファンを増やし続けている。
ネットショップやクラフトのECサイトなどで販売もしているが、弓削さんが大切にしているのはイベントや手作り市などでの手売りだという。お客さまの反応もよく、通りすぎて戻ってくる人、笑ったまま立ち去れなくなる人、友達を引き止める人などさまざま。また、わざわざ事務所まで買いに来てくださるお客さまも多いという。共通しているのは、弓削さんが描き刷ったキャラクターたちを見て、誰もが笑顔になることだ。
「その姿を見るのがたまらなく好きなんですよ。それに自分が描いて自分で印刷したキャラクターを、お金を出して買ってもらえることがこんなに嬉しいなんて。河童堂をはじめるまで想像もつかなかったことです」
最近では海外のお客さまにも人気で、台湾で開催されるクラフトフェアに招かれたこともある。そのときも大勢の人が買いにきてくれて、家族総出で販売に大忙しだったそうだ。
今では河童堂の活動のウエイトが、グラフィックデザイナーの活動よりも増えてきているという。最近ではキャラクターが人気のため、活版以外の印刷物やトートバッグ、スマホケースなどの布雑貨も充実してきた。だが弓削さんは一枚一枚活版で刷る紙雑貨をとても大切に考えている。そこには「自分の手でつくる」というものづくりの原点があるからだ。なかでも力が入るのは、メッセージを伝えるカードと便箋だ。
「『あの人にカードを送ろう』『手紙を書こうかな』というふうに、誰かを思って買ってもらえるのが本当に嬉しいんですよ」
今後も新しいキャラクターや商品をヒラメキしだいでどんどん挑戦していくというから、とても楽しみだ。これからも弓削さんと河童堂のキャラクターたちは、わたしたちに笑顔を届けてくれるだろう。
河童堂
弓削 満
住所 大阪市西区京町堀1-12-28 壽会館ビル1階 ほ号
営業時間 AM11:OO~PM6:OO(ぶらりと外出し留守することもあり)
定休日 土曜・日曜・祝日・お盆、年末年始(きまぐれに土曜オープン)
アクセス 大阪市営地下鉄「肥後橋」より徒歩5分
http://kappado.net