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白須美紀
【活版クリエイター紹介 vol.5】
目に見えない、けれど、大切なもの
竹村活版室

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高知の住宅街にある活版室

古い木の棚に行儀よく並ぶ活字、とろりとした光沢の真鍮の植字台、そしてレトロな手動の活版印刷機。高知市内の一軒家の庭先に建てられた小さな工房には、懐かしくて魅力的な道具たちが、こぢんまりと美しく並んでいた。人々の暮らしが旺盛に営まれている住宅街にありながら、まるでそこだけ時間が止まったかのよう。部屋に入ってくる南国の風さえ、セピア色を帯びていそうだ。

その小さな工房の名前を、竹村活版室という。主である竹村愛さんは、生まれも育ちも高知のひと。京都の芸術短大に進学し、卒業後は京都と高知でグラフィックデザイナーとして活動していたが、結婚後に退職して竹村活版室を開業した。息子の朔くんが生まれて1年ほど産休を取っていたが、2015年春から仕事を再開。子育てと両立させながら活動を続けている。

竹村活版室 - 活版クリエイター紹介 vol.5

竹村活版室 - 活版クリエイター紹介 vol.5

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竹村活版室 - 活版クリエイター紹介 vol.5

竹村活版室 - 活版クリエイター紹介 vol.5

師匠との出会いと受け継いだもの

工房を開業したのは2011年だが、竹村さんと活版印刷とのつきあいはさらに時を遡る。社会人になった頃から古い紙ものに魅了されるようになり、活字が印刷されているものを宝物のように集めていたのだ。

「田舎にある昔ながらの文房具屋さんなどを訪れて、すみっこに置いてある古い紙ものを探したりもしていました。わら半紙に手刷りされた古い領収書なんかを、大事にコレクションしていたんです」。

高知でのグラフィックデザイナー時代には、ネットで調べた東京の工房に依頼して、自分の名刺をつくってもらったりもしていた。そんな竹村さんが自ら活版印刷を始めるのは、自然のなりゆきだったといえる。

そもそもは「地元の活版印刷はどんな状況なのだろう」と調べるようになったのがきっかけだった。当時、他の地域と同じく高知の活版印刷所もわずかに数軒が残る程度。興味を持った竹村さんは、地元の活版印刷屋さんを訪れ印刷を依頼するようになる。そうして出会ったのが、師匠である高明堂印刷の西村謙二さんだった。当時西村さんは60代後半、この道半世紀という根っからの職人で、高い技術と活版印刷への情熱を持つ人だった。

「この人に教わりたい!」と思った竹村さんは、西村さんに活版印刷をやりたいと相談する。だが、ぶっきらぼうな西村さんは「女のくせにできるわけがない」と取り合ってもくれなかったという。そればかりか、「結婚もしちゅうのにそんなことするな!」と叱り飛ばされてしまった。

「昔ながらの高知の男ですし、とても頑固なんです。もう何度泣かされたか知れません」
と竹村さんは笑う。

だが、竹村さんの活版印刷への情熱がこれぐらいで冷めるはずはなかった。挫けずに何度も訪ねてくる竹村さんに西村さんも少しずつ心を開き、やがて活字の組み方などを教えてくれるようになったという。竹村さんの本気が、西村さんに伝わったのだ。

そしてついに竹村さんが工房を持つときがくると、西村さんは高明堂印刷にあった植字台や棚などの道具をくださったのだという。なかでも竹村さんにとり特別なのは、真鍮の植字台だ。

「この上で活字を組むんですが、これは師匠がずっと仕事に使っておられたものなんです。真っ黒だったのをきれいに磨いて持ってきてくださって……本当に感激しました」。

年季を感じさせる真鍮のまろやかな光沢からは、西村さんがこの植字台で過ごした月日の長さが伝わってくる。そして美しく手入れされている様子からは、竹村さんがいかにこの台を大事にしているかも伝わってくる。この植字台は、活版印刷を継ぐ弟子への師匠からのはなむけでもあり、竹村さんを一人の職人として認めた証でもあるのだ。

竹村活版室 - 活版クリエイター紹介 vol.5

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見えないところに宿る、大切なもの

こうして活版印刷の職人技とスピリッツをしっかりと受け継ぎながら、グラフィックデザイナーの技量を活かし、竹村さんは仕事をしている。決して活字だけの表現にこだわるわけではなく、依頼主の世界観をどうやって伝えるかに心をくだく。

また、グラフィックデザイナーのご主人とともに地元の和紙でものづくりする「土佐和紙プロダクツ」にも参画して、和紙の魅力を引き出す活版印刷にも力を入れている。高知は和紙の産地で、県内各地で若手の職人や作家たちが精力的に活動しているのだ。

「土佐和紙プロダクツ」でつくったオリジナルカレンダーを見せてもらった。仲間のつくり手が一人一人手がけた手漉き和紙に、竹村さんが印刷をしたものだ。月ごとに変わる紙も印字も、繊細ではかなく、いつまでも眺めていたくなるほど美しい。長年古い紙ものを愛でてきた竹村さんのセンスが光っている。

「活字の書体の美しさも、印刷したときの凹みや風合いも、どれも素敵です。でも、活版印刷の魅力はそれだけではないと思っているんです」。

光を透かす薄羽のような和紙を手にとりながら、竹村さんは言う。
「わたしが活版印刷に惹かれるのは “見えないところに宿る人の手しごと”なんです」。

現在活版印刷の版には大きく2種類がある。ひとつは、昔ながらの活字をパズルのように組んで印刷の版をつくるもの。もうひとつは、パソコンでデータをつくり、専門の会社に発注して1枚ものの金属や樹脂の版をつくるものだ。

活字を組んで印刷する場合、印刷の版は、組まれた活字と、文字以外の白場部分を構成する板とを組み合わせてつくられる。つまり何も印刷されない部分にも仕事がなされていることになる。また、組版した場合は、美しく印刷するまでの試行錯誤にも手間隙がかかる。髪の毛ひとすじのズレや版の浮きなどが刷り上がりを左右するからだ。

こうした作業は直接目には見えない。だが、こめられた工夫や格闘の時間は、必ず刷られたものに現れてくる。それこそが、竹村さんのいう“見えないところに宿る人の手しごと”なのだろう。竹村さんは昔から活版印刷のそうした奥行きに魅せられており、だからこそ、師匠の元に弟子入りをしたのだ。そしてそんな竹村さんだからこそ、あの真鍮の写植台を受け継ぐことができたに違いない。

師匠の西村さんは竹村活版室が開業した翌年に、仕事を引退されたという。今は、竹村さんが手伝いを要請すると、自転車で駆けつけて仕事を手伝ってくれるのだそうだ。

師匠から手渡してもらった技術や師弟の絆もまた、見えないけれど大切な宝物。それらは竹村さんのものづくりの根幹となり、刷り上げるもののすみずみに宿っている。

竹村活版室 - 活版クリエイター紹介 vol.5

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竹村活版室

竹村愛

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電 088-879-4088
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