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白須美紀
【活版クリエイター紹介 vol.3】
古い印刷所を再生した魅力あふれる活版スタジオ
-大枝活版室-

【活版クリエイター紹介 vol.3】古い印刷所を再生した魅力あふれる活版スタジオ -大枝活版室-

「町の印刷屋さん」が生まれ変わる

大阪府守口市、昔ながらの古い住宅街に「大枝活版室」はある。一見するとカフェやギャラリーのようなお洒落な外観だが、黒くペンキ塗りされた外壁にある「OEDA LETTER PRESS」の白い文字が、活版印刷のスタジオであることを伝えている。

ドアを開けると迎えてくれるのは、グラフィックデザイナーの森国雅子さんと、この道40年のベテラン印刷工である高倉健治さんだ。森国さんと高倉さんは親子ほど年が離れているため、家族に間違われることも多いというが、実は違う。二人は、森国さんが駆け出しの頃からデザインを発注したり印刷を依頼しあってきた仕事仲間で、今は「大枝活版室」のパートナーだ。

もともとこの建物は小林印刷という家族経営の印刷所で、古くから近隣にある大会社の名刺や年賀状を刷っていたという。高倉さんは20歳から40年ここで印刷の仕事をしており、20数年前にオーナーが亡くなった後もずっと店を任されてきた。森国さんが2人目のお子さんが生まれた後に仕事復帰して事務所を探していたときに、「ここで仕事をしたら?」と高倉さんが勧めてくれたことが「大枝活版室」誕生のきっかけとなった。2013年11月のことだ。

その頃の小林印刷は、開店休業の状態だった。時代の流れとともに活版印刷の仕事は減っており、高倉さんも引退する年齢を迎えていたため、印刷所はほとんど稼動していなかったという。古い店はほぼ倉庫と化していて、年代物の機械や紙などの荷物が山積みになっており、高倉さんは少しずつ大きな機械を処分しはじめているところだった。
「ほんとうにボロボロの倉庫状態だったので、声をかけてもらったときはびっくりしましたね」
と、森国さんは笑う。はたしてここで仕事なんてできるのだろうか? だが、子育てしながら働いている森国さんにとって、自宅から近い小林印刷の立地は理想的だった。しかも貴重な活版印刷機とそれらを使いこなせる熟練の職人さんがいる。ずっと興味を持っていた活版印刷に、本格的に取り組むことができる大きなチャンスだ。同じ大阪で活版印刷をしている方から「工場を再生させたらどうですか?」とアドバイスをもらったのも後押しとなり、森国さんは「大枝活版室」の立ち上げを決断。高倉さんはもちろん知り合いや友人たちの力を借りて、2014年の年明けから印刷所のリノベーションを始めた。SNSで工場再生の様子を発信して呼びかけたところ、興味を持った人たちが集まってきて作業を手伝ってくれたという。色んな人たちが応援してくれるなかで、森国さんも高倉さんも、少しずつ「大枝活版室」として活動する手応えを感じるようになっていった。

「町の印刷屋さん」が生まれ変わる - 大枝活版室

【活版クリエイター紹介 vol.3】古い印刷所を再生した魅力あふれる活版スタジオ -大枝活版室-

「町の印刷屋さん」が生まれ変わる - 大枝活版室

HEIDELBERGと熟練の技術と

実際にそのリノベーションは大成功をおさめたといえるだろう。色んな人たちの想いがこめられて仕上がったスタジオは、なんとも温かな雰囲気がただよう。森国さんのセンスで選ばれた古い電灯やレトロな木の引き出しなども絵になっていて、ボロボロの倉庫だった姿など想像もつかない。外観同様におしゃれなカフェのようだが、しかしここが「古くからある町の印刷屋さん」であったことをありありと伝えるものがスタジオの奥に鎮座している。黒くて重厚感あふれる、HEIDELBERG社製の活版印刷機だ。HEIDELBERGはドイツの印刷機メーカーで、世界で初めて活版印刷機を自動化したのだという。

HEIDELBERGと熟練の技術と - 大枝活版室

高倉さんが慣れた調子で操作すると、大きな音をたてて機械が目覚めた。エアーで紙を吸い取って印刷面まで運び、刷り、終わると所定の場所に紙を重ねていく。動くときに機械から絞りだされる空気音も大きく、鉄製の外観とあいまって、まるで蒸気機関車のようだ。どことなく人間くさく、一生懸命に働いているように見えてしまう。

オフセットが主流となった現在はもう製造されていないこの貴重なマシンには、レトロなデザインの丸いプレートがついていた。下の部分に1850-1970とある。「印刷機が開発された年が1850年で、この機械自体は1970年製という意味なんです」と、高倉さんが説明してくれた。蒸気機関車が活躍するのは1800年代だから、まさに同時代だ。「大枝活版室」のマシンは46年前に製造されたもの。少しずつ改良されているとはいえ19世紀のマシンがほぼ同じ姿で120年後に製造されているのもすごいし、21世紀の今日もまだまだ現役で働いているのもすごいことだ。

レバーでスピードも自在に変えられ、最速だと一時間に4000枚の印刷が可能だという。「だけどそれだと人の目も手も追いつかないし、ミスもでやすい。一枚一枚ていねいに刷る活版印刷の場合は1時間に2200枚くらいのスピードが丁度いいんですよ」

この機械を知り尽くした高倉さんは印刷にさまざまな工夫を凝らすことができるため、難しいオーダーをお客様から相談されることも多いという。「40年ずっと失敗してるんですわ」と笑うが、それは40年ずっと工夫し続けている、というのと同じ意味なのだ。

HEIDELBERGと熟練の技術と - 大枝活版室

活版印刷にこだわらず、印刷の表現にこだわる

大枝活版印刷の紙製品は大きく分けて2種類がある。一つはお客様から依頼を受けてつくるショップカードや名刺などのオーダー製品。もう一つは、便箋やカードなど一般の雑貨屋さんやネットショップで販売されるオリジナル作品だ。どれもとてもセンスがよく可愛らしくて、人気があるのもうなずける。

活版印刷にこだわらず、印刷の表現にこだわる - 大枝活版室

活版印刷にこだわらず、印刷の表現にこだわる - 大枝活版室

店の奥に大量の活字があるが、欠損も多いため使用することはほぼなく、森国さんがコンピュータでデザインし、真鍮板や樹脂版をつくる。HEIDELBERGのマシン以外にテキンと呼ばれる手動の小さな印刷機が3台あり、用途や目指す仕上がりに応じて高倉さんだけでなく森国さんもテキンを使って印刷をしている。だが、これだけ活版印刷の環境が充実しているにも関わらず、森国さんは活版印刷ありきのデザインをすることはないという。ときには外部の印刷屋さんにオフセットやリソグラフなど活版以外の印刷を頼むこともあるほどだ。

「大切なのはお客様の想いをいかに形にするか、ということなんです。それにそぐったデザインと印刷方法を選んでいますね。活版印刷をする場合も、お客様のニーズにあわせて細かな印刷の仕上がりまで提案をしています」

活字の凹みを深くしたり、浅くしたり。あえて紙の裏面にまで活字の型が浮き出るよう指示することもあるのだという。

そんな森国さんの仕事を、高倉さんは楽しそうに引き受けている。

「昔はいかに平坦に均一に印刷するかが大事だったので、凹みがあったりかすれたりは失敗作だったんですよ。今はそれが喜ばれるし、敢えてそうなるように印刷するんですから、新鮮ですよ。長くやってると色々起きるものですね。とても面白い」

活版印刷にこだわらず、印刷の表現にこだわる - 大枝活版室

活版印刷にこだわらず、印刷の表現にこだわる - 大枝活版室

森国さんのセンスと高倉さんの技術と、受け継いだ貴重な印刷機と。三者の調和こそが大枝活版室のエッセンスだ。妥協を許さない森国さんと高倉さんがお互いを尊重しながら専門技術を駆使して生み出す作品は、すみずみまで美しく力があり、わたしたちの心をとらえて離さない。

大枝活版室

大枝活版室

高倉健治
森国雅子(forest design)

住 大阪府守口市大枝西町17-13
電 06-6992-3867
営 11時~16時(要予約)
休 土曜・日曜・祝日。お盆、年末年始
交 京阪電車「守口市」

大枝活版室

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ライター・文筆家。
工芸や伝統文化を中心に、雑誌や書籍で執筆。
西陣の職人たちと「いとへんuniverse 」を立ち上げ、西陣絣(にしじんがすり)と手織物を伝える活動もしている。

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