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白須美紀
【活版クリエイター紹介 vol.4】
紙と印刷で挑む、ものづくりの冒険
桜ノ宮 活版倉庫|SAKURANOMIYA LETTERPRESS

桜ノ宮 活版倉庫|SAKURANOMIYA LETTERPRESS

運命を変えた出会い

「きっかけは、とある飲み会でした」と、桜ノ宮活版倉庫の主、小瀬恵一さんは当時を振り返る。2011年の春、たまたま参加した酒席で活版印刷を行っている明晃印刷の高崎社長と知り合い、「遊びにおいで」と声をかけてもらったのだ。当時の小瀬さんは広告制作のディレクターとして独立して3年目を迎えるころ。仕事がら印刷屋さんにお世話になることも多かったが、特別活版印刷に興味を持っていたわけでは無かったという。

だが、軽い気持ちで訪れた古い工場には、運命の出会いが待っていた。並んでいるたくさんの活字、鉄の固まりのようなレトロで無骨な活版印刷機。大きな音をさせて、人と機械があうんの呼吸で印刷をしている。すべてがはじめて見る光景で、心をつかまれた。
「すごかったですねえ……。壁も床も白いところなんて無いですし、長くものづくりをしてきた現場の独特な雰囲気に、圧倒されました」。

そして、活版印刷の現場に惹きつけられている小瀬さんを見て、高崎社長は「使ってない機械があるで。やってみるか?」と言ってくれたのだ。小瀬さんに迷いはなかった。普通なら「設置場所はあるのか?」「仕事に使えるのか?」などと頭のスミで少しくらいは検討しそうなものだが、それさえも無かったという。

小瀬さんは独立当初から個人事業主の仲間たちとチームを組み、株式会社グランドワークを共同経営している。活版印刷機を導入するにあたり仲間とシェアすることを考え、興味を持った数人でグランドワークの事務所のとなりに工房をつくった。活版印刷屋としての自分の屋号は、「桜ノ宮活版倉庫」に決めた。

桜ノ宮 活版倉庫|SAKURANOMIYA LETTERPRESS

はじめは、自動手フートと呼ばれる活版印刷機を譲ってもらった。テキンという小さな活版印刷機を電動化したものだ。そして1年もたたないうちに、ハイデルベルグ プラテン(通称ハイデル)という大きな印刷機を購入。大阪市内にある印刷屋さんの廃業が決まると、機械の引き取り手を探して高崎社長のところに連絡が入るのだ。

こうしてもらい受けたり購入したりを続けた結果、2017年の現在、桜ノ宮活版倉庫には印刷機が9台も並んでいる。ハイデルが2台、自動手フートが2台、手動のテキンが5台だ。メインで活躍するのはやはりハイデルだという。
「1965年製造のハイデルは大阪谷町の印刷屋さんから、70年製造のハイデルは大淀区にあった印刷屋さんからやって来たんです。マニュアルもありませんし、基本的な動かし方を教わって、あとは自力で触りながら習得していきました」。

古い機械なので故障している部分もあるが、使い方にコツがいるだけで全く問題ないという。ハイテクにはほど遠いシンプルな機械だからこそ、かえって融通がきくのだ。

初めのころは自分や知人の名刺を刷ってひたすら練習をした。失敗したものはロスとなるため、100枚の完成品のために1000枚刷ったこともある。仕事の電話や来客がない夜に作業するが、試行錯誤するうちに朝を迎えていたこともしょっちゅうだったという。
「楽しくて夢中でしたね。失敗したぶんだけ上手になりますから、たくさん失敗したのが良かったと思います。最近は上達してすんなり刷れてしまって。仕事の効率としてはいいんだけど、ちょっと物足りなく感じてしまいます(笑)」。

桜ノ宮 活版倉庫|SAKURANOMIYA LETTERPRESS

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紙とインキが実現する魅力

工房には、顧客の名刺やカード、自社の年賀状などがディスプレイされており、これらの印刷物が桜ノ宮活版倉庫のクオリティの高さを雄弁に物語っている。段ボールのような珍しい紙を使ったり、紙の断面に色をつけたり、黒だけを二色刷りしたり。活版では使えないような薄い紙に、独自の工夫をほどこして印刷したカレンダーもあった。どれもシンプルで力強いものばかりだ。

センスの良いデザインやイラストにまず目がいくものの、実際に手に取ると、「もの」としてのクオリティは、美しい刷りや、吟味された紙やインキがあってこそなのだとよく分かる。紙の重み、手ざわりには面白みがあっていつまでも触っていたくなるし、活版独特の凹みや繊細な色使い、質感のあるインキはいつまでも眺めていたくなる。これらは間違いなく、みずから印刷を手がける小瀬さんだからこそ生み出せるものだ。

一方で、もともと続けている広告制作の仕事にも、活版印刷で得た経験や、紙やインキの知識がとても役にたっているという。ありきたりな制作物でも紙やインキを工夫するだけで、仕上がりがぐっと変わる。デザインやイラストが分かり、印刷が分かるディレクターはいても、自分で印刷し、紙やインキを熟知しているディレクターはそうそういない。

2015年5月からは応接スペースをつくり「紙と印刷の相談室 PAPER&PRINT」もはじめた。活版印刷だけでなく普通のオフセット印刷や各種加工まで視野に入れて、個人のお客さまの相談にのっているという。ネット印刷ではあきたらず凝ったものをつくりたい人たちが、小瀬さんの元を訪ねてくる。
「個人の方は自分のお金でつくりますから、つくるものへの想いが深く強い。良いものをつくると心から喜んでくださるので、それが嬉しいですね」。
こうして、ディレクターであり印刷士でもある小瀬さんの仕事は、ますます充実していくのだ。

桜ノ宮 活版倉庫|SAKURANOMIYA LETTERPRESS

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小瀬さんは、活版印刷をはじめたときに、ウェブの仕事を一切辞めたという。それはネットメディアに勢いがあるこのご時世に、かなり思い切った選択だといえる。だが、その決断にこそ、小瀬さんらしさが詰まっていると思わずにはいられない。“手に取れる魅力的なもの”をつくり“本当に喜んでもらえる仕事”をする。小瀬さんは、そんなものづくりの本質の部分をまっすぐに見つめているのだ。最初に訪れた工場には、きっとその空気が満ちていて、だからこそ小瀬さんは活版印刷に引き込まれたのではないだろうか。

小瀬さんのもとには「活版印刷をはじめたい」という相談が寄せられることもあり、最近も愛媛で開業する20代の印刷工を手助けしたという。あの日印刷工場に導かれた小瀬さんが、今度は若者を活版印刷の世界へと導いている。その連鎖が、何ともあたたかく、頼もしい。

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小瀬恵一

小瀬恵一|桜ノ宮 活版倉庫|SAKURANOMIYA LETTERPRESS

住 大阪府大阪市都島区中野町4-5-24
電 050-3566-8919
営 紙と印刷の相談室 PAPER&PRINT
  平日13:00〜18:00
  
※不在にしている場合もありますので、あらかじめ訪問日時をご連絡ください。
 
休 土曜・日曜・祝日、お盆、年末年始 
交 JR「桜ノ宮駅」

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