生田信一(ファー・インク)
「活版TOKYO 2017」に行ってきました
2017年7月14日〜16日の三日間、東京・神田神保町で「活版TOKYO 2017」のイベントが催されました。私は、中日の15日に訪問し、展示やワークショップ、販売ブースを覗いてきました。このイベントは今年で3回目ですが、毎年趣向を凝らした展示やワークショップが催され、見逃すことができないイベントになっています。年々来場者が増え、若い方から年配の方まで、幅広いファンに支持されていることがわかります。活版印刷に触れたいと願う多くのファンが集まり、会場は熱気に溢れていました。
今回のイベントは、展示コーナー、マーケット、ワークショップやコーヒーを楽しめる活版パーラーの3会場で構成されていました。駆け足になりますが、会場の雰囲気をお伝えします。
展示コーナー──活版カルタ、研究社英和辞典、弘陽の活版印刷物の展示
展示コーナーでは、「印刷博物館 印刷の家 友の会」で制作された活版カルタが展示されていました。読み札、絵柄がすべて活版印刷にちなんだもので、見て、読んで、楽しく遊べるカルタです(写真1〜4)。
「印刷の家 友の会」ではテーマを設定して活版印刷の作品作りに取り組んでおられるとのこと。活版カルタは完成まで3年かかったそうです。色数も多く、これだけ贅沢な印刷のカルタは前代未聞です。今回は90部刷ったとのことで、イベントなどで展示、利用されるそうです。会期中は、このカルタを使った「カルタ大会」も催されました。
研究社印刷株式会社の展示では、英和辞典に使われた組版や印刷版、印刷見本などが展示されました(写真5、6)。細かな活字が並ぶ英和辞典の紙面は、デジタルで組む場合でも根気の要る作業ですが、金属活字で組まれた原版を見ると、その作業の細かさと精巧な作りに驚かされます。思わず見入ってしまいました。
私が興味を抱いたのは、紙型(しけい)や紙型から型取った鉛版の展示です(写真7、8)。金属活字による活版印刷では、活字で組んだ原版から紙型(しけい)に型取りして、これを保存していました。活版印刷時代の印刷物は、増刷で版を重ねると、紙面がだんだん小さくなっていったそうなのですが、紙型と鉛版を見て、その理由がぼんやりとわかりました(紙型の保存時、あるいは鉛版が凝固する時に収縮を起こすようです)。
また、「足し駒」という小さな木活字も展示されていました(写真9)。解説文によると「活版印刷において、活字店でも売っていないような特殊な文字が必要になった場合には、木片(駒)に直接手で、その文字をその大きさで彫ったものを活字の代わりとしました。これを“足し駒”といいます」との説明。展示では、9ポ明朝体の足し駒を見ることができました。拡大しないとわからないですが、実に細かく精巧に作られています。
東京・八丁堀の活版印刷の会社、弘陽の展示も素晴らしかったです(写真10、11)。活字組版や活版印刷による事例が数多く紹介され、現在でも商業利用されている活版印刷の姿を伝える展示でした。
弘陽のサイトを拝見すると、書籍や音楽CD、カードなどの小型の印刷物など、幅広い分野で活版印刷が利用されていることがわかりました。またデザインの現場では、金属活字の文字を清刷り(紙に刷った版下原稿)として利用し、本や雑誌のタイトルや見出しの文字などに利用されているようです。もちろんテキストが主体の印刷物(たとえば音楽CDの歌詞カード)であれば、金属活字で文字組みして版を作ることもできます。組版や印刷は手間がかかりますが、出来上がりは活版印刷特有の味わいが生まれます。
マーケット会場──活版印刷を活用した、ユニークなグッズの数々
マーケットの会場では、活版の印刷会社やクリエイター、出版社など、多彩なブースが並び、賑やかでした。以下では、気になったクリエイターさんのブースをいくつか紹介しましょう。
最初に紹介するのは、当サイト、活版印刷研究所の記事「【活版クリエイター紹介 vol.2】みんなが笑顔になるオリジナルの紙雑貨」で登場いただいた、大阪・河童堂の弓削満さんのブース(写真12〜15)。魅力的な活版印刷カードやポスター、スマホケースなど、かわいいイラストが魅力のグッズが展示・販売されていました。
弓削さんに、「売れ筋は何ですか」と質問すると「東京では猫とカエルが人気みたいです」との答え。ユルくてかわいいキャラクターのデザインは女性に人気なのでしょう。自分でデザインしたグッズが売れていくのは気持ちいいですね。うらやましく思いました。
(写真16〜18)は、中野活版印刷店のブースです。今回は中野活版印刷店さんがいろいろな方とコラボレーションしてさまざまなペーパーグッズを披露されていました。中野活版印刷店さんについては、当サイトの記事「手作り製本の魅力──絵本「うさぎまでのおさらい」ができるまで」を参照してください。
訪問した日は、ヴィジュアルクリエーターのTAKORAさんがブースにいらっしゃいました。TAKORAさんと中野活版印刷店のコラボ企画として、一筆箋、活版で印刷されたポストカードサイズが収まる紙箱を作られたとのこと。
TAKORAさんのアートワークはポップで明るくて、僕は大好きです。普段のお仕事はグラフィックデザインの領域ですが、テキスタイルデザインを使ってファションアイテムへアートワークを提供していらっしゃいます。今回は、さまざまなペーパーグッズにチャレンジされたそうです。
(写真19、20)は、牛乳パックの紙をリサイクルして漉いた紙とグッズを展開するNOZOMI PAPER Factoryのブースです(写真18、19)。リサイクルペーパーの製造や印刷は南三陸のぞみ福祉作業所で行われているそうです。震災後の作業所の再建を機に、HUMORABO(ユーモラボ)の前川雄一( mu )さんと前川亜希子( ma )さんが作業所で作られる商品のブランディングを手がけることになり、以来サポートを続けておられるとの話をお聞きしました。
商品に印刷されたメンバーの絵が楽しいです。(写真19)の絵は「モアイくん」というそうで、人気のキャラクターになっているとのこと。こうした商品群を、デザイナーの目線からブランディングすることで、消費者に商品の魅力が伝わりやすくなります。デザインの役割や力を実感することができる素敵な展示でした。
もうひとつ紹介したいのが、台湾の「活版今日」展でお会いしたアンダンティーノの東條メリーさんが作られた「活版印刷の話が聞きたい 齋藤喜徳編」の冊子です(写真21〜23)。斎藤喜徳さんは、大正5年創業の活版印刷所 斎藤正文堂の二代目で、活版全盛期の時代に現場の職人たちからは「欧文の神様」と呼ばれていたそうです。
齋藤喜徳さんは、戦前から平成17年まで活版印刷業に携わり、長い間技能検定の活版部門や、東印工組の役員をつとめ、また欧文活版印刷の権威として活躍されていました。東條メリーさんが聞き書きしたテキストはとても読みやすく、戦前〜戦後の活版印刷の変遷が伝わってきます。
斎藤正文堂は、平成15年に廃業しましたが、この度、斎藤正文堂が残した輸入・国産の欧文活字を使い、欧文活字活版名刺のネットショップを開業することになったそうです。冊子には付録で斎藤正文堂が手がけた名刺サンプルが付いています。斎藤正文堂の現在の活動については、斎藤正文堂サイトを参照ください。
また、この冊子はメールで申し込んで購入が可能です。詳細は以下のサイトを参照ください。冊子のメーキングの写真が公開されており、楽しいページになっています。
ワークショップ、活版パーラー──活版印刷体験に行列の賑わい
活版TOKYO会場のテラススクエアでは、喫茶と活版印刷を体験できるコーナーが設けられ、多くの人で賑わっていました。
おもしろい試みとして、クルミド出版が行っていた、新作短編集「喫茶の文体」製本コーナーを紹介しましょう。今年のテーマ「喫茶店」に合わせた、書き下ろし10タイトルの短編から、好きな作品数編と表紙・見返しを選ぶと、製本加工してくれるというサービスです。
作品は、8ページ、16ページ、24ページのものが用意され、この段階で糸で綴じられています(写真24)。全体で80ページになるように構成や順番を決め、表紙の色を指定して製本を依頼します。製本は、寒冷紗で背を固める本格的なスタイル。自分だけのオリジナル短編集ができあがります(写真25〜27)。
コースターの活版印刷を体験できるブースでは、俳優座の方々がいらっしゃいました(写真28、29)。お話しを伺うと、こちらのブースは劇団俳優座公演No.333「海の凹凸」(作:詩森ろば、演出:眞鍋卓嗣)のプロモーションの一環とのこと。このお芝居は、主人公が活版印刷に関わりがある方だそうで、告知のポスターは木版活字の写真がメインビジュアルになっています。「海の凹凸」のタイトルも活版印刷にちなんだものなのでしょう。ブースには出演する俳優さんがいらっしゃたので写真を撮らせてもらいました。
こちらのブースでは、アダナ印刷機でコースターの印刷を体験できました。ちょうど京都から、活版印刷研究所サイトのライター、白須美紀さんが会場に到着していたので、印刷にトライしたところをパチリ(写真30、31)。コースターはお芝居の特別割引チケットになっており、電話で予約を入れ、観劇日当日にコースターを提示すると特別価格で観劇できるそうです。
3時間ほどの駆け足の取材だったので、見逃したブースやワークショップがたくさんあります。初心者からベテランの方まで、お子さんから年配の方まで、すべての人が楽しめるイベントでした。見逃して残念、という方は、ぜひ来年訪れてみてください。
また最近では、東京以外の各地で活版印刷に関連したイベントが催されています。お近くでそうした機会がありましたら、ぜひ足を運んでみてください。きっと楽しいですよ〜。
ではでは。次回をお楽しみに。