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白須美紀
【活版クリエイター紹介 vol.9】
活版で届ける、心躍るエンターテイメント
啓文社印刷工業

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活版印刷×革製品

活版印刷といえば便箋や名刺、ポストカードやカレンダーなど、さまざまな種類の紙製品が定番だ。だが実はそれだけではなく、革にも印刷ができるというのをご存知だろうか。

啓文社印刷が革のノート表紙やコースターなどに、イラストと活字を印刷するセミオーダーを始めたのは、今から9年前。ちょうど関西でも活版印刷の魅力が見直されはじめた頃だ。社長の安達真一さんは当時32歳で、前年に父親から経営を受け継いだばかりの若社長だった。

「どうしたらもっと活版印刷を身近に感じてもらえるかを考えていて、革製品に辿り着いたんです。名刺やレターセットだと買った人の手元には残りませんし、コースターも紙だと長持ちしません。かといって『使うのがもったいない』としまい込まれるのも淋しい。でも革なら、経年変化を楽しみながら愛着をもってずっと使ってもらえると思ったんです」

啓文社印刷の顔ともいえる活版革製品は、9年の間にお客様の声を聞き改良を続けていくうちに進化を遂げ、ヒット作の「tete」シリーズに到達する。「tete」は革のシステム手帳本体にセミオーダーで活版印刷ができるもので、リフィルの中表紙も活版で刷られている。2017年の文具大賞で優秀賞を受賞し、現在も販売のサイトに全国から注文が入るという。

本来は、床に落としただけでも欠けるほど活字は繊細だ。それを紙ではなく革に押すという発想が大胆で、安達さんがこのアイデアを話したとき現場のスタッフはずいぶん驚いたという。だが、そんな若社長の無茶ぶりに応える確かな技術力を、彼らは持っていた。それこそが、2020年に創業70年を迎える老舗企業の実力だった。

写真:活版革製品「tete」シリーズ | 【活版クリエイター紹介 vol.9】活版で届ける、心躍るエンターテイメント - 啓文社印刷工業 | 白須美紀 | 活版印刷研究所

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歴史の重み、技術の重み

啓文社印刷が神戸の町に誕生したのは昭和25年。いまも同じ場所に、震災を乗り越えた風格ある社屋が建っている。安達さんのおじいさんである初代社長が洋菓子工場を買い取って創業したというから、建物自体の歴史はさらに古い。

オフセットやオンデマンドの機械に混じり、創業時からある活版印刷機も現役だ。ドイツのハイデルベルグ社のKSBとプラテン、日本のFUJI ACEの3台がフル稼働で働いている。70年近く印刷を続けている現場は濃密なものづくりの空気に満ちていて、思わず引き込まれてしまう。建物や機械のほうが働く人間たちよりもうんと先輩というのもすごい。かつては活字も自社で鋳造していたが、オフセットの時代がきてバブル期前に製造を取り止めたという。その後も時代の流れにそって技術は常に発展させてきたが、一方で活版印刷機を使い続け、活字も一部大事に残してきた。

幼い安達さんにとってこの工場は、お気に入りの遊び場だったという。「小学校の頃から手伝いをしてましたね。1部あたり何銭かでホッチキスの製本をして、お駄賃をもらうんですよ。それでアイスを買うんです」。大学時代は演劇に情熱を燃やしていたが卒業時に俳優への道を断念し、大阪の印刷会社に就職した。啓文社印刷に戻ってきたのは、安達さんのお父さんが実兄から三代目社長を引き継いだ後。父を手伝うほうが自由にやりたいことに挑戦できると思ったのが理由だった。

現在社員は安達さんをいれて14名。オリジナル製品だけではなく、本来の印刷業もしっかりと行われている。活版印刷でいえば、もちろん革以外の紙アイテムも受注している。

印刷を担当している入社11年目の三辻雅路さんが見せてくれたのは、まるで刺繡のような刷り味を見せる活版印刷の案内状だ。表と裏の両面に印刷加工をすることでかつてない風合いを実現するというが、髪の毛ひとすじ分ずれてもこの仕上がりにはならないだろう。

繊細な技に驚くわたしに「三辻はもともと絵を描いていたんですが、そうしたセンスが印刷を刷るのに大事なんです」と、安達さんが教えてくれた。だが当の本人は 「上手く行ったかと思えば、すぐつまずくんですよ」と、謙虚だ。三辻さんは、粘り強く取り組んで、思い描いた理想の刷り味をとことん追求するタイプ。「奥が深くてなかなか手強いです。自分で解決しようと試行錯誤するのですが、結局工場長に助けていただいてます」と言い、御歳69歳の工場長の域になるにはまだまだで、先は果てしなく遠いと語った。その関係は、職人の師匠と弟子のありようそのもの。日々の業務と格闘するなかで、三辻さんは師から技を学びとっているのだろう。

そんな三辻さんの採用を決めたのは、社長になる前の安達さんだったという。若い頃から啓文社印刷の挑戦が技術あってこそであることを何より自覚しており、工場長の後継者となる人材を確保したのだ。

あと何十年先になるか分からないが、三辻さんはこのままコツコツと努力を続け、師匠の域へと達するだろう。未来の啓文社印刷の宝となり、安達さんの頼もしい相棒となるに違いない。

写真:オフィスの様子 | 【活版クリエイター紹介 vol.9】活版で届ける、心躍るエンターテイメント - 啓文社印刷工業 | 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真:安達真一さん作業風景 | 【活版クリエイター紹介 vol.9】活版で届ける、心躍るエンターテイメント - 啓文社印刷工業 | 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真:活版製品「結婚式の招待状」 | 【活版クリエイター紹介 vol.9】活版で届ける、心躍るエンターテイメント - 啓文社印刷工業 | 白須美紀 | 活版印刷研究所

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写真:安達真一さん作業風景 | 【活版クリエイター紹介 vol.9】活版で届ける、心躍るエンターテイメント - 啓文社印刷工業 | 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真:活版製品「結婚式の招待状」 | 【活版クリエイター紹介 vol.9】活版で届ける、心躍るエンターテイメント - 啓文社印刷工業 | 白須美紀 | 活版印刷研究所

喜びに満ちた楽しいワークショップを

ただでさえ忙しい社長業に勤しみながら、安達さんが熱心に取り組んでいることがある。それが、革製品の活版印刷を始めた9年前から続けているワークショップだ。

参加者はまず革製品を購入し、それから好きなイラストを選び活字を指定する。すると、安達さん自身がその場で活版の版を組んでくれる。実際にテキンと呼ばれる手動活版印刷機のレバーを押して刷るのは、購入者自身だ。

2017年秋に大阪で行われたイベント「活版WEST」でも啓文社印刷のワークショップコーナーは大勢の人で賑わっており、わたし自身も革のネームタグづくりに挑戦した。可愛い絵柄がたくさんあって選ぶのにかなり迷い、アルファベットを何にするかも悩んだ。プロが使う本物の組版とテキンで、自分自身で自分が決めた絵柄を刷るというのはなかなか本格的だ。そのぶん緊張したが、喜びも大きくわくわくする体験だった。当然ながら、完成品への愛着はひとしおだ。

はじめてワークショップを開催したとき「こんなに喜んでもらえるんだ!」と安達さん自身も感激したという。「活版印刷でお客様を笑顔にできるのが嬉しいんですよ。もともと舞台俳優をやってたのも、お客様に喜んでもらうのが好きだったからなんです」とにっこり笑う。忙しいときは何ヵ月も休みが無くなるが、かまわず全国各地に出かけて行く。それほどワークショップが楽しくて仕方ないのだ。お客様との生の交流が新たなエネルギーとなり、新しい製品のアイデアにつながるという。

ワークショップは安達さんにとって舞台公演の巡業と同じなのかもしれない。かつては舞台で湧かせたお客様を、今は活版印刷で湧かせる。そこにあるのは喜びや楽しさ、そして面白さで、つまりはエンターテイメントだ。その心意気は、ワークショップだけでなく、モノそのものにも宿る。だからこそ安達さんが考案する製品は人々に愛され、ヒットを続けるのだ。

写真:活版製品「革雑貨」 | 【活版クリエイター紹介 vol.9】活版で届ける、心躍るエンターテイメント - 啓文社印刷工業 | 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真:活版革製品「tete」シリーズ | 【活版クリエイター紹介 vol.9】活版で届ける、心躍るエンターテイメント - 啓文社印刷工業 | 白須美紀 | 活版印刷研究所

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写真:活版革製品「tete」シリーズ | 【活版クリエイター紹介 vol.9】活版で届ける、心躍るエンターテイメント - 啓文社印刷工業 | 白須美紀 | 活版印刷研究所

啓文社印刷工業

安達真一(右)、三辻雅路(左)

写真:安達真一(右)、三辻雅路(左) | 【活版クリエイター紹介 vol.9】活版で届ける、心躍るエンターテイメント - 啓文社印刷工業 | 白須美紀 | 活版印刷研究所

住 神戸市中央区二宮町1丁目14-19
電 078-241-1825
休 土・日曜休
交 JR「三ノ宮」駅

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