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図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]㉓
ハーバード燕京研究所(Harbard-Yenching Institute)とフォグ・ミュージアム見学記

先々月(8月)の最終週、アメリカのボストン近郊ケンブリッジにあるハーバード大学のイェンチン研究所とフォグ・ミュージアムに行って来ました。

源氏物語写本の研究者、伊籐鉄也先生(前国文学研究資料館教授)の調査旅行に参加させていただいたのです。

わざわざアメリカに源氏物語の古写本を見に行くというのも何か変な感じかも知れません。この度調査の対象となっている源氏物語の「須磨」と「蜻蛉」の巻は、戦後古書店弘文荘の主人反町茂雄(そりまち・しげお)によってアメリカ人の愛書家ドナルド・F・ハイド夫妻に販売され、ハーバード大学美術館に寄付されたものです。日本の古典籍や古美術品は敗戦後の混乱期にアメリカのお金持ちに売られて海を渡ったものも少なからずあったのです。

そして、イェンチン研究所は東アジアと東南アジアに関する人文・社会科学の研究所なので、図書室には漢籍、朝鮮語の書籍、日本の古典籍のみならず新刊書も所蔵しています。図書館には日本人の司書マクベイ山田久仁子さんがいらっしゃいます。その方のお世話と伊籐先生の共同研究者、イェンチン研究所のメリッサ・マッコーミック教授のご好意で、この度の調査と見学が可能になりました。

(写真1)イェンチン研究所 | ハーバード燕京研究所 と フォグ・ミュージアム見学記 - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真1)イェンチン研究所

イェンチン研究所の図書室でご所蔵の源氏物語関係の古典籍はイェンチン研究所図書室で、源氏物語写本「須磨」と「蜻蛉」の巻の調査・閲覧はフォグ・ミュージアムでさせていただきました。

私は名高いハーバード大学の修復室を見学させていただけないかと期待して行ったのですが、アメリカの大学は9月が新学期、修復部門の司書の方たちも新入生オリエンテーションなどで大忙しのため結果的に見学はできませんでした。しかしハーバードの図書館や美術館が貴重な古典籍をどのように保管し、閲覧希望者に見せているのか。の体験ができました。

なお、活版印刷研究所さんに探していただき、販売もお願いしている修理用の「和紙セット」をお土産にしました。山田さんから修復担当の司書に取り次いでいただけましたので、後日使用後の意見をいただこうと思っています。楽しみです。

イェンチン研究所で見せていただいたのは江戸時代の源氏物語関係の木版刷りの書籍や間宮林蔵の口述を書き取った『東韃地方紀行』(とうだつ ちほうきこう。東韃は黒竜江下流地域)など、貴重な書籍でしたが、加えてすべて手書きの百人一首も手に取って拝見することが出来ました。

(写真2)百人一首 | ハーバード燕京研究所 と フォグ・ミュージアム見学記 - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真2)百人一首

書物ではないこの日本文学古典作品もイェンチン研究所図書室の所蔵品として貴重書庫に大切に保管され、ハーバード大学の蔵書検索システム、HOLLISで世界中どこからも検索できます。このかるたを書いた人(箱には平井うめ子と署名があります)について、絵札は誰の作か?いつ頃作成されたものか?等についてなど、詳しい調査がなお、続けられています。私たちにお馴染の日本の図書館では、どうしても「蔵書検索システム(OPAC)」は本のみの検索手段である場合が多いのですが、HOLLISでは調査段階のデータでも、本ではない所蔵資料も、ハーバード大学がどのような資料を所蔵しているかを世界中に公開していることに感心しました。

さて、イェンチン研究所見学に続いて、その後2日間はフォグ・ミュージアムで源氏物語の古写本をじっくりと調査・研究なさる研究者や書家の方たちとご一緒することができました。図書館員として研究者に資料の閲覧・提供のお世話をした経験はあるのですが、こんなに間近に調査の現場に立ち会えたことは貴重な経験でした。

(写真3)写本突合せ | ハーバード燕京研究所 と フォグ・ミュージアム見学記 - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真3)写本突合せ

この度はハーバード大学所蔵の源氏物語古写本の精工な復元を志していらっしゃる書家のかたの試作品との突合せ調査も見学することができました。墨流しや雲英が散らしてある料紙から作成し、寸分たがわず書写することを目指していらっしゃいます。

その調査の様子なのですが、パスポートチェックから始まり、閲覧室へは筆記用具しか持ち込めないという厳しい条件で、緊張します。しかも最大の難点は写本のページを自分ではめくれない、つまり、閲覧者は写本に絶対に触れることができないということです。イェンチン研究所教授のマッコーミック先生も同様に触れることが出来ません。2日間ミュージアムの若い女性職員が付きっ切りでページめくりなどをしてくれます。料紙に触って紙の厚さ、表面の感触などを感じ取ることも出来ません。伊籐先生は書写の筆跡、なぞり書きなどを目で見ただけでなく、将来は顕微鏡での調査を考えておられただけに「別の手段を考えなければいけませんね」とおっしゃっています。

(写真4)閲覧室 | ハーバード燕京研究所 と フォグ・ミュージアム見学記 - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真4)閲覧室

伊籐先生の10年前の調査時点では自分で触って調べることができたとうかがっていました。

日本の貴重な古典籍がアメリカの地で大切に保管され、美術品として扱われていることはうれしいことです。が、研究者や創作者がある程度資料に触れて様々な感覚を得ることも必要なことではないでしょうか?それでこそ、遠い外国に買われていった甲斐があったと思ったりするのです。保存と利用のせめぎ合いは、図書館でも、いつも議論になるところです。

逆に日本に到来している西洋の革装の古書は日本の湿度変化が激しい環境に剥き出しで長年保管されていると、革が劣化し、レッドロットという、革が粉状になって剥離するという状態を引き起こしてしまっています。

書物にとっても、その生まれ故郷ではない異国の地で長年保管され、読まれて行くというのは厳しいことなのだろうと実感しました。

そんなこんなで出発前に期待していたのとは別の貴重な体験ができました。

イェンチン研究所の山田さんに「またの機会には是非修復室の見学をさせてください」と申し上げたのですが、私自身は実現できるかどうか?次の機会は私たちワークショプの仲間たちと訪ねて、ハーバード大学の図書館資料修復の図書館員と交流できたら良いなあと思った次第です。

伊籐鉄也先生のブログ「鷺水庵より」にも今回のハーバード訪問記事があります。

なお、京都大学の図書館職員時代、イェンチン研究所に出張した江上敏哲氏の「ハーバード日記」をで読むことが出来ます。

資料保存WS
M.T.

(写真1)イェンチン研究所 | ハーバード燕京研究所 と フォグ・ミュージアム見学記 - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真1)イェンチン研究所

(写真2)百人一首 | ハーバード燕京研究所 と フォグ・ミュージアム見学記 - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真2)百人一首

(写真3)写本突合せ | ハーバード燕京研究所 と フォグ・ミュージアム見学記 - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真3)写本突合せ

(写真4)閲覧室 | ハーバード燕京研究所 と フォグ・ミュージアム見学記 - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真4)閲覧室