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京都大学図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]58
懐かしい映画サークル

懐かしい映画サークル - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

先日(2021年8月18日)『京都新聞』に「社会運動と密接 映画の戦後史」の見出し、小見出しに「京大人文研で非映像資料の整理進む」、「ビラや機関紙・・・衣装箱110箱」の記事が掲載されました。

京都大学人文科学研究所が、戦後の映画上映運動に関係するチラシやポスター、機関紙など約1万5千点の資料を整理、研究を進めている。この資料というのは大阪の上映サークル代表だった山本明氏のコレクション。とのことです。

映画サークル運動の文字を見て、京大に図書館員として就職したての頃、今から半世紀も前になります。職場の仲間と「労映」というサークルをつくって、この記事の大阪のサークルと同じように“良い映画を安く”楽しんだことを懐かしく思い出します。アメリカ映画『アンネの日記』、ソ連映画『イワン雷帝』や寅さんシリーズ第1作『男はつらいよ』を観たのも京都教育文化センターでの上映会でした。

さらにこの新聞記事には研究成果の一部が今年春、人文研発行の『人文學報』116号に載っている、とあるので、最近便利に利用させてもらっている京大のインターネット論文利用サイトKURENAI紅の「『人文學報』116号特集:山本明コレクション」から論文をダウンロードし、読ませていただきました。

2本の紹介記事、9本の論文、2本の資料紹介と資料目録が掲載されています。元図書館員の私はまず、森岡洋史氏の「<資料紹介>山本明コレクションの映画資料概要と整理方針」に目が行きました。

最初に、コレクションは2016年に人文研が受け入れ(京都大学の財産として正式に登録し、京大の蔵書とすること)し、その内、図書と雑誌以外の資料群を森岡氏、今井瞳良氏、竹内信吾氏で目録の作成に携わったことから書き出され、資料群は1949年北大阪映画サークル協議会結成時から山本氏が亡くなる1977年の間の映画サークル協議会の運営資料・機関紙・チラシ・上映運動資料・他の運動団体との交流で集まった資料、映画会社のポスター・プレスシート・ビラ・スチルなどを含むことが紹介されています。

ここで扱われている資料は、従来私たちのワークショップが主に修理に取り組んできた図書、書籍の形態とは、まったく異なる形の一枚もののしかも小さな数ページのものから、ポスターのような大きなサイズのものまでです。どのような整理方針で整理なさったのか、大変関心を持ちました。

森岡氏は次章で「映画資料の整理方針と作業過程」を記されています。私の関心事だけを抜き出させていただいて、記しますと、コレクションは1番から300番台までの番号がふられた収納ケースに収められ、明氏のご長男によって作られた目録が添えられていたので、この状態をなるべく保ったまま、収納箱中のクリアファイルに入れられた1ファイル中の資料を元の所属箱・所属ファイル・ポケットの順序がわかる形で、1つの中性紙封筒にそのまま移し、その中性紙封筒を元の段ボールに換えて中性紙箱に収納します。

藁半紙に印刷されたものも多く、酸化が進行、折れ目からの破損など劣化資料も多く、脱酸スプレーによる脱酸処理を施しています。

資料保存ワークショップのメンバーとしては、大量の資料を受入れるという大仕事に携わりながら、中性紙封筒、脱酸スプレー、中性紙箱を保存手当として採用されたことに敬意を抱きます。

また、「細目録の作成」の章では原目録(明氏ご長男による)を基に個々のビラ、機関紙などにアクセスできるように資料一点ずつを確認し、細目録を作成されています。

細目録は研究用として、“その資料内で取り上げられている映画タイトルを示す情報欄が必須であるとされた。そのため単に(目録対象の資料の)表題・発行日・作成者を拾うだけではなく資料の内容に比較的細かく目を通す必要があり、(目録データの)入力作業の迅速化は難しくなった。 <中略> 結果的には、備考欄等に一般的な資料目録よりも比較的詳細な情報を盛り込むことができたのではないかと思う。”とされています。

実際に『人文學報』に掲載されている「全大阪映画サークル協議会機関紙目録(山本明コレクション映画資料目録より抄録)」の備考欄には、例えば1977年4月15日号の機関紙『大阪映画サークル』には“滝沢一「映画時評 映画はアクチュアルな生きもの「ロッキー」にみるアメリカの現実」他。曽根中生・内田裕也の記者会見の記事あり。”と記されています。一号の機関紙に目録の一行が当てられ、その号の内容を備考欄を読めば知ることができます。

また、前記の目録がデジタル化されれば、備考欄に記された「ロッキー」、「内田裕也」などの映画の題名、俳優や監督などのキーワードで検索することができることになります。前記森岡氏は“入力の迅速化は難しくなった”と書かれていますが、この利点は作業の迅速化には代えられない大きなものと考えられます。

私ども図書館員の図書目録作業は一冊の本の内容を目録に記載することはありません。
本の書名や著者、編集者などから検索のためのキーワードが作られます。もっとも、現在は目録データを入力し、データベースを形成するコンピュータやシステムが特段に大容量のデータに対応できるようになったので、目録を作成するルールをもバージョンアップしようとの計画が進んでいるようです。図書館員にも、もう少し本の内容を盛り込んだ目録データを入力することが求められるようになるかも知れません。

<資料紹介>中にはポスターの写真も掲載されています。映画会開催のポスター、映画「原爆の子」等のポスターです。ポスターについては中性紙封筒に入れ替えた資料群とは別置保管されているそうです。映画のポスターといえば、大型で紙の劣化も進んでいるのではないでしょうか?調査や研究に欠かせないオリジナルで、他では見ることができないものも多いかと思われます。今後どのように保管し、利用に応えられるのでしょうか。期待が膨らみます。

目録のことばかりに偏って書いてしまいました。3章では「山本明コレクションの映画資料の概要」として、「映画サークル運動」の理念と組織、作成された目録の分類別点数、映画資料を7つに分類して、その各々の資料の内容など、資料そのものの内容も案内されています。

先にも書きましたが、京大のKURENAIからは誰でも、無料で論文をダウンロードして読むことができます。映画好きの方、映画に興味のある方は是非『人文學報』116号をお読みください。

私事になりますが、私の連れあいは同業者(元京都大学図書館職員)で、映画狂といってもよい人間です。1942年生まれで、黒澤明監督の映画「姿三四郎」を小学校4年生のときに観て、三四郎に憧れ、柔道を習い始め高校生まで続けていました。勿論、私たち「労映」サークルの世話人でもありました。そんな彼は「全大阪映画サークル協議会機関紙目録(山本明コレクション映画資料目録より抄録)」の備考欄を楽しそうに読みふけっていました。データベース化されれば先に書きました様にキーワードでの検索が可能になるのですが、このような文字で記され、一覧できる目録を読むことも楽しいものではないでしょうか!

後先になってしまいました。現人文科学研究所長高木博志教授は「「山本明氏旧蔵コレクション(山本明社会藝能文庫)」について」でコレクション受け入れの経緯、意義、コレクションを山本明家ご家族で守り受け継いで来られた歴史などを紹介されています。

その内でも京都大学にこのコレクションが寄贈された意味を、“また旧帝国大学の図書蒐集は社会科学が中心で、人文系は前近代に片寄りがちであり、近現代の映画や芝居・大衆文学などに関する図書や資料が少なかった。しかし「山本明氏旧蔵コレクション(山本明社会藝能文庫)」には、映画・芝居のパンフレット、チラシ、ポスター類のみならず、京都大学に未所蔵(傍点は筆者)の膨大な映画・演劇関係や文化運動関係の図書・雑誌が含まれていた。それらの図書・雑誌は受け入れ後、5年間を経て、人文科学研究所図書掛の協力をえて、すでに備品登録されて、人文科学研究所図書室で公開されている。”と記されています。

私ども図書館資料保存ワークショップは、図書館の所蔵資料を大切に保管し、研究や調査、学習のために利用しやすく、将来に渡って受け継ぐための部署を図書館につくりたい、まず図書館の本を自分たちの手で修理しよう。と活動を続けてきました。

図書館業務がコンピュータ化され、学術雑誌や論文がデジカル化される時代になり、図書館の所蔵する紙資料を中心とする、これまで図書館で利用、保存されて来た資料がないがしろにされているのでは?と心配しています。

山本コレクションのような貴重な資料を図書館に受け入れ、キチンと未来へ受け継いで行く仕事を図書館の正式な業務とし、人材育成をも行える、資料保存部門、修復室etc.が欲しいなあ。と人文研のこの素晴らしいお仕事を拝見し、思いを新にしています。

更に懐かしい映画についての書籍
上に記した共同研究だけでなく、映画関係の人文研共同研究「オーラル・ヒストリー・アーカイヴによる戦後日本映画史の再構築研究会」は、2016年から3年間にわたる研究の成果を谷川健司編『映画産業史の転換点』という本にまとめ、森話社から2019年に出版されています。

この論集中で、映画「祇園祭」についても論じられています。この映画は京都府が出資し、中村錦之助がプロジュース兼主演をし、1968年公開されました。現在でも京都府が映画フィルムを所有しているということです。私など一般映画ファンには、簡単に観ることができないという[幻の映画]の感がします。

先に登場した我が家の映画狂は、滋賀県立図書館から借り出した『映画産業史の転換点』を、当時京大の図書館に就職したての頃を思い出しながら、夢中になって読んで居ります。

資料保存ワークショップ
M.T.

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