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白石奈都子
道具

道具 - 白石奈都子 | 活版印刷研究所

『「弘法筆を選ばず」という言葉があるけど、やはり筆はいいものを使った方が良いのよ』

小学生から大人になるまで習っていた書道教室の先生が、私が小学生の頃から度々言われた言葉だ。
幼い私は未知の書道というものにただ憧れており、小学生になり家の近所にあり、友達が通っていたという理由だけでその書道教室を選んだ。田舎だったのであまり近くにお店も無かったこともあり、子どもの頃は書道の道具、書筆や紙などは全てその先生から購入していた。
大人になり、自分で筆や道具を探し、購入するようになり、改めて自分に合う道具を見つけることの難しさやその言葉の意味を実感した。
種類は少ないが先生が見立てた筆を、子どもの頃から自分で筆の説明を聞き、試して選んでいた。今思えば、謂わゆる学童用よりも良い筆を使っていたのだが、それが当たり前だと思っていた。
今でも、自分の技量や表現したい形により筆を選ぶのだが、なかなか気に入ったものを見つけるのは難しい。だが、筆の良し悪しや相性などは無意識のうちに感覚で覚えていったように感じる。

母言わく、祖母も昔、先生に付いて手習いで仮名書道を嗜んでいたそうだ。
私が生まれる前にはもう辞めており、祖母が書筆を執るところを見たことはないのだが、祖母の仮名はとてもきれいだったことは幽かに覚えがある。
祖母が亡くなって暫く後、当時使用していた硯と筆を譲り受けた。
仮名用の小さい硯で、海と呼ばれる墨を溜める部分も小さく、当時はあまり仮名も書いていなかったのであまり使わず大事にしまっていたのだが、つい先日ふと思い立ち、仮名の臨書をする際に出してみた。
お恥ずかしながらあまり硯に詳しくないのですぐにどういうものかわからなかったが、素人の私でもいい硯だということだけはわかった。
赤間硯という仮名に適したという和硯で、山口県宇部で作られているものだった。どのくらい使ったのか定かではないが、恐らく50年以上は経っている。
道具や身に付けるものはいいものを選んで使っていた祖母らしい。
墨残りを落とし、鋒鋩(ほうぼう)という墨を磨るところは目立ちをして少し整えた方が良さそうだが、まだ十分使える。

「いい道具」は馴染むほどに愛情も深まり、大事に使う。
愛情のある道具は丁寧に手入れもするので、良い状態で使うこともできる。
きっと祖母も丁寧に手入れをしていたのだろう。
私も子どもの頃に教わった通り、書道道具だけはいつも丁寧に手入れをしていた。
この先もいい道具を選び、道具からも愛される自分でありたい。
祖母から受け継いだ硯とはまだお互い馴染みきれてないが、これからゆっくりと育みたいと思う。

道具 - 白石奈都子 | 活版印刷研究所