web-magazine
web-magazine

白石奈都子
紙の横顔

写真1 | 紙の横顔 - 白石奈都子 | 活版印刷研究所

日本人は、紙を様々なものに加工してきた。
料紙や唐紙、千代紙などの装飾紙、紙に加工を施した紙布、紙衣(紙子)、揉み紙、など。他国でも紙に装飾を施したものはたくさんあるが、こんなに多種多様な種類があるのは日本だけではないか、とも思う。
中でも揉み紙は、和紙だからこそできる技ではなかろうか。

揉み紙とは、和紙に蒟蒻糊や柿渋を塗布して揉むを繰り返すことで、まるで縮緬(ちりめん)の布のように、きめ細やかな皺と、和紙に強靭さが備わる加工方法である。揉み方も、ただクシャクシャに丸めるといわけではなく、職人の方ならではの技がある。
私もこれまで、制作の一部に我流ではあるが揉み紙の技法を取り入れたことが幾度かあるが、これが実に難しい。最適な和紙を選ぶことから始まり、塗布、揉み方に至るまで流儀があるのであろう。

和紙が薄すぎても破けてしまうし、厚くても美しい細波のような皺ができない。いや、手練れの職人ならできるのかもしれないが、見様見真似の不肖の手ではできなかった。だが、これもしなやかさと強さを併せ持った楮紙だからこそできる。
かつて紙衣は防寒着や僧衣としても使われたらしい。布よりも紙の方が安価だったということもあるようだが、衣服としての強度を出すのには、何回と塗布と揉むを繰り返したのであろう。
また、揉み込むほどに、ふっくらと漉かれた紙がぎゅっと縮むので厚みと硬さを帯び、揉みにくくなる。一方、より強靭さを手に入れた紙は、柔軟な動きにも対応できるようになる。
先人のもの作りを辿れば辿るほど、いつも頭が下がる。

写真2 | 紙の横顔 - 白石奈都子 | 活版印刷研究所

さて、この蒟蒻糊もいかにも「日本」という感じであるが、柿渋も日本らしい。
柿渋の抽出液は透明感のある明るい茶褐色だが、塗り重ねるとより色味が濃くなる。最初は紙が吸い込むが、重ねると膜になり艶を帯び、タンニンが含まれているので、光に当たることでより深みを増し、より美しい茶色になる。
防腐・防虫効果もあるので、古来は紙以外に建材などにも使われていたようだ。案の定、抽出液を作るのもやはり手間がかかり、安価で使いやすい塗料もできたことで柿渋を使うことも少なくなっているが、よくできたものだとつくづく思う。
一説では10世紀頃、いわゆる平安の都の頃から使われていたようだが、なぜ柿渋を作って塗ろうと思ったのだろうか。

なぜなら、柿渋は異臭を放つ。今では「無臭柿渋」なる素晴らしい商品もあるので使うに困らないが、初めて柿渋を使った時は無知ゆえにそんなことが起こるとは想像せず、躊躇なくオリジナルの「柿渋液」を使い、家中にあの独特の有機的な薫りを充満させた。また、塗布した和紙もしばらく異臭を放つので、その薫りが収まるまで迂闊に外にも持っていけない。無臭タイプを発明した方には、心より感謝の意を表したいほどだ。
柿渋を初めて使う方には、是非とも両方試していただきたい。

ご興味ある方は、薫りの先にある柿渋の経年による色の移り変わりとともに、受け継がれた天然塗料の良さを堪能していただけたら、とても嬉しい。

写真3 | 紙の横顔 - 白石奈都子 | 活版印刷研究所

写真1 | 紙の横顔 - 白石奈都子 | 活版印刷研究所

写真2 | 紙の横顔 - 白石奈都子 | 活版印刷研究所

写真3 | 紙の横顔 - 白石奈都子 | 活版印刷研究所