白須美紀
扇子のプロが発信する、柿渋紙の魅力
京扇子 西野工房
紙を極めてきた工芸
紙を素材にした伝統工芸の代表に、扇子がある。その歴史は古く、平安時代から貴族の遊芸や、神職の儀式などに使われていたという。鎌倉時代には一般の人も使用できるようになり、江戸に入る頃には生活必需品になった。たんに涼を取るだけの道具ではないのは、伝統芸能を見ればわかるだろう。能や日舞、落語などでは小道具として欠かせないし、茶道では挨拶するときに必ず使用する。江戸後期以降は海外でも愛好されるようになり、飛ぶように売れたという。
「輸出用の扇子を、貿易扇(ぼうえきせん)というんです。うちも昭和のはじめ頃は、おばあさんが貿易扇の骨にハンコで蒔絵をしていたんですよ。そんな風に扇子づくりは本来細かく分業化されているんですが、現在うちの工房では扇面の加飾から仕上げまで、骨づくり以外のすべての工程を行っています」
と話すのは、京扇子西野工房の3代目社長、西野義晴さんだ。西野工房では、お父さんの時代に扇面に印刷できる技術を開発して大量生産を実現し、折からの扇子需要に対応してきたという。折りたたんでも絵柄が傷まず、手描きや手染めの良さもしっかり表現した印刷は好評を博し、今では京扇子の一ジャンルとなった。
西野さんによれば、布の扇子も増えてきたが、軽くてより多くの風を送れるのが紙の強みだという。
「扇面の紙は、薄紙に絵をつけた紙を表裏張り合わせつくりますので、2枚に剥がれるんですよ。内側に骨を差し込むためにそんな形状になっているんです」
直販店である「扇や 半げしょう」には、端正な京扇子がずらりと並んでおり、思わず引き込まれる。実際の扇面紙を使ったポストカードや本の栞も販売されていて、骨が入る前の紙段階ですでに完成度が高いことが伝わってきた。優美な意匠はもちろん、箔やホログラムなどの加飾が見事で、しっかりとした厚みがあった。
可能性に満ちた、柿渋紙
扇子に向いた紙や絵柄をつきつめてきた西野工房が、伝統工芸をもっと身近に知ってほしいとはじめた紙小物のブランドが「かさね」だ。素材に選んだのは、紙に柿渋をひいた柿渋紙。柿渋とは、粉砕し圧搾した柿の果汁を発酵熟成させてつくった液体のこと。天然塗料として古くからあるもので、防虫や抗菌、消臭の効果がある塗料として、紙だけでなく布などにも使用されてきた。扇面紙にも使われており、「半げしょう」の店頭にも柿渋紙の扇子が並んでいる。独特の光沢が他にない個性を放っており、渋みがあってかっこいい。
そんな柿渋紙で西野工房がはじめに開発したグッズは、小銭入れやパスケースなどの小物類だった。扇子紙の頑丈さもあって紙とは思えないほどしっかりとした形状だが、布や皮にはない独特の風合いや軽さがある。
「何しろ扇子屋なんで他の形状のものをつくるのは初めてですから、試行錯誤の連続なんですよ。今はもっと柿渋紙の良さが伝わるようにと考えて、別商品の開発も進めています」
そういいながら西野さんが見せてくれたのは、ブックカバーだった。折り返した部分がポケットになって便利さもあり、片面印刷の紙にはできないデザインになっている。特に目を引くのは、職人さんが一枚一枚手で揉んでしあげたという柿渋紙の味わいある光沢だ。
「使用しているうちに光沢が変化するので、それも楽しんでほしいですね」
西野さんによれば、この紙でつくったクラフトバッグやティッシュケースはさらに評価が高く、商品化に向けてディテールを詰めているところだという。
さらに西野工房らしいと思ったのが、柿渋紙に自社のスクリーン印刷を施した紙だった。扇子にも使えそうな和風柄はもちろんのこと、モダンな大判のカレンダーも制作されており、普通のマット紙の印刷物にはない存在感に目を奪われる。シンプルなデザインほど、紙の良さが際立つのかもしれない。きっと素材になる和紙の種類や色を変えるだけでも、仕上がりの雰囲気はがらりと変わるのではないだろうか。もっと色々な柿渋紙を見てみたいと思った。
柿渋紙の魅力をうまく拾い上げることができたのは、日々たくさんの紙と格闘し扇子を作りつづけているからこそ。素材のひとつに過ぎなかった柿渋紙の可能性は、西野工房の挑戦によってどんどん広げられていくに違いない。
京扇子 西野工房
京都市東山区本町五条上ル森下町538
075-561-5162
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扇や 半げしょう(直営店)
京都市東山区本町五条上ル森下町535
075-525-6210
10:30〜17:30
日曜定休・祝日不定休
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