白須美紀
よろず用途に応える、紙一筋の専門店
紙司 柿本
京都で紙を探すとき地元の人がまず思いつくお店に、紙司柿本がある。竹を扱う店から紙の専門店に商い替えしたのが、江戸時代後期の1845(弘化2)年。それ以後180年近くにわたって良質な紙の商いを一筋に続け、顧客の信頼を集めてきた。
ではなぜ初代は紙屋を選んだのだろう。その疑問に答えてくれたのは、店長の青田祐一さんだ。
「襖や障子の紙は生活必需品でしたし、創業した時代にはもう瓦版や浮世絵、美人画などの印刷技術が発展していましたので、将来紙の需要が増えることを見越していたからです」
包んだり飾ったり道具に使ったりする生活の必需品として、あるいは手紙や新聞書籍など文字を伝達するメディアとして、紙はわたしたちの暮らしにさまざまな形で溶け込んでいる。紙司柿本はそんな紙の有り様のすべてに寄り添っており、利用客の顔ぶれも多種多様だ。
「襖や障子の紙はまだ一定の需要があります。神社仏閣関係の方が奉書紙や御朱印帳の紙を求めにこられたり、地元の和菓子屋さんや料理屋さんがディスプレイ用の和紙を買っていかれたりもしますね。書や絵画、写真などの作品のために用紙を探されることも多いですし、名刺やノートなどビジネス小物をお求めに来られる場合もあります」
青田さんの言葉からも、紙司柿本の品揃えの豊富さが伝わってくるようだった。
いつも新しい紙と出会える、多種多様な品揃え
お店を訪ねると入り口に置かれた色とりどりの彩色和紙がまず目を引く。彩色和紙には、先に材料を染めてから紙を漉いた「先染めの和紙」と、白く漉いた紙を後から染めた「後染めの和紙」があるそうだ。後染め和紙の中には、京都らしい繊細な模様を染めた「友禅和紙」や、藍染された徳島の「阿波和紙」などもあった。海外製の紙も取扱っており、ネパールのロクタ紙はおおらかで味のあるブロックプリントが何とも楽しい。
染め和紙だけでここまで揃うのもすごいが、さらに圧巻なのは産地ごとの和紙のコーナーだ。越前、美濃、高知、石州、因州などの西日本を中心に、産地直送の和紙が棚ごとにまとめられている。京都の店らしく京都府の黒谷和紙が充実しているのはもちろん、一軒だけが残っている貴重な京都丹後の「丹後和紙」も手に入る。一方テーブルにはおおよそA3サイズの愛媛の宇和泉貨紙が太い縄で縛られて積まれていた。耳付きなのは全紙で漉いたものをカットしたのではなく、初めからこのサイズで漉かれた証だ。この形態は珍しいので、人気があるのだという。
青田さんが野性味あふれる和紙を棚から出して見せてくれた。楮の繊維がいきいきと躍動しており思わず惹きつけられる。
「これは、丹後和紙の工房から届いた「皮楮雲龍紙」です。本来は捨てる楮の黒皮も一緒に漉き込んであるんですよ。壁紙に使用されることが多いですね」
解説を聞けば聞くほど産地の個性が伝わってきて、和紙の個性が豊かに輝きだす。青田さんはそれぞれの工房と直にやり取りをしており、「こんなのを作ってみたよ」といって予想もしていなかった新作が送られてくることも。作り手と売り手の温かな交流があるからこそ「柿本さんなら」と貴重な品物が届けられる。そして、それをよく分かっているファンたちが楽しみに買いに訪れる。それは、専門店の理想的なあり方に思えた。
洋紙や紙雑貨、オリジナル商品も充実
紙司柿本は洋紙も取り扱っており、全紙1枚から取り寄せが可能だ。店頭では、カラフルなA4サイズの洋紙がグラム売りで販売されており、1枚から買うことができる。この洋紙の棚もまた魅力がありどれを買えばいいか悩ましい。実際に棚の前から離れられなくなるお客様も多いのだそうだ。
さらには便箋や封筒、プリンターで印刷できる和紙などの紙雑貨も充実しており、文房具やお土産を探すこともできる。入り口が広く、奥行きが深いのは、紙の有り様のすべてに寄り添っているからこそ。文房具好きからコアな和紙マニアまで誰でも楽しめるところが、紙司柿本の魅力的だ。
これだけの紙を揃え、紙を知り尽くした専門店が製品を手がけると、一体どんなものが生まれるのだろう。その答えとなるのが、オリジナルの文房具だ。洋紙を厳選して作ったノートやメモ帳は高品質で、リピーターも多い。また、薄手の和紙にマス目を手摺りしたレトロな原稿用紙は、紙の風合いや手摺りに味わいがあり、手紙を書く便箋に使っても良さそうだ。
最近のヒット商品は、地元京都のテキスタイルブランド・スピカ模様店とのコラボ和紙だ。スピカ模様店のテキスタイルを和紙に型染めしたもので、一枚一枚ていねいに手染めし、洗いをかけて仕上げたもの。スピカ模様店の愛らしい模様が目をひく。一枚でポスターのように飾ってよいのはもちろん、カットして工作もできるようバランスに注意して作り上げたという。今までの紙司柿本にはなかった新しいテイストが印象的で、オンラインでの売り上げも1位となり、SNSでも人気を呼んでいるそうだ。
これもまた、紙の有り様に寄り添い続ける紙司柿本ならではの試みだろう。3年後の2025年に創業180年を迎えようとする紙の老舗は、創業当時と変わることなくこの先の紙の需要をしっかりと見据えている。
紙司 柿本
京都市中京区区麩屋町通三条上る下白山町310番地
075-211-3481
営業時間:9:30~17:00
定休日:月曜日・祝日
https://www.kamiji-kakimoto.jp