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白須美紀
神様のために生みだされる清らかな和紙
伊勢和紙 大豊和紙工業

写真1 | 神様のために生みだされる清らかな和紙 伊勢和紙 大豊和紙工業 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

「清浄さ」を極める

伊勢神宮で知られる三重県伊勢市に、「伊勢和紙」と呼ばれる紙がある。伊勢神宮の御神札(おふだ)を全国に頒布するために明治初期よりこの地で漉かれてきた紙のことだ。令和の現在、その伝統を継いで伊勢和紙を担うのは一社のみ。もともとは1899(明治32)年に当時の有力な三社が合併し「神都製紙」として設立され、1947(昭和22)年に現在の社名となった大豐和紙工業だ。

伊勢神宮外宮から歩いてすぐにある大豐和紙工業を訪れると、誰もがその佇まいに心を奪われてしまうだろう。大正や昭和の建築が今も現役で使われており、広々とした敷地におおらかな時間が流れている。ここで、謹製された手漉きと機械抄きの伊勢和紙が、参拝者に授与される伊勢神宮の御神札や暦になるのだ。

代表取締役の中北喜亮さんによれば、伊勢和紙の特徴は「清浄さ」だという。

「御神札や暦に使われる紙ですから、何より清らかでなければなりません。手漉きも機械抄きもチリなどの雑物が一切混入しない、どこまでも純粋な白が求められます」

「清浄にすること」はわたしたち人間が神様を敬うことの表れであり、穢れのない白い紙こそが御神札や暦にふさわしい。そのため大豐和紙工業では、紙の清浄さを極めるための努力をさまざまに尽くしている。素材は国内外から厳選した素材を取り寄せ、ていねいに繊維を取り出して白さを極めていく。また作業中の混入物を避ける努力も徹底する。工場は毎日すみずみまで清められ、手漉き職人は髪の毛などを落とさないようにバンダナで髪を覆って作業しており、まるで食品工場のような配慮がなされていた。なかでも印象的だったのが、検査室だ。陽光さす明るい室内にデスクが並び、8名の検査担当者が一枚一枚目視で紙の仕上がりを確認している。全員が無言で手元の紙に集中しているため室内の空気は張り詰めており、それぞれの担当者が紙をめくる音だけがかすかに聞こえていた。まるで神事を執り行っているかのような、聖なる風景だった。

「当社では手漉きの職人が2人、機械抄きの担当者が3人おりますが、検査は8人体制で取り組んでいるんですよ」

検査専門のスタッフがいるだけではなく、その人数が作り手よりも多く確保されている。伊勢和紙にとって清浄さがいかに大切かが、その人員配置からも伝わってくるようだ。技術力ももちろんだが、伊勢神宮のお膝元で神様のために紙をつくり続けてきた人々の姿勢こそが、伊勢和紙を伊勢和紙たらしめる大きな要素なのだろう。

写真2 | 神様のために生みだされる清らかな和紙 伊勢和紙 大豊和紙工業 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真3 | 神様のために生みだされる清らかな和紙 伊勢和紙 大豊和紙工業 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真4 | 神様のために生みだされる清らかな和紙 伊勢和紙 大豊和紙工業 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真5 | 神様のために生みだされる清らかな和紙 伊勢和紙 大豊和紙工業 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真1 | 神様のために生みだされる清らかな和紙 伊勢和紙 大豊和紙工業 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

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写真4 | 神様のために生みだされる清らかな和紙 伊勢和紙 大豊和紙工業 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真5 | 神様のために生みだされる清らかな和紙 伊勢和紙 大豊和紙工業 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

伝統をつなぐため、挑戦を続ける

大豐和紙工業では一般向けの紙もつくっている。手漉き、機械抄きに関わらず受注品をつくり、オリジナルにも挑戦しているという。

「落水紙などの工芸紙や、二人がかりで漉く大きな紙も手がけています。相談されたものは何でも形にしてきましたね」
と楽しそうに話してくれたのは、この道22年というベテラン手漉き職人の中島鉄兵さんだ。取材に伺った日は中島さんが、楮100%の和紙を漉いていた。とても丈夫な紙で、一閑張に使われたり、雅楽器の篳篥(ひちりき)のリードに使われるという。御神札と同じく日本の伝統文化に欠かせない紙だ。

その中島さんが先代代表とともに開発したのが、インクジェット対応の和紙だという。凹凸のある粗面とつるつるした滑面が面裏になっており、2種類のプリントが楽しめる。写真をインクジェットでプリントすると紙の風合いとあいまって独特の表現に仕上がるため、一見するとパステル画のように見える写真作品も生まれている。

「いろんな素材を使ってテストを繰り返し、到達した風合いなんです。一番こだわったのは、いかにケバを少なく仕上げるかです。乾燥させるときの板の素材や方法などもずいぶん試行錯誤しましたね」
と、中島さんは振り返る。

敷地内にある伊勢和紙ギャラリーでは年に数回写真展などの展示も行われており、昭和初期のレトロ建築とともに伊勢和紙にプリントされた写真アートを楽しむことができる。2023年5月からはギャラリーの1階にプリント工房の「Light Studio for Photo Art」も開設。伊勢和紙を使って大判写真やポスターをプリントしてもらえるのはもちろん、DMハガキのデザインやプリンターの色調節なども相談できるという。

「ただ伝統を守っているだけでは、伊勢和紙を未来へ繋ぐことはできません。ものづくりでの挑戦を続けながら、伊勢和紙をもっと知ってもらえるようにしたいと思っています。体験や見学なども考えているんですよ」
と、中北代表が今後の計画を話してくれた。

敷地内にある「伊勢和紙館」では、工芸紙や写真用紙はもちろん、気軽な便箋や封筒、メモ帳なども販売している。これらの一部は、伊勢市内のホテルや観光地などでも手に入れることができるそうだ。売り場に並ぶ封筒を手に取ってみると、まばゆい白と豊かな風合いに目が釘付けになった。それは、伊勢という土地だからこそ生みだされた、大豐和紙工業の人々だからこそ生み出せた、力強い美しさだった。

写真6 | 神様のために生みだされる清らかな和紙 伊勢和紙 大豊和紙工業 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

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写真7 | 神様のために生みだされる清らかな和紙 伊勢和紙 大豊和紙工業 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真8 | 神様のために生みだされる清らかな和紙 伊勢和紙 大豊和紙工業 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真9 | 神様のために生みだされる清らかな和紙 伊勢和紙 大豊和紙工業 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

伊勢和紙 大豊和紙工業株式会社

伊勢和紙 大豊和紙工業

住所 三重県伊勢市大世古1丁目10-30
営業時間 9:30〜16:30
定休日 土・日曜・一部祝日(伊勢和紙ギャラリー開催日は開館)
webサイト:https://isewashi.co.jp/

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