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白須美紀
専門店で懐紙の奥深さに触れる
京都 辻徳
[What A Wonderful Paper World vol.5]

写真1 | 専門店で懐紙の奥深さに触れる 京都 辻徳 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

素敵な懐紙を使う喜び

お茶会の席で着物の胸元や懐紙入れからお気に入りの懐紙を取り出すのは、目の前の美しいお菓子をいただくのと同じくらい心はずむものだ。四季の花、干支の動物、雪輪や青海波などのゆかしい文様、歌会始(うたかいはじめ)のお題……その時季、その席にそぐった柄ゆきを選んで使うのが楽しい。

茶席では、上座の前客が菓子鉢に手を伸ばしたら、下座の次客に軽く挨拶をして懐紙を取り出し、膝の前に置く。菓子鉢が回ってきたら受け取り、取り箸を使って懐紙の上にお菓子を載せ、菓子鉢は次客におくる。お菓子を載せたら模様全体は見えなくなるし、食べたらすぐ片付けてしまうので、茶席で懐紙が主役になるのはこの一瞬だけだ。でも素敵な懐紙をちらりと見るとちょっと幸せな気持ちになるのだから不思議なものだ。この喜びは何かに似ていると思ったら、かわいい便箋に手紙を書いたり、封筒に限定切手を貼ったりする感覚に近いと気づいた。かわいいものが好きな人間にとっては、どんな一瞬もかわいいものが傍らにあることが大事なのだ。

もっと気軽なお稽古の時間ならば、両端に座るお仲間が懐紙を覗き込んで「かわいいね」「素敵ね」と褒めてくれることもある。懐紙好き同士とお互いの懐紙を交換したり、何かのお礼にプレゼントしたり。たかが懐紙、されど懐紙。立派な茶道具とは違うけれど、気軽な分楽しみが多い茶道アイテムなのだ。

写真1 | 専門店で懐紙の奥深さに触れる 京都 辻徳 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

多彩な懐紙が揃う専門店

京都辻徳は、そんな懐紙の専門店だ。平安神宮の鳥居のそばにあるお店にはたくさんの懐紙が並ぶ。定番の無地や季節柄はもちろん、金魚の型抜き模様が入ったもの、伝統紋様をふっくらと型押ししたものなど、なかなかお目にかかれない品々が揃っていて、入店するなり「あれもいいな」「これも素敵」と心が忙しくなる。

写真2 | 専門店で懐紙の奥深さに触れる 京都 辻徳 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

店には、普段使いできそうな懐紙入れも並ぶ。懐紙入れといえばふつうは綴れ織や有職文様の織を使った豪華な和柄が多いが、辻徳にあるのは普段の洋服にも似合いそうなものばかり。中には和紙でできた糸で織った紙布を使った懐紙入れもあり、店奥にはその布を織る手機も鎮座している。一見すると懐紙の量に圧倒されるが、実は懐紙入れにも相当な力が注がれている。それもそのはず、その懐紙入れこそがすべての始まりだったというのだ。

「わたしもお茶をしているのですが、従来のものだと普段遣いにはちょっと大げさに思えてしまって。日頃からバッグに入れて持ち歩ける懐紙入れを探したのですが全く無かったんです。それで『無いならつくってみよう』と思ったんですね。そのときに一緒に懐紙もつくることになって、結果、懐紙屋さんになってしまったんですよ」
と、笑うのは、辻徳を運営する株式会社辻商店専務の辻亜月子さんだ。

懐紙用の和紙は機械すきで、購入するロットも大きい。オリジナルの模様を印刷しようと思えばそれもやはりある程度のロットがいる。ちょうど子育ての手も離れて身動きがとれるようになっていた亜月子さんは、それならば……と事業を立ち上げたというのだ。2007年のことだった。専業主婦ならば「懐紙入れ専門のハンドメイド作家」という道だってありえるわけだが、いきなり事業化してしまうところがひと味違う。

「もともと主人が家業を継いで商売をしていますので家業の一部門として立ち上げたんです。はじめから『ビジネスでやる』ことしか考えていませんでしたね」
亜月子さんにとっては、そちらのほうが自然な道だったというのだ。

とはいえ最初は苦労の連続だった。ご主人は西陣織の箔に使う和紙を扱う会社を経営しており紙は馴染みある素材ではあったが、懐紙の和紙はそれとはまったく別世界だったのだ。しかも単に仕入れて売るのではなく、独自の製品をつくろうというのだから、いかに大変だったかは想像に難くない。

「はじめに挑戦したのは、抹茶を練り込んだ懐紙でした。お抹茶は石臼で磨り潰してつくりますが、そのときに製品にならない残りができるんです。それを練り込みました。つくってくださる会社を探して、試行錯誤を重ねて、とても苦労して完成させたんですよ。綺麗で珍しくてお茶人さんにも好評だったんですけど、経年すると茶色くなってしまうので結局続けての製造は諦めたんです」

おもわず店の中にある、たくさんの懐紙たちに目がいく。ここにあるのはどれも個性的だがそれもそのはず、亜月子さんは最初から「他にないもの」を考えていたのだ。その蓄積の結果がこの品揃えなのだろう。

写真2 | 専門店で懐紙の奥深さに触れる 京都 辻徳 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

普段に賢く使える懐紙

亜月子さんのアイデアは懐紙のデザインだけにとどまらず、使い方の提案などにも及んでいる。

「お金を包んだり、メモを書いたり、お茶人さんは懐紙を便利に使うんですよ。お茶をしない方にもそんな風に懐紙を日常に使っていただけるといいなと思って提案しています」

一筆箋代わりにメッセージが書けるよう二つ折になっていないものや、のし紙のように使えるリボン模様のものなど、懐紙の常識を吹き飛ばす製品もある。店頭にはないが、懐紙を素材にして何か作りたい人に向けてまとまったロットで卸もしてくれるという。

「変わり種だけでなく普段づかいしやすい懐紙にも力を入れていますので、日々の暮らしに活かしていただけると嬉しいですね」そういって、亜月子さんはとあるお客様の話をしてくれた。

「東京からのお客様だったのですが、その方は『そろそろ食事のときにきちんと懐紙で口を拭うようにしたいと思って買いに来ました』とおっしゃったんです」

いつも懐紙をバッグに偲ばせて食事のときに使うとは、なんて品のよい大人の女性らしいふるまいだろうか。道端で配っているティッシュを愛用している自分を少し恥じながら「わたしも懐紙を携帯してみよう……」と密かに決意したのはいうまでもない。

懐紙は茶道という日本の伝統文化のアイテムだが、亜月子さんはその枠を軽々と飛び越えていく。次はどんな新しい懐紙や懐紙入れを誕生させるのだろうか。茶人のみならず紙好きたちも、期待して待ちたいところだ。

写真3 | 専門店で懐紙の奥深さに触れる 京都 辻徳 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真4 | 専門店で懐紙の奥深さに触れる 京都 辻徳 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真3 | 専門店で懐紙の奥深さに触れる 京都 辻徳 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真4 | 専門店で懐紙の奥深さに触れる 京都 辻徳 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

京都 辻徳

写真5 | 専門店で懐紙の奥深さに触れる 京都 辻徳 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

住 京都市左京区岡崎円勝町91-101 グランドヒルズ岡崎神宮道101
電 075-752-0766
営 10時30分〜18時
休 不定休
交 地下鉄東山駅、バス停神宮道
https://www.tsujitoku.net

紋懐紙(4色詰め合わせ) 600円(税抜)
柄入り懐紙 400円
りぼん懐紙 400円
紙布織懐紙入れ SIFUORI 10,800円

写真5 | 専門店で懐紙の奥深さに触れる 京都 辻徳 - 白須美紀 | 活版印刷研究所