生田信一 br>
旅先からの贈り物 ─ 2色刷りのレターセット
活版印刷で刷られた素敵なレターセットを紹介しましょう。
このセットを企画したのは、カメラバッグを販売するモビール株式会社。日頃から、ぬくもりのある印刷物に深い愛着をもち、魅力的なグッズを開発したいと考えるモビールさんの楽しいお話しをお聞きしました。
個展会場で出会った活版印刷のレターセット
2016年8月、神楽坂にある、かもめブックスという書店に併設されたギャラリー「ondo(℃)」で「わくわく台北スケッチ」という展覧会が催されました。イラストレーター、オガワナホさんが全ページにわたってイラストを手がけた書籍「わくわく台北さんぽ」(オガワ ナホ著、誠文堂新光社刊)の出版を記念しての展覧会です。
この展覧会では、台湾を訪れたときの手描きのスケッチが額装されて、壁面いっぱいに展示されていました。着色も施されていて、とても魅力的な作品の数々。思わず立ち止まって、しばらくの間、見入ってしまいました。
展覧会で販売されていたのが、今回紹介するレターセット。2色刷りの絵柄で、印刷は佐々木活字店さんが担当したことがPOPでうたわれていました。「おおっ、もしかして活版印刷?」手にとってじっくり見ると、印刷に独特な味わいがあります。一目惚れして、思わず衝動買いしてしまいました。
このレターセットを手がけたのが、東京都新宿区早稲田鶴巻町にギャラリーと事務所を構えるモビールさんです。今回はモビールさんに伺って、ポストカードについてのお話をお聞きました。
自分たちがほしいものを企画し、販売する
モビールを運営するのは、小宮山裕介さんと、わだりかさん。お二人ともフォトグラファーです。事務所の1Fがギャラリースペースになっています。このスペースは撮影スタジオとしても機能しているようで、合理的です。
モビールさんのお仕事の一環として手がけられているのが、カメラバッグの「nadowa」です。このバッグ、とても便利そうです。しかも丈夫でカワイイので、思わずほしくなりました。今回の「旅」をテーマにしたレターセットとも関連するので、最初にご紹介しましょう。
お二人とも普段から仕事でカメラバッグを使用しているのですが、「自分たちのほしいバッグがない」ということが動機で、オリジナルのバッグを作ってしまったというのですから驚きです。
このカメラバッグ、素材のチョイスや、バッグとしての機能へのこだわりが半端ないです。素材は帆布を使っているので、手触りがよく、しかも丈夫。付属のインナーを装着すると、カメラやレンズを収めることができる。このインナーは取り外しが可能で、バッグだけを単独で洗濯することも可能になっている。インナーの仕切りはマジックテープで着脱できるので、位置の微調整も可能。使う人の身になって設計された仕様になっています。
トートバッグのように肩に下げて持ち運びできるので、カメラ以外の用途で購入する方も多いそうです。販売しているお店の多くは雑貨を主体としたお店とのことで、女性からの支持を広く受けているようです。
なぜカメラバッグを販売する会社がレターセットをてがけたのかという疑問を小宮山さんにぶつけました。「バッグは大量に製造するので、在庫スペースが大変なんです。在庫スペースをとらないグッズを作りたかった」と、冗談混じりに説明してくれました。「仕事柄、フォトグラファーは旅をする機会が多いですし、知り合いから旅先で撮影したポストカードをいただくこともしばしばです。それがヒントになって、旅先から写真とメッセージを添えて手軽に送ることができるポストカードのセット、というアイデアが浮かびました」
イラストの依頼と印刷入稿
カードのイラストの図案は、モビールのふたりが考え、イラストレーターのオガワナホさんにイメージを伝えるところからスタートしたそうです。「旅をテーマに楽しい雰囲気を出してほしい」と依頼し、オガワさんからいくつかの案をいただいて、実際の作画に取りかかってもらったとのこと。
オガワさんは、普段は雑誌などのお仕事でイラストを描くほか、絵本も出されています。鉛筆スケッチしたものに着色する制作スタイルが特徴で、魅力的な絵を仕上げていきます。今回は2色刷りのオーダーということで、Adobe Photoshop(アドビ・フォトショップ)でレイヤーを分けて、印刷用の2版のイメージを描き分けています。
イラストを担当されたオガワナホさんに、カードの図案についてお話しをうかがいました。「モビールの2人とは旅友達で、何度も一緒に旅しています。いつもの楽しくてゆかいな旅をイメージして作りました。実はカードの中の旅する人には2人も隠れています。2色の製版ならおまかせ!と自信をもって、Photoshopで2色を別レイヤーに分けて納品したのですが、ずぼらな性格ゆえきちんと分かれておらず、小宮山さんに最終調整をしていただくことになってしまいました」
小宮山さんは、印刷を行う佐々木活字店と相談し、データの入稿方法について指示をいただき、オガワさんのイラストデータを印刷用のデータに変換する作業を行いました。入稿データは、2色を色分けして作成する必要があります。レイアウトソフトのAdobe Illustrator(アドビ・イラストレーター)でポストカードのサイズに合わせてトンボを設定して印刷用の台紙を作成し、2色分の画像をそれぞれ配置したものが印刷入稿のデータです。画像10〜11の図版を参照ください。
このデータを元に、印刷の工程が進んでいきました。
2色刷りの製版・印刷
印刷は、ご近所の佐々木活字店に依頼しました。小宮山さんから印刷用のデータが入稿されると、印刷用の版づくり(「製版」と言います)を行います。
金属活字を使用できる環境であれば、金属活字を並べたものがそのまま刷版として利用できます。金属活字を利用できない場合は、画像のイメージを刷版に焼き付けて、現像処理を行って作成します。製版では、モノクロの線画データのイメージが必要ですが、こうしたイメージはPhotoshopやIllustratorで作成して印刷入稿するのが一般的になっています。
画像データから刷版を作成するには、一旦ネガのフィルムを作成します。感光剤が塗布された刷版とネガフィルムを密着させて紫外線で露光し、版にイメージを焼き付けます。露光した後、現像処理を行って、印刷版が出来上がります。
活版印刷の版はいくつか種類があり、代表的なものに、鉛などでできた金属版と樹脂版とがあります。どちらのタイプを選ぶかは、版の耐久性や絵柄などから判断して選ばれることが多いようです。今回のポストカードは樹脂版を使って印刷されました。
モビールのお話しで、赤と青の特色の色指定を行ったときのエピソードを紹介します。「印刷用紙は竹はだGA 110kg(四六判換算)を使いました。竹を使用したファインペーパーです。でも活版印刷では難しいタイプの用紙で、色再現の予測が難しかったんです。普通、特色で色指定する際は、DIC(ディック)やPANTONE(パントン)の番号の付いたカラーチップで指定しますよね。でも今回は、佐々木活字店で印刷の打ち合わせを行っているときに、たまたま壁にかかっていたカレンダーを見つけたので、そのカレンダーの土曜日と日曜日の青と赤にしてほしいとお願いしました」
通常は、こういった色指定の方法はお勧めではありませんし、おそらく印刷する側も受けてくれない場合が多いでしょう。でも印刷用紙によっては色が沈んでしまい、想定した色と違って見えることがあるので、仕上がり見本として現物の刷り見本を渡すこともあるようです。印刷する側は、見本を参照しながら色を微調整することになりますが、こうしたやりとりができるのは、強い信頼関係があるからなのでしょうね。
佐々木活字店の佐々木勝之さんに、今回のポストカードの印刷についてお話しをうかがいました。樹脂版を利用した理由を尋ねると、「コスト的な理由があります。金属版は樹脂版より高価ですし、版代は版の面積で決まるので、今回のように版が大きいと負担も増えます」との説明。また、絵柄は部分的に細かい表現があるため、印刷時に調整が必要だったとのこと。「広いベタ面がかすれたり、細かい部分がつぶれてしまう場合は、部分的に紙を重ねて印刷を均一にする調整を行います。今回は、細かい部分の再現性を最終的にインキの量で調整しました」
こうして刷り上がったポストカードは、ほかの素材と組み合わせてレターセットとしてパッケージされました。折り加工も近所の紙工会社さんにお願いしたそうです。販売方法は、今のところ、個展の会場やフリーマーケットなどに限られていますが、今後は雑貨店などにも販売していただけるよう企画を練っているそうです。「そのためにも商品のバリエーションを増やしたい」と小宮山さんは話します。
取材を通じて、とてもおもしろい制作秘話をお聞きすることができ、私もずいぶん視野が広がりました。なによりもご近所(早稲田界隈)に、こんなにおもしろいギャラリースペースがあることを知り、とてもうれしいです。
また次回、どこかをたずねて、おもしろいレポートを紹介したいと思います。ではでは。