生田信一 活版印刷、ぶらり散歩 ─ 入門編
はじめまして、ファー・インクの生田信一です。普段は書籍をつくったり、デザイン系の学校でDTPの授業を行っています。ファー・インクという会社で、これまでDTPや印刷に関する数多くの書籍や雑誌に関わってきました。
私自身は普段は書籍の編集や組版などの業務を行っており、印刷や製本・加工に関しては印刷会社のスペシャリストの方にお任せすることがほとんどです。今回、活版印刷に関するコラムを執筆する機会をいただきました。このコラムでは、クリエイターやデザイナーの方々がてがけた素敵な作品や、制作の裏側、たとえばデータ作成や製版、印刷、加工、用紙などの役立つ情報をお届けできればと考えています。私も勉強しながらの執筆になるかと思いますが、気長にお付き合いくださいませ。
ご近所の活版印刷事情
第一回目ということで、ご近所(東京都新宿区、文京区周辺)の印刷会社さんに触れながら、私自身が活版印刷に関心を持つようになったきっかけをお話しします。印刷の街をぶらりと散歩するような気分で読んでください。また、手軽に参加できる活版印刷のワークショップのことや、印刷・製本会社さんのコラボ企画「封筒×活版印刷キャンペーン」についても紹介したいと思います。
活版印刷の会社を初めて訪れたきっかけは、数年前、私が勤務する原宿にある東京デザイン専門学校での出来事でした。卒業年度生の学生から「卒業制作で金属活字を使った活版印刷をテーマにしたい」と相談されました。「え、え? かっぱん? きんぞくかつじ?」びっくりして受け答えしたことを覚えています(汗)。
私の普段の仕事はオフセット印刷が中心なので、活版印刷はちょっと離れた世界。でも以前、本で読んだことがある。東京周辺にはまだ活版印刷機が現役で動いている会社があるそうだ。
私の仕事場は東京メトロ有楽町線の江戸川橋駅近くで、近くには凸版印刷や書籍流通のトーハンがあり、東京の中でも印刷の街と言われているところです。学生と一緒にインターネットでいろいろ検索していたら、私の仕事場の近くに金属活字を製造・販売している会社を見つけました。
それがこちら、佐々木活字店。30年以上前の活版印刷の設備をそのまま残しており、現在でも活字の鋳造を行っています。新宿区地域文化財としても指定されているようです。ここなら仕事場からは徒歩圏内なので、歩いても行ける。さっそく訪ねて、学生の卒業制作づくりに協力してほしいとお願いしたところ、こころよく応じてくださいました。
後日、学生と一緒に改めて会社を訪問しました。玄関口の受付の奥には、金属活字の棚がズラリと並んでいます。なかなか見ることのできない光景で壮観です。
さっそく金属活字を購入しました。金属活字は1本からバラ売りしてくれるとのこと。学生は、事前にいただいた書体の見本帳を参考に、文字種、書体、サイズを伝えてオーダーしました。僕も自分の名刺用に数本購入しました。
購入した活字は、サイズ、長さが揃っているので、文字を並べてセロテープで巻けば、ハンコのように押して使えることもご教授いただきました。
さらにご好意で、工場内を案内していただけるとのこと。うれしい悲鳴。1階は活字を収納する棚が所狭しと並んでおり、2階には活字鋳造の機械が何台も並んでいます。
現役で働いている活版印刷の作業現場を見れる機会なんてめったにありません。最近は月1回のペースで一般の方向けの見学会を催しているそうです。ご興味のある方は申し込んでみてはいかがでしょうか。見学会は人気のようで、予約はすぐに定員に達してしまうようですが。
さて、どうなる卒業制作。
最後の写真は卒業制作展のときの展示のスナップです。「活字郵便局」というテーマで活字のグッズを購入できる郵便局を企画。一筆箋やレターセット、切手などのグッズを制作してショップのディスプレイ風に陳列、その場でお手紙を書けるスペースもあって、人目を引く展示になりました。
活版印刷体験ワークショップに参加する
2016年の夏に、拙著「プロなら誰でも知っている デザインの原則100」(ボーンデジタル)という書籍を刊行しました。デザインを学ぶ若い人たちに向けたデザインの入門書です。その中で、活版印刷を発注できる会社として、東京のALL RIGHT PRINTINGさん、大阪の黒林堂さんを紹介しました。
本の入稿を終えてひと段落したタイミングで、ご近所にある凸版印刷地下の印刷博物館に行ってきました。この博物館には印刷工房「印刷の家」があり、実際に活版印刷を体験できます。訪れた日は15時からワークショップが行われ、ワークショップは30分〜40分で終わるとのこと。思い切って参加することにしました。(一般のお客様の体験は、木曜日〜日曜日と祝日の15時から開催。)
インストラクターの方は、活版印刷が全盛の時代を経験されてきた年配の職人さん。説明は丁寧でわかりやすく、活字の拾い方、文字の組み方などを教示していただき、参加者は自分の好きな言葉を金属活字で組んでいきます。組める文字は10文字以内なので、字数を数えながら本のタイトル「デザインの原則100」と組んでみました。数えてみたらちょうど10文字(笑)。
印刷機は「アダナ8×5(エイトファイブ)」と呼ばれている手動の印刷機。活字で組んだ印刷版をセットし、手前のハンドルを上下に動かして上部の丸いインキ盤からローラーを介して版へとインキを付着させ、最後にグイと押し下げると紙に文字が印刷されます。ガッチャン、ガッチャン。楽しい(^^)
出来上がりはこちら。リボンもいただいので付けてみました。1点もののしおりです。
余談ですが、このワークショップの後、手作りの楽しみを覚えて、書籍の中で使ったイラストを元に缶バッチをつくってしまいました。缶バッチは本の刊行後に、お世話になった皆さんに差し上げました。
活版印刷で封筒をつくってみた
2016年6月の終わり、書籍の執筆作業が佳境の頃、メールで「封筒×活版印刷キャンペーン」の案内をいただきました。製本会社の篠原紙工さんと活版印刷のALL RIGHT PRINTINGさんとのコラボレーション企画で、活版印刷の封筒が100枚からオーダーできるとのこと! この機会を見逃すわけにはいきません。
印刷版の原稿はAdobe Illustratorで作成したデータで大丈夫。申し込みの手続きを済ませると、テンプレートのデータが送られてきました。会社の社名、住所の文字組みを行って、書籍の中で使用したイラストを配置しました。
文字はアウトライン化が必要です。アウトライン化すると、画面上で(印刷結果も)文字がほんの少しだけ太って見えます。この現象は文字のヒント情報(アウトラインフォントを低解像度で出力する際、視認性を向上させるために文字の潰れや線幅の不ぞろいを補正する情報)が失われるためだそうです。画面上で作業する際は、アウトライン化した後の線幅に注意する必要があります。
7月の終わり頃に出来上った封筒が届きました。紙の風合いがよく、印刷部分には凹凸が現れ、綺麗な仕上がりです。印刷に使用した金属の版(「亜鉛凸版」と呼ぶそうです)も特別に同封されていました。
封筒も特別仕様で魅力的です。篠原紙工のオリジナル仕様で、封筒に特有の糊代の凸凹がなくフラット。キャンペーン用の封筒の用紙は「ハーフエア」、自然な風合いで素材感のある嵩高紙(かさだかし)、どんな用途にも使えるナチュラルな「コットン」色が選ばれています。活版印刷と相性がよく、印圧による凹凸がきれいに現れます。嵩高紙であるため手にしたときに軽やかで、質感も心地よいです。
追加情報ですが、フラットな封筒は「印刷加工連」のプロダクトとして市販されているようです。こちらは金の箔押しが施されていて高級感がありますね。印刷加工連は、それぞれ特徴の異なる6社で結成されたグループで、特徴のあるプロダクトを生み出しています。サイトを尋ねると、これまで手がけた紙文具の数々を見ることができます。
印刷を担当されたALL RIGHT PRINTINGの檜垣清丸さんに、今回のキャンペーンについてお話をお聞きしました。「キャンペーンということで皆様同じフォーマットでの印刷になりますが、印厚やインキの盛り具合など、全く一緒のままで良い訳ではなくて、絵柄のイメージ、線の太さなどによって毎回調整を変えて印刷しています」
筆者も以前に活版印刷の工場を見学させてもらったことがありますが、印刷に際しては、印圧やインキの盛り具合の調整は、最も重要なポイントのようです。見た目の精度だけではなく、画線部(印刷インキの付着する部分)の凹凸や、手触りの感覚など、仕上がりを細かくチェックしながら印刷機を微調整されていました。きめ細やかな感覚が必要で、まさに職人芸です。
今回の封筒キャンペーンは、活版をより活用していただく機会を作りたいとの思いで企画されたそうです。私自身もキャンペーンに参加したおかげで、活版印刷が身近に感じられるようになり、次回は何をつくろうかとワクワクしています。データを作成しながら、印刷会社の方とお話しを重ねるのも楽しいプロセスです。活版印刷の奥深さを知ることで、一層楽しくなるのだろうと思います。
このキャンペーンの封筒の製造や活版印刷を行った会社については以下を参照ください。
●封筒について
篠原紙工
●活版印刷について
ALL RIGHT PRINTING
長いテキストになってしまいましたが、読んでいただきありがとうございました。次回をお楽しみに(^^)