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図書館資料保存ワークショップ
二つの「手による彩色装飾写本展」について思うこと
内藤コレクション展:ゴシック写本の小宇宙
内藤コレクション展Ⅱ:中世からルネサンスの写本 祈りと絵

(写真1) | 二つの「手による彩色装飾写本展」について思うこと 内藤コレクション展:ゴシック写本の小宇宙 内藤コレクション展Ⅱ:中世からルネサンスの写本 祈りと絵 - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真1)展覧会パンフレット

新型コロナウイルス感染症予防で国立西洋美術館も閉館中ですが、この文章のタイトルの二番目「内藤コレクション展Ⅱ:中世からルネサンスの写本 祈りと絵」が3月3日~6月14日の期間開催されているはずでした。そして最初に開催された「内藤コレクション展:ゴシック写本の小宇宙」は昨年10月19日~本年1月26日まで開催されました。

こと西洋の古い本に関するイベントには駆けつけたい筆者ですが、この展覧会については昨年末まで知りませんでした。同時期に「ハプスブルク展」が開催されていましたので、影に隠れていたのかもしれません。年末年始で、おまけに、もうコロナ疑惑が始まっていましたので、上京かなわず、結局二つの展覧会とも見ることができていません。しかし昨年末からの展覧会パンフレットを入手できました。それによりますと、このコレクションは中世ヨーロッパでキリスト教の修道院などで作成された、羊皮紙に手書きされ、文章の最初の文字やその輪郭、ページの余白を美しく手彩色装飾した写本群です。一冊に綴じられた本もありますが、大部分は切り離された一枚ものの形で鑑賞され、愛蔵されてきました。このコレクションの主、内藤裕史氏は、この彩色写本と描き込まれた細密画の植物、動物、人物、果ては怪獣までをこよなく愛し、数十年かけて収集し、身近において慈しんで来られたそうです。そして2016年春に約150点を一括して国立西洋美術館に寄贈されました。

内藤氏は、そのコレクションの経緯を『中世彩色写本の世界』という書物にまとめ美術出版社から2004年に出版されています。

内藤氏は実は中毒学を専門とする医師で、筑波大学・茨城県立医療大学名誉教授という方です。若いころから美術鑑賞が好きで、特にヨーロッパ中世の宗教美術、ゴシック寺院に彫られている彫刻に体質的親近感を覚えるようになられたそうです。(『内藤コレクション展:ゴシック写本の小宇宙』パンフレット「コレクションへの道のり」より)その専門の『中毒百科』や『薬物乱用・中毒百科』という著書の表紙にまで彩色写本を使われています。彩色写本の愛好ぶり、というか中毒ぶりがうかがわれます。

専門の医学関係の国際学会で欧米に出かけられた機会をとらえてヨーロッパ各地の美術館、図書館、修道院を見学し、眼を肥やし、コツコツ購入されてきました。パリやロンドンなどに馴染の古書店主とのお付き合いも生まれて、一枚もの彩色写本購入時の数々のエピソードも書かれていて、興味深く読みました。また、古書店主の案内で一般的な見学者では見られないような彩色写本を所蔵している美術館、図書館などにも見学に出かけています。このような古典的な美術品などを扱う業者はその分野での顧客を育てる先生でもあるのでしょう。

筆者は30数年間大学図書館員として働きましたので、『中世彩色写本の世界』に収められている1つの章「ケンブリッジのパーカー図書館」の見学記に感心してしまいました。著名なイギリスのケンブリッジ大学のコーパス・クリスティ・カレッジにあるパーカー図書館のことです。

ロンドンの古書店に勤めるLさんの案内でパーカー図書館を訪れます。パーカー図書館は1575年に死去したカンタベリー大主教のマシュー・パーカーが集めた書籍を生前寄贈してできた図書館です。羊皮紙に書かれた写本約600点、初期印刷本も含まれている国宝級の貴重書を多く所蔵しているので、門外不出、外部の研究者にも門戸を閉ざして来ましたが、外部の研究者からの要望も強く、 門戸を開くことになりました。そこで、館長が公募されます。

そして、選出されたのは、クリストファー・ド・ハメルで2000年10月に着任しました。彼はロンドンのオークション会社サザビーズの中世写本部門の責任者を25年務めた人で、学識の高さはこの方面で知らぬ人はないという人物です。約500年も外部に門戸を閉ざして来た図書館を公開するのにあたって、象牙の塔の学者ではなく、世界に名だたるオークション会社サザビーといえども一介の民間業者を責任者に据えるというイギリス人の実を取る剛胆さに感じ入ってしまいました。

そして、パーカーのパーカー図書館遺贈に際しての思い入れと図書館存続への周到な意志があったればこそのハメル就任となったように思われます。

パーカーはコレクションの散逸を防ぐのに、1574年、ケンブリッジ大学の3つのカレッジの長3人を証人に立て証文を作成します。その方法は、年1回監査を行い、不備が見つかった時は、コレクションをその時点で保管している図書館から、3カレッジの中の他の図書館へ移す。また現在保管している図書館で不備が見つかった時はまた、他の図書館へというふうに年一回の厳密な監査を受けてコレクション全体を守り、延々と受け継ぐというものです。

この間、1980年代初めに米国の印刷業で財をなしたゲイロード・ドネリーが資金を拠出し、写本類の修理と保管設備の整備を行っています。この修理によって公開が可能となったようです。なお、言えば年1回の厳密な監査のおかげでコレクションの状態を把握できていたおかげで、修理が可能となったともいえるでしょう。

この様なコレクション経験を経られたからでしょうか内藤氏は、当初ご自分のコレクションをオークションにかけることも考えられたようですが、日本では珍しいコレクションであるから散逸させるのは惜しいという声もあり、外国からの写本研究者からの問い合わせも来るようになり、一括寄贈することを考えられます。寄贈するなら国立西洋美術館であると考えられ、2015年3月25日付で学芸課長あてに寄贈申し出の手紙を書かれます。さらに寄贈に際して、美術館所蔵品としての豪華さを加えたいと感じ、お友達の長沼昭夫氏(札幌のお菓子屋「きのとや」の会長)に訴え寄付金を得て、そのお金で2年たらずの間に12点の写本逸品を加えて寄贈されました。

国立の美術館に寄贈されたということは、私たち一般人も展覧会で鑑賞が可能となります。本の展覧会というのは、表紙、本文中の一見開きページなど、本の一部分した展示することができません。が、この一枚もの写本はその一枚、一枚のページ全体をじっくり鑑賞することができます。一冊にまとめられていた書物がバラバラに切り離されたということは、悲惨ではありますが、見る方には、利点でもあります。

美術館の学芸員の研究対象としても貴重な資料が身近になったのではないでしょうか。たとえば、一枚ずつ切り離された写本は、元もと一冊の書物であり、いわば孤児の状態で愛されてきたものです。ある一枚の装飾写本の親元である写本を探しあてることなども、一つの研究分野を成立させているようです。内藤コレクションが一括寄贈されたことにより、日本でもヨーロッパ中世装飾写本書物学の研究が進められることが期待されます。

本の修理を経験するうち、本についてもっと勉強し、知らなければと切実に思うようになりました。和本、洋書、古い本、印刷本、写本に限らず本というものは、一冊、一冊がすべて異なる個性を持っていることを知りました。本を知るのには、とにかく本を沢山手に取って見たいものです。

国立西洋美術館に内藤コレクションが寄贈されたことにより、わたしたち一般の展覧会観覧者はガラスケース越しにではあっても、一同に会した数十点の美しい写本を見ることができるようになりました。さらに研究が進めば、日本語でヨーロッパ中世彩色写本についての論文を読むことができます。本当に楽しみです。

最近、身近なところでも本の修理に関するニュースに時々接するようになりました。本年2月17日の京都新聞の記事“常磐津で「お半長右衛門」”によりますと、2015年、常磐津の家元常磐津文太夫さん宅の倉庫から全8冊に分けて綴じられた古い浄瑠璃本が見つかります。虫食いがひどく、開けるのも難しい状態でした。浄瑠璃の太夫でもある京都市立芸大の竹内有一教授の研究チームが調査に着手、本の修理は同じく市立芸大の美術品修復の専門家、宇野茂男教授の協力を得ました。この浄瑠璃本に収められている演目のなかには伝承が絶えているものもあったそうです。この記事は市立芸大の日本伝統音楽研究センターが、このなかの一曲「お半長右衛門」の物語を常盤津の歌舞伎舞踊曲とした「帯文桂川水(おびのあやかつらのかわみず)」を復曲し、上演できた。ことを報じたものでした。

このように日本には、書物も含む文化財修理については、装潢師と呼ばれる高度な修復技術を誇る方たちが活躍しています。クリストファー・ド・ハメルがケンブリッジのパーカー図書館に起用されたように、日本でも図書館や美術館に民間の人材も大胆に起用して欲しいものです。このグローバル世界で図書館の現場でも和・洋などの区別なく、書物学や書物修復などについて、お互いの知恵や技術を出し合い、仕事をしたら、面白いことができそうです。

なおクリストファー・ド・ハメルの著書、“中世写本を訪ねる旅の記録”は翻訳されて読むことができます。

『世界で最も美しい⒓の写本―『ケルズの書』から『カルミナ・ブラーナ』まで』が青土社から2018年に出版されています。635ページの本ですが、300ほどのカラー図版で美しい写本を見ることができます。

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M.T.

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(写真2)中世彩色写本の世界

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(写真3)世界で最も美しい12の写本

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(写真1)展覧会パンフレット

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(写真2)中世彩色写本の世界

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(写真3)世界で最も美しい12の写本