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京都大学図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]76
伝承と継承

2月18日(土)番外編に新来の参加者がいらっしゃいました。

図書館用品メーカーでデザインのお仕事をなさっているIさんです。京都のJR西大路駅近くに5月オープンされるという、まちライブラリーの準備にも携わっていらっしゃるとのこと。ご来訪のことをお聞きして、お会いするのを楽しみにして居ました。

このメーカーさんは私も図書館員時代にはお馴染みの業者さんです。
しかも、Iさんご来訪の目的は、まちライブラリーへ寄贈された本の修理についてとのことです。

ものことあとりえ一頁 で小梅さんがIさんご持参の修理本の写真をアップしています。
無線綴じのページ外れともう一冊、背を化学のりで固めた大型本の、これも表紙外れの修理でした。

無線綴じのペーパーバックは本文の背側に綴じ穴を空けて、パンプレット綴じなどの方法で簡単に糸綴じし、表紙を貼り戻す。大型本は背に塗られた化学糊を剥がして、ビニール糊を少し混ぜたでんぷん糊をしっかり塗って、背を固め、表紙を貼り戻す。などを提案しました。

いずれも本の修理はケースバイケースで異なり、修理しない場合もあり得ること、なるべく元に戻せる方法で治すべきことなどもお話ししました。
本職がデザイナーさんなので、自身で「やってみます」と納得していただけました。

まちライブラリーといえば、小梅さんも焼津のまちライブラリー「みんなの図書館さんかく」さんの書架オーナーで、さまざまな活動にも参加しています。

まちライブラリーとは? をご覧いただくとそのしくみが分かります。

さて、京都に新たにもう一つまちライブラリーがオープンするという、うれしいニュースです。

Iさんが開設に携わって居られる新まちライブラリーは、「唐橋まちライブラリーニュース」第1号(写真1)によりますと、“京都市営八条住宅の建替えにあわせて、多世代交流の場として”まちライブラリー“の開設をめざしています。” とあります。このニュースはHIM八条住宅団地再生共同事業体コミュニティー活性化チームが発行しています。チームのメンバーは(株)長谷工コーポレーション、(株)市浦ハウジング&プランニング、名鉄不動産(株)、(株)長谷工コミュニティ ( サポーター ) 一般社団法人まちライブラリー、(株)規文堂、西寺育成苑という面々。

伝承と継承 - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真1)唐橋まちライブラリーニュース。クリックするとPDFが開きます。

Iさんから見せていただいた設計図によりますと,堂々たる新築前面ガラス張りの独立の建物です。まっさらな、自分の理想の図書館を作ることは図書館員なら誰でも夢見ることです。「是非お訪ねします!」と訪問、見学の約束を取り付けました。

話は変わりますが、Iさんから図書館用品メーカーさんの商品カタログもいただきました。書架や椅子のデザインをなさっているIさんとは、図書館の職場でも使っているビニールのり、ブッカーや、今では現役を退いてしまったカード箱、京大型カードなどを巡って話の花が咲きました。

カード箱とは図書検索用の紙カードを書名などを五十音順等にファイルして納めて置く、小引き出しの家具です。写真は私宅蔵のもの。(写真2、3)

(写真2) | 伝承と継承 - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真2)カード箱

(写真3) | 伝承と継承 - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真3)カードファイル

このうち、木製のカード箱はカタログに載ってはいるものの、今では、作れる職人さんは数人しかいらっしゃらないとのこと。また、あとりえ一頁でも、先日備えられたルリュールの道具、大型、小型の締め機(プレス)、大型カッター、エトーなどのメンテナンスをしていただける職人さんを探していること、などを話し、「やはり、そうなんですね!」と、今は現役を退いた家具や道具、機械などを作り出したり、修理したりできる技術が伝わり難くなっている現状に、互いに納得してしまいました。
図書館用品一つとっても職人仕事を伝えて行くことは、そうそう容易いことではないのですね。

その翌日2月19日(日)NPO法人 知的人材ネットワーク・あいんしゅたいん附置機関 基礎科学研究所 ・京都支部主催のオンラインカフェ“湯川博士の贈り物4”を視聴しました。科学音痴の私ですが、京大図書館で一緒に働いた先輩に誘われてのことです。

このお誘いに乗ったのは、日本で最初にノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士の旧宅が京都大学に移管されることになったという京都大名誉教授、物理学者の佐藤文隆先生が書かれた京都新聞の記事(2023年1月22日「天眼 湯川秀樹の物理受講ノート」)を読んでいたことからでした。

記事によれば、湯川秀樹博士が1957年から1981年に逝去されるまで住まれた下鴨泉川町のお宅がご遺族も亡くなられて手放されることになったところ、湯川博士を敬愛する関係者の要望もあり、住宅とその中の遺留品もすべて京大に移管されることになったということです。
そして、遺留品の中には、これまで公にされていない、学部学生時代の授業ノート、結婚前の小川姓の講義ノート、計算用紙、学生実験レポートなどなどがあり、これらの資料が整理されれば“湯川の多彩な生涯を描き出す新たな史料が追加されるものと期待している。”とあります。

この記事中の関係者とは、「湯川秀樹旧宅の保存と活用を願う市民の会」で会長は京都大学名誉教授で京都橘大学教授岡田知宏先生です。岡田先生は京大では経済学研究科で地域経済学を講じられ、図書館機構副機構長(京大図書館の副館長にあたる)も務められた社会科学者です。その岡田先生の講演が“湯川博士の贈り物4”第1回<湯川秀樹「自己教育」論の系譜を探る~『世界』創刊号の随想を手掛かりに~>」でした。 何故経済学者がノーベル物理学賞の湯川秀樹博士の?疑問も講演を聞いて溶けました。

岡田先生は富山県のご出身で高岡高校生時代、湯川(以下敬称略)の著書『旅人』を読み、感激、京大文学部に入学してから湯川の講演を聞いたこともあった。その後、地域開発を研究したく、経済学部に転学。
京大教授として2020年11月に大阪での講演会でご講演の折、湯川の旧宅保存に関わって居られる方との奇跡的な出会いがあり、今日にいたる。というお話です。

この会の目的など詳細は先のリンクをみていただきたいのですが、この会設立の趣旨は“この会は、日本で最初にノーベル賞を受賞された湯川秀樹さんが最期まで住み続け、学術研究活動だけでなく、非核平和活動、文化活動の場として国内外の多くの人々と交流された旧宅及び園・遺品類の保存と市民による活用をめざします。”とあります。

湯川は勿論、京大教授でしたから、学術的な史料は、これまで京大基礎物理学研究所の湯川記念館史料室で保存されて来たのですが、「市民の会」の働きかけで、それに加えて、今後はお住まいや庭、住宅内に収められていたノート、お手紙、書画・掛け軸、書籍・雑誌などすべてが京大に移管されることになりました。

京大の図書館に長年勤め、自主的な活動ですが、資料保存ワークショップも京大図書館の一画を借りて活動してきた私も、外ならぬ紙資料類の整理、保存や活用にも、何かお役に立ちたいと願って居ります。

ところで、オンラインカフェ“湯川博士の贈り物4”での岡田先生の講演は、戦後間もない昭和21年1月創刊の岩波書店発行の雑誌『世界』創刊号に湯川が執筆し、掲載された、わずか3頁の随想「自己教育」についてでした。
内容は、(第二次大戦)敗戦後のこれからの国民は学校教育からだけではなく、自己教育で正しい批判精神をもつことが大事であるというもの。私が特に関心を持ったのは、この記事の発見の経緯でした。

湯川旧宅関係の資料全般を整理されたEさんが整理作業のなかで発見されたとのことです。『世界』創刊号の表紙に掲載された目次にはこの記事は印刷されていません。ただ。湯川博士は表紙に手書きで”○秀自己教育がのっている”との書き入れをしています。この書入れが無かったら、『世界』創刊号に掲載された湯川の随想は、ほぼ永久に発見されなかったでしょう。

また一点一点の資料を手に取り、リストアップされたEさんの地道なお仕事がなかったら、第二次大戦敗戦後、本当に間もない時期に湯川が考えていたことも、それが、錚々たる知識人が記事を寄せる雑誌『世界』に発表されたことも明らかにされることがなかったことになります。

改めて、モノを伝えて行くことの意味を考えさせられました。

この文の題を伝承と継承としました。「伝承」はただ受け継ぐだけでなく、それを後世に伝えるという意味があり、「継承」は受け継ぐという意味合いが強い様です。

図書館の所蔵資料も、また、これまで使用されて来た図書館用品もそれぞれ、伝承されるべきもの、継承されるものがあるのでしょう。

資料保存ワークショップを名のるわたしたちにも「遺す責任」があるのだなあと思わされる週末でした。

図書館資料保存ワークショップ
M.T.

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(写真1)唐橋まちライブラリーニュース。クリックするとPDFが開きます。

(写真2) | 伝承と継承 - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真2)カード箱

(写真3) | 伝承と継承 - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真3)カードファイル