生田信一(ファー・インク)
活版らしさを追求する印刷工房
──バードデザインレタープレス
今回は、東京都あきるの市に拠点を持つ、バードデザインレタープレス(Bird Design Letterpress)を訪ね、市倉郁倫さん、市倉淑子さんにお話をお聞きしました。JR五日市線の終点、武蔵五日市駅を降り、徒歩でバードデザインレタープレスに向かうと、道路に沿って走る渓谷からせせらぎの音が聞こえてきます。なんて素敵なロケーションでしょう(写真1〜2)。
お二人はご夫婦なのですが、経歴をお聞きすると以前はお二人とも同じ会社に勤務していたとのこと。市倉郁倫さんは、職場ではDTP の組版・印刷のシステム設計を担当されていました。そして2006年から1年半かけて、バックパッカーで世界一周の旅に出かけたそうです(このお話が最高におもしろかったです)。
お二人の活版印刷との出合いは「独立した際に活版印刷の名刺を妻にプレゼントしてもらったこと」だと話します。その後、ご近所の印刷会社から活版印刷機を譲り受けることになり、現在のお仕事のスタイルにつながっていったそうです。
私の関心は、10数年間のデザイン・印刷業務で培ったノウハウやスキルが、現在の活版印刷のお仕事にどのように結びついているのか、ということでした。お話をうかがうと、お二人が探し求める活版印刷の理想の形を実現するまでには、さまざまな試行錯誤があったことが推察されます。
今回のコラムでは、お二人の歩みをお話しいただきながら、バードデザインレタープレスの活版印刷の取り組みをお伝えします。また、サイトで手軽に印刷発注できるシステムなどもご紹介します。
活版印刷らしさとは何か?
私がバードデザインレタープレスの市倉さんと出会ったのは、2017年4月に台湾で行われた「活版今日」展でした。会場では、手キンの印刷機で来場者に活版印刷の実技を懇切丁寧に説明する市倉さんの姿が印象的でした(写真3〜5)。
バードデザインレタープレスが手がけたカードやカレンダーなどの印刷物を見ると、どれも繊細できれいな印刷で、美しく仕上げられていることに驚かされます。現代の私達が活版印刷に望むのは、あたたかみのある手作り感や、紙のふわっとした優しい感触と文字や線画の力強いタッチとのコントラストではないだろうか思うのですが、市倉さんたちが目指す活版印刷の理想も、おそらく同じものであると思います(写真6〜8)。
それらを実現するための大切な要素として、市倉淑子さんは次のように説明してくれました。「いくつかの条件が揃っていることが必要です。まず、深い凹みを得るための版、そして正確で充分な印圧をかけられる印刷機、さらに活版印刷と相性の良い紙、そして活版印刷に適したデザインです」
これらの要素をひとつひとつクリアしていくことで、「最近ようやく理想と思える活版印刷ができるようになった」と市倉さんは話します。
製版・印刷・加工の機材
まず、製版・印刷・加工の機材を見せていただきました。驚いたことにバードデザインレタープレスでは、スタジオ内で製版から印刷(箔押しを含む)、断裁加工の工程のほとんどをこなすことができます。
自動機は、ハイデルベルグプラテン印刷機を2台所有されています(写真9〜11)。1台は箔押しにも対応する印刷機で、構造を詳しく解説していただきました。上部に箔のロールをセットする機構を持ち、版はヒーターで加熱できるようになっています。
印刷機を稼働させるとモーターが回転し、ベルトを伝わって印刷機に複雑な動きを与えます。近くで見ると、精巧な機構に驚かされます(ムービー1、2)。
ご近所の印刷会社から譲り受けた半自動機もあります(写真12)。こちらの印刷機は、主に金属活字で組んだ版で刷る場合に使っているそうです。「半自動機は、ハイデルベルグプラテンと比べてかけられる印圧が低いのですが、その分金属活字の磨耗を抑えることができるので、現在も使用しています」と説明してくれました。
手動の手キンの印刷機は2台あります(写真13)。「こちらの2台は、出張してのワークショップで利用することが多いので、移動しやすいようにキャスターを付けた台を自作しています」との説明。
最初は半自動機で印刷を行なっていたのですが、ハイデルベルグプラテンを導入したことで理想の活版印刷に近づいたと市倉さんは語ります。「ハイデルベルグプラテンを導入しての一番のメリットは、印刷の品質が安定することです。ハイデルベルグプラテンは、正確なインキングと動作で安定した品質の印刷物を作り出すことができます」
ディープレリーフ樹脂凸版
印刷版についてお話をうかがいました。バードデザインでは、入稿データからネガフィルムを出力した後、スタジオ内で樹脂凸版を製作しています(写真14)。
バードデザインでは、活版印刷に使用される一般的な1mm厚の樹脂凸版よりも約1.5倍の厚みがある「ディープレリーフタイプ」と呼ばれる感光性樹脂凸版を独自に調達し、利用しています。版の厚みを増すことで、「印刷面をより深く凹ますことが可能になった」と話します(写真15)。
しかし一方で、版厚の高い樹脂凸版を使用すると、細かなドットやラインが欠けやすくなるという悩みも生じるそうです。「小さな文字サイズは基本的に最小6ptまで、罫線は単独で存在する罫線は0.5pt以上の太さ、二重罫線や密集している線幅は0.25pt程度の太さまでであれば大丈夫」とのことです。
細かな絵柄の作品例として、安西水丸さんの作品集『ON THE TABLE』刊行時に作成したポストカードを見せていただきました(写真16〜20)。「背景の細かな粒状のドットは、印刷再現がとりわけ難しい部分でした」と市倉さん。
活版印刷と相性のよい紙
続けて、活版印刷と相性のよい紙について、お話を伺いました。市倉さんが目指す活版印刷の見本として、アメリカ、ミネソタ州、セントポールにあるStudio On Fireの作品集『Iron Beasts Make Great Beauty』を紹介していただきました。英語版の書籍ですが、繊細でありながら活版印刷特有の力強い印刷表現の作品を紹介した作品集です(写真21)。
バードデザインレタープレスでは、活版印刷に相性の用紙として、ハーフエア 180kg、レトラ 199kg、特Aクッション 0.6の銘柄を選んでオーダーできるようになっています(写真22〜24)。印刷見本を拝見すると、活版らしい印刷仕上がりで、文字もシャープです。
金属活字、デジタルフォントのこと
活版印刷において、文字は金属活字で組んだものをそのまま利用する方法と、パソコンで文字組みしたデータから樹脂版を作る方法とがあります。以前の樹脂版は文字が鮮明ではなかったので、挿絵やロゴなどに使われることがほとんどでしたが、近年は精度が向上し、文字も鮮明に印刷できます。
金属活字で印刷されたものには、独特の味わいがあることは皆さんもご存じかと思います。昔の印刷物を見ると、印圧のムラで文字の一部がかすれていたり、強くプレスした箇所は太っていたりします。私達は、そうした印字の際に生じる“ゆらぎ”を含めて金属活字の魅力と感じているのかもしれません。
近年では、デジタルフォントにおいても往年の金属活字のデザインを復刻したものが開発され、利用できるようになっています。たとえば築地体(SCREEN GP)や秀英体(大日本印刷)のデジタルフォントは、明治〜昭和期に開発された金属活字のデザインを元に作られています(写真25)。
「デジタルフォントは、金属活字では不可能だったグラフィックデザインを飛躍的に進歩させて、現在、普段目にする印刷物のほとんどで利用されています。対して金属活字はその進歩の波から取り残されてしまいましたが、現在の私たちにはどこかノスタルジックな雰囲気を感じさせます」と市倉さんは話します。
「活版印刷という印刷方式において、金属活字に使われている書体のデザインは理にかなっていると思います。ただ鉛合金というものは活版印刷用の素材としては柔らかく、現在ではデジタルフォントとディープレリーフ樹脂凸版との組み合わせがベストだと感じています」と市倉さん。(写真26)は、金属活字とデジタルフォントで組んだ活版印刷の名刺を並べて比較してみました。印刷原稿を作る際の参考になると思います。
活版印刷においては、文字を組んだ後の製版、印刷までの工程すべてが、印字の品質に関わってきます。印圧の加減や用紙の種類によって文字の表情が変わります。私たちが活版印刷用に原稿を作る際には、そうした点も考慮しながらフォントや文字サイズを設定する必要がありますね。
バードデザインレタープレスでは、正楷書という筆で書いたような金属活字を所蔵しています。(写真27~29)。
活版印刷の名刺をオーダーしてみよう
活版印刷で名刺を作ってみたいという方は、バードデザインレタープレスのサイトにアクセスしてみてはいかがでしょうか。スマホからでもアクセスが可能で、手軽にオーダーすることができます。サイトは、活版印刷の発注が初めての方でも、ベテランの方でも、オーダーしやすい様式になっています。
以下に名刺のオーダーシステムを紹介します。
●データや手書き原稿から注文の場合
データ、もしくはレイアウト原稿を添付で送付し、オーダーする活版印刷名刺。印刷方式は、ディープレリーフ樹脂凸版、あるいは活字組版のいずれかを指定します。ご自身でデータ作成を行う場合は、テンプレートデータをダンロードし、印刷領域内にデザインします(写真30)。手書き原稿でレイアウト指定しオーダーする場合は、印刷指示書をダウンロードして利用できるようになっています(写真31)。
レイアウトを手書きで指定した場合は、PDFで校正データが送られてくるので、印刷前にチェックすることができます。また、金属活字で組版指定を行なった場合でも、事前に文字組みをシミュレーションしたPDFデータで確認できるそうです。
●レイアウト例から注文する場合
数種類のレイアウト例から、希望のデザインパターンを選んでオーダーすることができます(写真32、33)。印刷方式は、ディープレリーフ樹脂凸版、あるいは活字組版のいずれかを指定し、名前や住所等の文字要素を指定します。
オーダーする際の画面は、わかりやすい設計になっています。印刷費用は、ポップアップメニューで印刷仕様を指定するだけで自動計算されて表示されるので、とても使いやすいです(写真34、35)。
このほかにも、年賀状や暑中見舞いなどのハガキ、コールミーカードなどを活版印刷でオーダーすることもできますし、A4サイズ以内であれば、カスタマイズでオーダーすることもできます。また、裁ち落としでの印刷、用紙を取り寄せての印刷、10cm×10cmまでの箔押しも可能です。不明な点があれば問い合わせフォームから確認してください。
取材を終え、デジタルに精通したお二人が、アナログの活版印刷に取り組む姿はとても印象的で、うらやましく思いました。これからも若い人達に活版印刷の魅力を伝え続けてほしいです。市倉さんは、全国各地の活版印刷のワークショップに出かけることも多く、お見かけする機会も多いと思います。お話しすると、とても楽しいですよ。気軽に声をかけてみてはいかがでしょうか。
ではでは。次回をお楽しみに。