生田信一(ファー・インク)
やさしく、やわらかなタッチの活版印刷
隔月連載で行ってきた「活版印刷データの作り方」も今回で5回目です。これまで、イラストレーターさん、染色作家さん、装幀デザイナーの方々が活版印刷にトライしていただいたプロセスをレポートしてきました。
今回は、 現役の学生の方に活版印刷のプロセスを体験していただきました。武蔵野美術大学 基礎デザイン学科で学ぶ 丸山博子さんにトライしていただきました。
丸山さんは、今回の活版トライアルを通じて、やさしくて、やわらかなタッチの名刺サイズのカードを作ることを目指しました。丸山さんが理想とするのは、手描きタッチのやわらかな線や面で構成された印刷物です。これを活版印刷で実現するには、微細な印刷の網点(ドット)を細かくコントロールする必要があります。データの作成にあたっては、プリンティングディレクターの守田篤史さんにサポートしていただきました。
素敵な作品が仕上がるまでのレポートをお楽しみください。
紙グッズのトライアル作品
丸山さんは、大学でデザインを学びながら、さまざまな印刷の実務にも熱心に取り組んでおられます。昨年の夏休みには、活版印刷の設備を持つ印刷会社にインターンとして通い、その会社に設備されている手キンを使って、ご自身の名刺を作成しました(写真1)。手漉き和紙を使って、印刷はご自身で行ったそうです。
また、2018年2月に行われた『紙me VOL.1』のイベントでは、パチカを使ったしおりを作成するワークショップのお手伝いをされたとのことで、作ったものを見せていただきました(写真2)。しおりはパチカという特殊な用紙で、金属版で加熱空押しして加工を行っています。しおりのデザインは本を読んでいる少女の姿で、ご自身で手描きしたものとのこと。
「紙一衣(かみひとえ)」のブランドコンセプトを考える
今回の活版トライアルで選ばれたテーマは、ご自身で作る紙雑貨のブランドのカードデザインです。紙雑貨のブランドのコンセプトを考え、デザインを検討するところから作業がスタートしました。
色数は3色を想定し、さまざまなタッチで色面や線を描画して、形や色を模索しました(写真3、4)。いろんな描画材料や技法で紙に描き、総数で200枚くらい描いたとのことです。その中から気に入ったものをスキャンして、素材にしました(写真5、6)。
「紙一衣(かみひとえ)」のブランドの文字も手書きのやさしい筆致の文字をいくつも描いて、よいものを組み合わせて使っています(写真7)。修正は1文字単位で行えるのが、デジタルデータのよいところですね。
スキャンした素材は、Photoshopのレイヤー機能を使って合成し、レイアウトを決めていったそうです。
ところで、ブランド名には「紙」と「衣」の文字が含まれていますが、これは将来「紙」だけでなく「衣」もアイテムとして増えていくであろうと考えたからだそうです。今後、どんなブランドとして育っていくのか楽しみですね。
Photoshopでモノクロデータの網点に変換する
活版印刷では、線画は白と黒だけのモノクロ2値のデータに変換しなければなりません。中間の階調(グレー)を得るには、黒を細かい網点にして表現します。今回は、手描きタッチのかすれや濃淡の表現を活版印刷で表現するという狙いがありました。
通常は、グレーの階調をそのまま出力機側のエンジンを利用して網点を生成するのですが、Photoshopを利用すると網点の細かさや形状を細かくコントロールできます。ただしこの作業を行うには、印刷の深い知識が必要です。今回は、この部分の変換作業を、プリンティングディレクターの守田篤史さんにお願いしました。
まず、モノクロのスキャン画像をPhotoshopのレベル補正やトーンカーブ機能を使って、理想とする濃淡に仕上げます。出来上がったら、周囲のゴミや汚れを取り除き、「モノクロ2階調」モードに変換します(写真8、9)。このとき変換方法として「ハーフトーンスクリーン」を利用すると網点が生成されます。変換の際には、画像解像度や印刷線数、網点形状の細かな設定が指定できます。この設定は印刷条件によって変わりますので、専門家のアドバイスを仰いで行ってください。
3色分の網点データを作成し、Illustratorにトンボを作成し、画像を取り込みます(写真10〜12)。取り込んだ画像の一部を拡大表示して、網点の形状を確認してみました(写真13)。
色の指定やシミュレーションはPhotoshopでも行えますが、Illustratorではモノクロ2階調の画像であれば、特色の色指定が直接行えます。ウィンドウメニューから「スウォッチライブラリー」→「カラーブック」→「DICカラーガイド」を選ぶと、DICの特色のスウォッチが表れます。ここから指定したい特色の番号をクリックして選ぶと、その色がスウォッチパネルに登録され、モノクロ2階調の画像に色指定が行えます。さらにこのデータを入稿に利用することもできます。余白に特色や印圧、用紙の指定などを書き添えて指示書を作成し、印刷入稿データとしました(写真14、15)。
製版・印刷の工程
印刷入稿データはCappan Studioに送られ、製版が行われました。今回は亜鉛版を利用しています。
製版のプロセスは、イメージをネガフィルムに現像し、亜鉛版とネガフィルムを密着させて焼き付け、現像(エッチング)を行う複雑な工程を経ます。細かな網点は、焼き付けや現像の段階でイメージが飛んでしまったり、つぶれてしまうこともあるので、露光や現像の時間を厳密に管理する必要があります。難易度の高い作業です。
出来上がった印刷版を見てみましょう(写真16〜18)。一部をルーペで拡大してみると、細かな網点が表れているのが確認できます(写真19)。
刷り順は、黄色→青→赤と、淡い色から濃い色の順に刷りました(写真20)。
また、インキは透明度があるので、2色を重ねると、下地の色の影響を受けます。このカードでは、黄色と青が重なった部分には緑が表れます(写真21)。
印圧とインキ量の関係
活版印刷全般に言えることですが、印圧を強くすると、インキが紙に転写する際に、インキが外側に押し出され、イメージが太る現象が起きます。細かな網点の場合はドットの形状が大きくなるので、見た目に濃い仕上がりになります。文字や罫線の場合は線幅が太くなります。インキが広がった部分を「マージナルゾーン」と呼びます。
印刷時にはマージナルゾーンが表れないように、印圧に応じてインキ量を調整します。今回実験的に、インキ量を一定にし、圧だけをLight、Midium、Heavyの三段階で変えてのテスト刷りをお願いしました。並べて比較してみると、圧を強くかけるとイメージが太り、青色が濃く表れるのがわかります(写真22)。
今回の丸山さんからのオーダーは圧を強めにし、紙の凹凸をしっかり出すようにするという指示でした。印刷現場では、マージナルゾーンを抑えるために、印刷時のインキ量を絞り、印刷仕上がりを見ながらインキ量の微調整を行っています。
最後に印刷仕上がりをご紹介しましょう(写真23〜26)。使用した用紙はフリッターホワイト 220kg(四六判)です。この用紙は、手触りがザラザラし、表面が凸凹しているので、印圧をかけてもインキの濃淡、カスレが表れ、活版印刷らしい仕上がりになります。今回のコンセプトにぴったりの選択だったのではないでしょうか。
丸山さんに、今回の活版トライアルの感想を伺いました。「今回のトライアルを通じて、自分の今後のことを見据えながら制作ができたことは、自分にとって、とてもためになったと思います。パソコンについてはまだまだ不慣れなところがあり、レイアウトに関してもさらに勉強し、より良いデザインを作り続けていけるようになれたらと思いました。課題がたくさん見えたトライアルでした」と語ってくれました。
また、印刷のソフト面、ハード面の深い知識をお持ちのプリンティングディレクター 守田篤史さんには、今回の丸山さんの制作を多岐にわたってサポートしていただきました。感謝申し上げます。
丸山さんは、2年のカリキュラムを終え、2018年4月から3年に進級します。美術やデザイン系の教育機関では、実際に自分の手を動かして制作していくさまざまな課題に取り組んでいくのですが、活版印刷のカリキュラムを持つ学校は少ないのが現状です。いろいろな印刷技術を学ぶ中で、今回のトライアルがお役に立っていただければ幸いです。
では、次回をお楽しみに!