平和紙業株式会社
機能のある紙(その2)
私が小学生のころ、男子の間で「スパイ手帳」※1が流行った時があります。
この「スパイ手帳」には、スパイになるための秘密の道具が隠されていて、この手帳を密かに持ち歩くことで、スパイになった気がしたものです。
この「スパイ手帳」の中には、手帳というだけあって、当然メモ帳があり、そのメモ帳の中に“水に溶けるメモ”用紙が入っていました。
秘密の文章のやり取りの際に、敵に見つかった時など、手近にある水につければ、あれよあれよという間にメモ用紙が溶け、秘密の文章を読まれなくするものでした。
とは言え、小学生の男子に、秘密の文章のやり取りなどあるわけもなく、落書きしたこの”水に溶けるメモ”を水につけては、溶ける様子を観察し、何とも言えない満足感を味わったものでした。
その後、ブームは去り、「スパイ手帳」も何処かにいってしまいましたが、この水に溶けるメモのことだけは、どこか心の奥底に引っかかっていました。
一体あの紙は何だったんだろう…?
紙業界に入って、その答えを見つけました!!
「溶ける紙・水」という紙。
もともと紙は、植物の繊維が水によって結合したものですから、水を与えることで繊維間の結合が緩くなり分離します。トイレットペーパーがいい例です。
この「溶ける紙・水」は、更にその分離速度を上げたもので、水に触れた瞬間から分離が始まり、あっという間に繊維がバラバラに離解します。 とは言え普通の紙は、多少水につけたぐらいでは簡単に離解するものではありません。そもそも簡単に離解してしまったら、紙としての機能を損なうことにもなります。
では、一体どうして水に溶ける紙が必要だったの?という疑問が残ります。
まさか本当にスパイに使ってもらうためだったのでしょうか。
簡単には溶けない紙を、簡単に溶けるようにしたのは、水に簡単に溶けることで生まれる意外な用途があったからです。
その用途とは、例えばこの紙で袋を作り、中に植物の種を入れておけば、袋ごと土に埋めることができます。そして水を与えれば、紙は分解し、やがて芽が出てきます。
この延長線で、広大な土地に種を播くとき、土の色と同化して、種がどこに播かれたか分からなくなりますが、種を入れた袋を播けば、一目でその状況が確認できます。
また、夏の風物詩でもある灯篭流しでは、灯篭の周りに張られた紙が、紙ごみとして川の下流へと流れて行ってしまいます。そこで、この紙を使うことで、紙ごみとしていつまでも波間に漂うことがなくなるというわけです。
ある神社では、この紙を人形(ひとがた)にし、この人形で体の悪いところを擦り、その後水に流すことで厄除け祈願としているところもあります。
人形が水に溶けていく様が、あたかも穢れが無くなるように感じるようです。
さて、この水溶紙には、もう一つ特徴があり、水には溶けるが、油には溶けない性質を持ち合わせています。
このため、通常のオフセット印刷が可能です。
紙として最低限必要な、筆記適性や、印刷、加工は問題なくできますのでご安心ください。
溶けることで存在感を発揮する不思議な紙。
平成から令和に元号も変わります。
平成時代の総括として、忘れてしまいたいことや、人には言えないようなことを、この紙に書き綴って、きれいさっぱり水に流してみてはいかがでしょうか。
ちなみに「溶ける紙・水」は、「とけるし・みず」と読みます。
次回も機能のある紙をご紹介します。
※1 この「スパイ手帳」は、昭和44年(1969年)に、サンスター文具㈱から発売されました。中には、スパイバッジ、スパイシール、数字で秘密の文章を作るアイテム、スパイ団員証、水に溶けるメモ(ドクロのメモ用紙)、通常のメモ(コウモリのメモ用紙)、秘密文書メモ(ピストルのメモ用紙)、モールス信号と速記の符号一覧の下敷きなどが入っていました。画像を載せたかったのですが、著作権の関係上、掲載を見送りましたが、興味のある方は、「スパイ手帳」で検索してみてください。