京都大学図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]57
日本の和紙を守りたい!『ねり』を生み出すトロロアオイ観察日記
今年の7月からトロロアオイという植物を育てている。
トロロアオイは別名、花オクラと言われるアオイ科の一年草。
食用のオクラとは別の品種である。
ハイビスカスに似たようなうす黄色のきれいな花が咲くし、食用のオクラに似た実もできるらしい。
花はてんぷらやおひたしにして食べられるそうで、少し粘りがあってシャキシャキしておいしいそうだ。
京都大学図書館資料保存ワークショップ[図書館に修復室をツクろう!]53 春の読書感想文「書医あづさの手控(クロニクル):書誌学入門ノベル!」で紹介した図書にもトロロアオイの花は取っておひたしにして食すと紙漉き職人さんのセリフが書かれていた。
食いしん坊の私が、その花食べたさに家庭菜園を始めた、というわけではない。
栽培の目的は、花ではなく、根なのである。
トロロアオイは、和紙を制作する過程でとても重要な役割を担う植物。
和紙を漉く際、原料となる楮などの繊維の広がりを均一にするために、このトロロアオイの根から採れる粘液が使われる。
その粘液を「ねり」と呼ぶ。
「ねり」のない水で紙を漉くと、繊維の水中滞在時間が短く、すぐ水が落ちてしまい繊維が均等に散らばらない。
薄くて丈夫、保存性に富んだ和紙の特徴は、この「ねり」があってこそらしい。
実は、『わしのねり』プロジェクト、「生産不足の手漉き和紙の原料『ねり』をみんなで育てて和紙を世界へ」
という「企画屋かざあな」さんによるクラウドファンディングに参加したのだ。(写真1)
「企画屋かざあな」さんは、各地域に根ざした文化や伝統を次世代に、そして世界につなげるためのプロジェクトの立ち上げ等をされている。
このクラウドファンディングは、生産者の激減するトロロアオイを各参加者が育て、採取したトロロアオイの根をトロロアオイ農家さんへお送りし、品評。
そして、その根を埼玉県小川町和紙体験学習センターの紙漉き職人さんの元へ納品、和紙製品に使用してもらうというものである。(目標達成につき、2021年5月17日に募集終了。)
私は、このクラウドファンディングの存在を、関東方面の資料保存に関わる人たちとの交流の中、教えてもらった。
埼玉県小川町は和紙の「細川紙」の産地。
根が最終届けられる小川町和紙体験学習センターは、紙漉き職人の育成や、手漉き和紙の体験学習を提供する施設で、全国の和紙の産地で活躍されている紙漉き職人の方の中にもこちらで技術を習得された方も多いらしい。
2014年にユネスコ重要無形文化遺産に指定された、日本の手漉き和紙とその技術は3つある。
岐阜県・本美濃紙、島根県・石州和紙と、そして、この埼玉県小川町の「細川紙(ほそかわし)」なのだ。
このクラウドファンディングは、日本農業新聞にも取り上げられていた。
「2021年4月20日 トロロアオイ「生・消」で守る 寄付募り産地維持へ奮闘 埼玉県小川町」
「トロロアオイ」で検索すると、2019年6月ごろのネットニュースに
「手すき和紙業界に大打撃 トロロアオイ農家が生産中止へ」といった記事が上がる。
茨城県小美玉市のトロロアオイ全農家5戸が2020年で生産を中止するという記事。
農家の人たちにとって、トロロアオイの栽培はとても苦労を伴うようだ。
毎年繰り返し同じ土地で同じ作物を栽培する「連作」がトロロアオイの場合は出来ない。一度トロロアオイを栽培した土地では育てられない。
和紙生産に必要となる根には虫が付きやすい。
根を育てるために時期を見て葉や蕾を摘む摘心摘蕾(てきしんてきらい)が必要。
長い根っこが必要。
その為機械化できず重労働で、後継者不足。
その上、需要は満たされないのだそうだ。
日本の和紙産業が危機的状態であることは、のんびり屋の私でもなんとなく知っていた。
以前、大阪にある古文書等の修復会社さんへ漉きはめ体験に行かせてもらった折に、社長さんから和紙の原料を育てる農家さん方が後継者不足で困っている、と聞いたことは、ずっと頭から離れなかった。
日本のみならず今や世界中の文化財等の修復に重宝される和紙。
世界中の重要な資料や美術、芸術品の保存保管の継承が危機にさらされるようなことにはまさか・・・と、
漠然とした危機感だけで、自分ごとにはなっていなかった。
現在、トロロアオイの日本一の栽培地が、そのニュースになっている茨城県小美玉市。
日本の収穫量全体の5割ほどを占めていて、残り3割が埼玉県小川町、2割が長野県、となる。
その一大栽培地が生産をやめるとなると、これは大事だ。
つまりこれから先、今までのような和紙が手に入らなくなる時代になってしまうかもしれないということ。
困るのは、私たち本の修理や製本に関わる者たちだけでは、もちろんない。
壽岳文章氏のあの向日市文化資料館での圧巻の全国の和紙の展示と「紙漉村旅日記」のことが頭に浮かぶ。
大切な日本文化を次世代に継承するため!大袈裟かもしれないが、それくらいの思いで、園芸が苦手な(!)私も一か八か、
でも、微力ながらもお役に立ちたい!と参加したのだった。
そしてそれはまた、離れて活動し、今は会うことが難しい遠方の資料保存関係の知人たちとも同じ植物を、同じ思いで育てられるという喜びでもある。
ここからは、私の夏休みのトロロアオイ観察日記的記録になる。
トロロアオイの種は、10粒送られてきた。
朝顔の種より少し小さい。
・7月4日
教えられたように、植える前日に種を一晩水に浸けてみた。
翌朝、かわいい角みたいな芽が出ている種がいくつか見えた。(写真4)
芽が出るまでは、苗用のポットが無ければ、卵のパックで育ててもよいとのこと。
一粒ずつでちょうど10個入りの卵パックに収まった。(写真5)
・7月6日
突然芽が出た。
鮮やかな緑の双葉(写真6)。
小さな卵パックのなので、雨の日は軒下に入れて出かけるようにしたり、土の乾き具合にも注意し、水も慎重に加減してかけた。
・7月10日
3つを残して、7つ芽が出た(写真7)。
卵パックなんかでもちゃんと元気そうに芽が出ることに驚く。
・7月17日
早い芽が3枚目の葉を出した頃、葉っぱが五角形に変わり始めた。(写真8)
・7月24日
どの芽にも五角形の葉が表れて来た。(写真9)
・7月26日
種と一緒に送られてきたマニュアルに、根っこを伸ばす場合、深さ25センチくらいのプランターを推奨されていたので、大きめのプランター2個に分けて植え替えた(写真10)。
芽が出ない3つの種は、ここに来ても発芽していない。
植え替えの際、土の中から取り出したその種は、凹んでしまって残念だけど望みはなさそう。
プロジェクトの説明にも、発芽率は7割とのことだったのでぴったりだ。
・8月8日
芽はずいぶん伸び、15センチくらいの丈になっている。
葉も五角形をくっきりとさせて、大きくなってきた(写真11)。
プランターは日の良く当たり、風通しの良い場所に置いている。
雨は夕立が時々ある程度なのに、土が乾かなくなってきた。
このところ水はやっていない。
心配になったので、空気が入るように、
芽から十分余裕のある位置に何カ所か、細い添え木で穴を開け、土の上深さ5センチくらい程を少しスコップで耕してみた。
順調に行けば、10月下旬ごろに根を収穫し、11月には品評会。
冬頃に紙漉き職人さんの元に渡され、和紙や和紙製品となるそう。
続きのトロロアオイ観察日記は、またこちらに載せたいと思う。
資料保存WS
小梅