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図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]68
和魂洋才のルリュール

本年5月24日、私のルリュールの師匠が亡くなりました。コロナ禍が始まった2020年2月レッスンに伺ったのを最後にお目にかかることができませんでした。

師匠、山野上禮子先生は1976年から5年間ベルギーの国立高等建築視覚芸術学校(通称la Cambreラカンブル)でルリュールとドリュール(金箔押し)を学び、帰国後、枚方の自宅でアトリエを開き、私どもにルリュールとドリュールの技術のみならず本に向かい合う姿勢を教えてくださいました。

まず、先生の遺された作品を通じて、その精神をたどってみたいと思います。

ルリュール関係のフランスの雑誌『Art et Metiers du Livre』1984年9/10月号に「日出る国のルリュール事情」とでもいう見出しでしょうか?山野上先生ともう一人Takako Tsukioという方のルリュール作品が紹介されています。(写真)

山野上作品(以下ルリュール作者としては敬称を略します)はアナトール・フランスの『Discours prononcé a l’inauguration de la statue d’Ernest Renan』,有吉佐和子著『出雲の阿国』、夏目漱石著『吾輩は猫である』の三著作が写真で掲載されています。

掲載作品の『出雲の阿国』は先生の作風がとても良く出ている。と思います。この作品は3部作で表紙の装丁は緑のモロッコ革の半革装(背と前小口側を革で装丁)ヒオウギの花が咲き初めから満開に開くまでを大和紙の上に赤い革でモザイクしています。日本文学のしかも女流作家が著した女流歌舞伎の創始者、阿国の物語です。舞扇を象徴するヒオウギの花開く様を和紙とモロッコ革で美しく表現しています。

『出雲の阿国』の表紙デザインはヒオウギの葉の形が扇になぞらえて呼ばれるところから阿国の華やかな、歌舞伎の先駆者として段々に花開いていった生涯を見事に表現していると思います。ヒオウギが花開いてゆく土台は和紙の扇面のデザインになっています。

もう一冊の『吾輩は猫である』の表紙はモロッコ革とパーチメント(羊皮紙)、見返しに和紙を使っています。パーチメントと和紙で明治時代の著名な漱石の初期作品に相応しい簡素な装丁です。

このように山野上作品は作者のひそかな意図が隠されています。以前、俳句をフランス語訳した本の花切れのデザインに苦慮していた私に、「5,7,5を糸色を変えたりしてみたら」とヒントを下さいました。「別に誰にも知られなくても、自分だけの楽しみよね」といわれて、俄然取り組む意欲が沸いて来たものです。

私自身は1986年からレッスンを受けていました。図書館勤めの先輩二人について、月に2回だけのレッスンでした。そのうちに一人、二人と生徒が増え、メンバーは4名となり、初めての作品展は1992年11月9日~11月21日まで日本イタリア京都会館で「ルリュールダール展 京都 工芸製本人協会」として開催しました。その時、読売新聞11月11日号に掲載された記事には、そのころまだ一般に知られていなかったルリュールについて紹介されています。

“多くは古書を修復、製本し直しており、革や紙、布をくみあわせた表紙は、革をモザイクしたり、ヨーロッパの千代紙に当たるマーブル紙を使ったりするなどデザインも多彩。山野上さんが考えた「一編の詩だけの本」や「裏表どちらからでも読める本」など、オブジェともいえる作品も並ぶ。熟練者でも一冊を仕上げるのに、二百時間かかるといい、本が大量消費されて忘れられていく時代への小さな疑問符のようにも見える”と書かれています。

これを皮切りに幾度かの展覧会を開きました。山野上先生を筆頭とする私たちアトリエの名称も「京都 工芸製本人協会」から2004年からは「京都製本研求会」と変更しルリュールを求め、広く知ってもらうことを意識するようになりました。

展覧会は1992年前記を皮切りに1995年1月(京大生協会館ルネ)、1996年6月(コープイン京都)、2001年9月(ニューヨーク The Nippon Gallery)、2004年(京都造形芸術大学ディーズギャラリー)、2006年(せんだいメディアテーク市民図書館)、2011年3月(京都芸術センター)と開催しました。テーマは主として日本文学作品のルリュール表現、タイトルも「アートとしての本」、「書物の美しき再生」、「日本文化としてのルリュール・ダール」、「工芸製本の日本文学―私の一冊」と名付けたりしています。

2回目の展覧会は京都大学の生協ルネのオープン記念に参加することができました。奇しくも1995年1月、阪神淡路大震災に遭遇しました。京大の教員、学生、職員の方たちにルリュールを知っていただきたく、ささやかな手作りの出品カタログを作りました。その前書きには山野上先生はじめ、私たちのルリュールへの姿勢が出ていると思います。

ここに転載いたします。

“Reliure d‘Art

Reliureは、人が物事を記録し、これを保存する必要から生まれた本づくりの技術を、美術工芸の域にまで高めたヨーロッパ生まれの伝統的な技術です。長い歴史と奥行きの深い文化のなかで、製本技術のうえで、いろいろな工夫と取捨選択がなされ、現代に受け継がれています。仮とじされた書物が、いったん解体され、あらためて丁寧に本に仕立てなおされた後、上質の皮を用いて製本された姿は、いわば、格調あるオブジェとも言えるでしょう。
ルリュールは、全部で58工程をへるため、一冊の書物を製本するために、250時間を要します。ゆったりとした“本と共にある時の流れ”の中にあると実感するときが、ルリュールを学ぶよろこびかも知れません。
一冊の書物のイメージにもっともふさわしい素材をえらび、そのもち味にさからわず、生かす本づくりがルリュールの真髄です。決められた工程を忠実にまもりながら、新しい試みをさりげなく、しのばせることができればと願いつつ、心をこめて作り上げてゆきます。すべての工程を息をつめるような思いでくぐり抜けると、玲瓏たる書物が誕生している。望み得る最上のルリュールのイメージとは、そのようなものだと考えます。
京都工芸製本人協会

ここには、書物の修復を志す私たちが本に向かい合うときの心構え、本への敬意、本に接するよろこび、などが詰まっています。

図書館に修復室をツクリたい!と言い出して、まだまだ路半ばです。図書館資料保存ワークショップを始めるときも後押しして下さった山野上先生。コロナ禍でお会いできなくても、電話では、いつも「ワークショップの皆さんのことを思うと良く眠れる」とのお話でした。

もう、直接いろいろ教えていただくことはできません。しかし、先生の作品、ルリュールの道具、資材、材料などそっくりそのまま置いていってくださいました。この財産を何とか生かしたいと思います。

遺作展は必ず開催いたします。その折には、どうぞ本を愛する皆さま、沢山の方々に観ていただきたきますようお願いいたします。

図書館資料保存ワークショップ
M.T.

写真1 | 和魂洋才のルリュール - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

阿国

写真2 | 和魂洋才のルリュール - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

京大ルネ展

写真3 | 和魂洋才のルリュール - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

仙台展

写真4 | 和魂洋才のルリュール - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

道具類

写真1 | 和魂洋才のルリュール - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

阿国

写真2 | 和魂洋才のルリュール - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

京大ルネ展

写真3 | 和魂洋才のルリュール - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

仙台展

写真4 | 和魂洋才のルリュール - 図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

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