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京都大学図書館資料保存ワークショップ
[図書館に修復室をツクろう!]81
新たな取り組み「修理の日」。
画集の修理の記録 Vol. 7

図書館員による実験的本の修理の連続記録です。
2023年7月15日(土)の記録です。

Vol. 6では綴じから先の修理方針について、材料の寸法を確認して考察しました。
支持体に9mm幅の綿テープを使うこと。
綴じ糸に太さ0.15mmの麻糸を使うこと。
これらが決まりましたが、では実際この材料を使って、どのように作業を進めていくでしょうか。
教科書はありません。実際手を動かしながら、また動かしたことで起きた結果によって、少しずつ調整が必要となります。

通常、綴じられた背には寒冷紗と呼ばれる、薄い紗の様な布を糊(ボンドの時もあり)で貼りつけます。
綴じられた背を補強する役割があります。
私たちの修理している本の背の裏側を見てみると、寒冷紗の様な薄い布の上に元の背についていたボンドが硬化したようなものが付いています。どうやらホットメルトのボンドのようです。
修理の時は、汚れや元々ついていた糊、ボンドの類は可能な限り取り除いてから、新たに糊やボンドを付けます。
この寒冷紗を利用するとすれば、このボンドは剥がしてしまわなければなりません。
金属のヘラを使って剥がしかかってみたものの、寒冷紗の端は、表紙のボードと色見返しの下にも入り込んで貼り付けられています。
美しい色見返しがしっかり表紙に張り付いた状態をそのまま利用する方針で進めている修理なので、この寒冷紗をきれいに外すには、色見返しを表紙ボードから、寒冷紗の幅だけ剥がさないといけません。そうなると修理方針から反れてしまいます。
ということで、この寒冷紗は露出している背幅の部分を取り外すことになりました。
その後、硬化したボンドを剥がして出てきた寒冷紗を利用するのか、新たな寒冷紗を使うのか、
これはまた次の作業以降に決まってゆきそうです。
ちなみに、寒冷紗に付いていた青い花布も一緒に外したので、花布は追々新調することになるでしょう。
編んで作るのか、きれいな布を巻いて作るのか、
いずれにしても楽しみです。

次回は綴じ作業にあたって、シェネットを開けなければなりません。
シェネット?
製本(ことにルリュール)の工程にはフランス語が飛び出します。
次回またこちらで詳しく触れたいと思います。

(写真1) | 新たな取り組み「修理の日」。画集の修理の記録 Vol. 7 - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真1)背の寒冷紗についた硬化したボンドを剥がしかける

(写真2) | 新たな取り組み「修理の日」。画集の修理の記録 Vol. 7 - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真2)文章で伝え辛い寒冷紗と色見返しの関係性

(写真3) | 新たな取り組み「修理の日」。画集の修理の記録 Vol. 7 - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真3)結局背幅部分の寒冷紗を切り離すことに

(写真4) | 新たな取り組み「修理の日」。画集の修理の記録 Vol. 7 - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真4)金属ヘラ3種

(写真5) | 新たな取り組み「修理の日」。画集の修理の記録 Vol. 7 - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真5)モスリン?かもしれない寒冷紗

すこし余談を。
道具のことや材料のことについて。

●寒冷紗に付いた硬化したボンドを剥がすのに用いた金属のヘラについて
メンバーの持ってきたものは、歯医者さんが詰め物などを練ったりするときに使われる医療用のものだったり、プラモデルの道具として販売されているものだったり、革工芸用のものだったり。
それらは一般的な工作用のヘラより、細くて繊細な作業や力の加減がしやすそうなものばかりでした。

●元の背に付いていた寒冷紗について
実は私が良く知っている寒冷紗とも少し違った様子だったのです。
寒冷紗よりも目が詰まって、折り目の凸凹が少ない印象なのでした。
当WS主宰T氏によると、寒冷紗ではなく、「モスリン」とも呼んだりすることもあって、材質も寒冷紗とは少し異なるものがあるのだそう。
「モスリン」について、私の個人的な話になりますが、着物の着付けに使う腰紐にモスリンが良いと、かつて着付けの先生に薦められた記憶がありますが、着付けの場面以外で使ったことも聞くこともなかった「モスリン」という言葉。
製本の世界で再び聞くようになるとは思いませんでした。
着付けの時にはウールの生地の一種だと教わっていました。
薄くて、紗の様な織物状。それでいて、ぐっと引っ張ってもしっかりしていて、一度結ぶと繊維同士が絡み合うような感覚があり、ほどけにくいというのは、腰紐として使用して感じる印象です。
紙の集合体である重たい本の本文。それが綴じられた重要な部位をしっかり締めてホールドしてくれるイメージが湧きました。本文は身体で例えると胴体といったところでしょうか。
道具の素材の名称が、使われてゆく歴史の中でやがて道具そのものの通称になるという。名称、通称の変遷はこんなところにもあるのか、と感じました。
ちなみに寒冷紗には、生地そのもののみの包帯の様な状態のものと、裏打ちされて張りのある扱いやすい状態のものとがあります。

余談の余談。

「新たな取り組み「修理の日」。」というタイトルですが、ここで、開催してもう1年になると気が付きました。「新た」でもないレギュラーな取り組みです。
こうなると、どこでタイトルを変えるべきか、変えざるべきか、少々悩んでいます。

※ここでご紹介することは、図書館の現場で行うのに適した修理方法では無いかもしれません。
使用した洗剤や薬品を含んだ材料が経年で本自体にどのような影響を及ぼすかは正直予測できません。
そんな方法もあるのか~といった感覚でご覧ください!とお伝えしておきます。
修理の依頼者には承諾を得た上で実験させてもらっています。

(写真1) | 新たな取り組み「修理の日」。画集の修理の記録 Vol. 7 - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真1)背の寒冷紗についた硬化したボンドを剥がしかける

(写真2) | 新たな取り組み「修理の日」。画集の修理の記録 Vol. 7 - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真2)文章で伝え辛い寒冷紗と色見返しの関係性

(写真3) | 新たな取り組み「修理の日」。画集の修理の記録 Vol. 7 - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真3)結局背幅部分の寒冷紗を切り離すことに

(写真4) | 新たな取り組み「修理の日」。画集の修理の記録 Vol. 7 - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真4)金属ヘラ3種

(写真5) | 新たな取り組み「修理の日」。画集の修理の記録 Vol. 7 - 京都大学図書館資料保存ワークショップ | 活版印刷研究所

(写真5)モスリン?かもしれない寒冷紗

これまでの記録はこちら。

・Vol. 1
2022年6月4日(土)
本文と表紙を外し、本文の綴じ糸を切り、全ページをばらしてクリーニング。
https://letterpresslabo.com/2022/06/15/kulpcws-column67/

・Vol. 2
2022年7月2日(土)
弱アルカリ性のお掃除シートと弱アルカリ性洗剤(希釈)を使った表紙クロスの汚れ落とし比較。
https://letterpresslabo.com/2022/08/15/kulpcws-column69/

・Vol. 3
2022年11月5日(土)
塩素系漂白剤を使った画集の表紙についたカビやフォクシングと思われるシミの部分的漂白実験。
https://letterpresslabo.com/2022/12/15/kulpcws-column73/

・Vol. 4
2023年1月7日(土), 2月4日(土)
Vol. 3の実験を活かして本番!塩素系漂白剤を使った画集表紙裏表紙のクロス漂白とリンス
https://letterpresslabo.com/2023/02/15/kulpcws-column75/

・Vol. 5
2023年4月1日(土)
印字のある背表紙クロスの漂白
https://letterpresslabo.com/2023/04/15/kulpcws-column77/

・Vol.6
2023年5月6日(土)
元の表紙に収まるか?綴じ直しの綴じ方と使用する糸の寸法確認
https://letterpresslabo.com/2023/06/15/kulpcws-column79/

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小梅