生田信一(ファーインク)
市谷の杜 本と活字館に行ってきました(第2回)
2021年2月にオープンした、市谷の杜 本と活字館に行ってきました。建物は、東京都新宿区のJR市谷駅から近く、大日本印刷株式会社の敷地の一角にあります。
館内の様子をお伝えする連載コラムの2回目。今回は、活版印刷工程の「文選」「植字」のコーナーをお伝えします。
文選──1文字ずつ活字を拾って文章をつくる
鋳造によって出来上がった活字は棚に収納します。紙面に印刷されるテキストは、活字の棚から拾って文字を組んでいきます。この工程を「文選」と呼びます。文選作業は原稿を手に、「ウマ」と呼ばれる活字棚の前に立ち、文字を一本一本拾っていきます。
文選の展示はとてもユニークです。大きなスクリーンに文選する人の姿が投影されています(写真1、2)。次々と活字を探して拾っていくのですが、その手際良さに驚かされます。
活字を収蔵する棚は、使用頻度ごとに区分され、文字種や部首にしたがって棚に配列されています。「職人1人の使う範囲は、平仮名・片仮名と、使用頻度の高い漢字約2,500字です。文選の職人は活字の配置を記憶しているため、原稿を読みながら素早く拾うことができます。」(「市谷の杜 本と活字館」パンフレットより)
活字棚は複数のケースで構成されています。ケースには使用頻度に応じて名前が付いています。「平仮名」「片仮名」は取りやすい位置に置かれ、「漢字」のなかで最も使用頻度が高い文字群のケースは「大出張」、次いで「出張(1番、2番)」「小出張(3番、4番、5番)」「外字」といった名前が付けられています。また、元号や漢数字、「都道府県」など住所に使う文字は「袖」というケースに収められます。
袖・大出張の棚
まずは袖・大出張の棚を見ていきましょう(写真3、4)。袖には、元号・住所に使用される漢字・仮名の濁音などが収められています。また、「大出張」には、最も使用頻度の高い文字群が収められます。
袖・大出張の棚に収納された漢字を調査したレポートが、秀英体のコネタ「第4回 活版印刷の文字セット~袖・大出張編~」で読むことができます。
出張の棚
大出張に継ぐ文字ケースである出張の棚を見ていきましょう(写真5、6)。
出張の棚に収納された漢字を調査したレポートが、参考:秀英体のコネタ「第5回 活版印刷の文字セット~出張編~」で見ることができます。
小出張の棚
続いて小出張の棚を見ていきましょう(写真7〜9)。
小出張の棚に収納された漢字を調査したレポートが、秀英体のコネタ「第6回 活版印刷の文字セット~小出張編~」で読むことができます。
平仮名・片仮名の棚
平仮名・片仮名は、袖・大出張の下の取りやすい位置にあります(写真10、11)。
直掘り(新刻)の棚
「直掘り(新刻)」活字の棚を見ることができました(写真12、13)。こちらはとても貴重な資料です。
連字のケース
単語セットで収めるためのケースもあります(写真14)。これは「連字」と呼ばれ、「結婚」という語であれば「結」と「婚」の列が並ぶのでなく、「結婚結婚結婚」と単語でケースに収められ、2本一緒に拾うことができます。
変体仮名のケース
変体仮名(へんたいがな)のケースを見ることができました(写真15)。変体仮名は、現在では使われていない仮名です。Wikipediaで調べると以下の解説がありました。
「変体仮名とは、平仮名の異体字のことである。現在では平仮名の字体の中でも、1900年(明治33年)以降の学校教育で用いられていないものが「変体仮名」と呼ばれている。(…略…)
平仮名の字体が人為的、権力的に選一された結果、現在の日本では変体仮名はあまり使用されなくなったが、看板や書道、地名、人名など限定的な場面では使われている。異体仮名(いたいがな)とも呼ばれる。」(Wikipediaより)
手書きの直筆原稿
当時のテキスト原稿は手書きの直筆原稿でした。その例として、夏目漱石『坊っちゃん』の直筆原稿(複製)が展示されていました(写真16)。
植字──拾った活字をページの形へと組み上げる
拾った活字を、印刷のための版に仕上げる作業が「植字」です。
植字を行う作業台
活字棚の次の展示では、植字を行う作業台が再現されていました(写真17〜23)。
植字の仕上げの工程では、字間や行間の空白スペースを活字の間に挟み込んだり、ルビ(振り仮名)の小さな文字を組む作業を行います。
クワタ、インテル
文字や行の間に「クワタ」や「インテル」といった込めものを挟み、字間や行間を調整します(写真24、25)。
「クワタ」は、字間をつくるためのものです。全角、二倍、三倍と、整数倍の寸法を持ちます。半角以下のものが「スペース」です。二分、三分、四分…とあり、それぞれ、全角の二分の一、三分の一、四分の一といったサイズです。
「インテル」は行間をつくる込めもので、金属製のものと木製のものがあります。
画像の印刷版
写真や線画などの図版は、写真的な処理を行って別に作られ、金属活字で組んだ版の中に組み込まれます。そうした版がクライアント別に収納されていました(写真26)。
今回は金属活字の文選、植字の工程を見ていきました。現在では、紙面の印刷イメージはコンピュータの画面を見ながら作成できます。活版印刷の時代では、物理的な金属活字を使って一字一字の文字を拾って組版し、印刷イメージを作成していました。
印刷を終えると、組み上がった紙面全体のイメージは「紙型(しけい)」と呼ばれる鋳型にして保存します。増刷の際は紙型に地金を流し込み、鉛版を再度鋳造することができます。金属活字で組み立てた版は解体され、使われた活字は棚に戻さず、溶解して、次の活字鋳造に利用されます。
その後、フィルム製版の時代になると、印刷の版は印画紙やフィルムを切り貼りして作られるようになり、最終的には刷版用の原寸のフィルムが作られます。CMYK4色のフルカラーで刷る場合は、4版のフィルムを保管して増刷に備えました。そして現在では、紙面イメージはすべてデジタルで作成し、最終的にはネイティブデータやPDFデータで印刷入稿されます。増刷の際はデジタルデータから印刷版を直接出力できるCTP(Computer To Plate)の技術が確立されています。
印刷環境もずいぶん様変わりしました。かつてのワークフローを思い返し、現在のワークフローと比較してみと、新鮮な驚きや気づきを得ることがあります。デジタルな手法とアナログな手法の両方を知っておくことで、表現の幅が広がり、さまざまな印刷手法に対応できるようになります。印刷の歴史を学ぶことの楽しみは、そうしたところにあるのではないでしょうか。
次回は、印刷・製本の工程を眺めていきます。お楽しみに!
市谷の杜 本と活字館
住所 162-8001 東京都新宿区市谷加賀町1-1-1 大日本印刷内
電話 03-6386-0555
開館 平日/11時30分〜20時
土日祝/10時〜18時
休館 月・火(祝日の場合開館)
入場無料
URL https://ichigaya-letterpress.jp/
※来館には予約が必要です。上記のWebサイトで営業日や時間を確認し、予約手続きを行ってください。