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白須美紀
歴史ある和紙と町に、新たな価値をもたらす
Washi-nary・丸重製紙企業組合

写真1 | 歴史ある和紙と町に、新たな価値をもたらす Washi-nary・丸重製紙企業組合 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

日本を代表する紙の産地・美濃

美濃は、越前・高知と並ぶ3大和紙産地のひとつとして名高い和紙の町だ。美濃和紙には大きく本美濃紙、美濃手漉き和紙、美濃機械抄き和紙の3種類があり、本美濃紙の技術は2014(平成26)年にユネスコ無形文化遺産に登録されている。奈良正倉院には美濃和紙でできた戸籍用紙が収蔵されているといい、1300年の昔から美濃の地で良質の紙がつくられていたことが分かっている。また江戸時代には美濃和紙は幕府御用達の障子紙として名を馳せており、そのサイズが現在流通しているB版紙の元になったともいわれている。

歴史をおさらいするだけでも産地のすごみを実感するが、実際に美濃市を訪れるとさらに驚くことがある。古い町並みが大規模に残されているのだ。関ヶ原の戦いの後にできた城下町に江戸から明治期の商家が今も残されており、「うだつの上がる町並み」として重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。「うだつ」とは隣家に家事の延焼を防ぐため屋根につくられる防火壁のことで、裕福なお屋敷にしかあげることができかなかったという。町を流れる長良川の水運が美濃を豊かにし、支流である板取川一帯でつくられていた美濃和紙を全国に流通させたのだ。

写真2 | 歴史ある和紙と町に、新たな価値をもたらす Washi-nary・丸重製紙企業組合 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真1 | 歴史ある和紙と町に、新たな価値をもたらす Washi-nary・丸重製紙企業組合 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真2 | 歴史ある和紙と町に、新たな価値をもたらす Washi-nary・丸重製紙企業組合 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

出会いをつなぐ直営ショップ

そんな美濃の町でもひときわ目をひく豪邸の一角で、紙のお買い物を楽しめるのがWashi-naryだ。高い天井の建物はもともと和紙の原料が大量にストックされていた蔵だったそう。この建物の空間いっぱいに楮が積まれていたことを想像すると、一体どれだけ大量の紙が漉かれていたのだろうかと再び美濃和紙のスケールに圧倒される。

Washi-naryは丸重製紙企業組合が運営するショップで、素材としての紙はもちろん、懐紙やマスキングテープ、活版印刷のカレンダーなどのプロダクトも揃う。なかでもさまざまな模様の透かしが入った懐紙は圧巻の品揃えで、どれを選ぶか迷ってしまうほどだ。丸重製紙自体は機械抄きの製紙会社だが、ショップでは自社以外の手漉き和紙も扱っている。このお店に尋ねれば、手漉きから機械抄きまであらゆる相談に乗ってもらうことができるのだ。

理事長の辻晃一さんによれば、店名はワイナリーになぞらえているのだそう。品種や産地、醸造家や年代などのさまざまな要素が組み合わさって一つ一つのワインに個性が宿るように、紙も原料や産地、作り手などの要素で個性が決まるからだ。

「フランスのボルドーには葡萄畑やシャトーをめぐるツアーがあり、世界中からワイン好きが集まってきます。私は美濃を、紙で同じような存在にしたいのです。さまざまな紙との出会いを求めて多くの方に美濃に来てもらいたいと思っています」

Washi-naryは美濃を訪れた人と紙との出会いの場でもあり、紙のオーダーもできる「和紙のことならお任せ」の頼もしい店だ。さらにいえば、実は経営者である辻さんのビジネスの核になる存在でもあるのだ。

写真3 | 歴史ある和紙と町に、新たな価値をもたらす Washi-nary・丸重製紙企業組合 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真3 | 歴史ある和紙と町に、新たな価値をもたらす Washi-nary・丸重製紙企業組合 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

ベンチャーとして後を継ぐ

辻さんは、丸重製紙の3代目を継いで14年になるが、家業に戻る前は東京や名古屋でベンチャー企業のサラリーマンをしていた。30歳を前に次のステージを考えたとき、自分で起業したいとは思ったものの特にやりたいことが見つからず迷っていたという。そんなときお父様から「そろそろ帰ってこないか」と声がかかったのだそうだ。

「真っ先に思ったのは『和紙は儲からないから絶対嫌だ』でした。しかし、会社を新しくつくることだけじゃなく、厳しくなったものを甦らせるのもベンチャーだなと思ったんです」

家を継ぐなら美濃に戻ることになるが、故郷の状況を改めて見ると町の人口が恐ろしく減っており、辻さんが卒業した小学校と中学校はすでに廃校になっていた。いわゆる持続不可能な地域になってしまっていたのだ。だが、辻さんは東京で暮らしたからこそ、美濃という土地の良さをよくわかってもいた。

「和紙も家業も地域も全部がピンチの状態。そこで、家業と同時にこの地域についても考えるようになったんです。どうしたら和紙やこの町を持続可能なものにしていけるのか、挑戦してみたいと思うようになりました」

当時辻さんは、将来的には経営に専念したいと考えていたため、「弟が帰ってきて現場を担ってくれるなら会社を継ごう」と思ったという。すると弟は弟で「兄貴が帰ってきて経営をするなら現場をやろう」と考えていたそうだ。今ではその下の弟も戻ってきて3兄弟で丸重製紙を支えているという。改革を目指す若社長がまず衝突するのが古い慣習の残る現場であることはよく聞く話だが、現場に同じ志の弟たちがいるのは心強いことだろう。こうして頼りになる相棒を得て、辻さんの和紙と家業と地域すべてを継続させる挑戦が始まったのだった。

写真4 | 歴史ある和紙と町に、新たな価値をもたらす Washi-nary・丸重製紙企業組合 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真5 | 歴史ある和紙と町に、新たな価値をもたらす Washi-nary・丸重製紙企業組合 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真4 | 歴史ある和紙と町に、新たな価値をもたらす Washi-nary・丸重製紙企業組合 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真5 | 歴史ある和紙と町に、新たな価値をもたらす Washi-nary・丸重製紙企業組合 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

「つくるだけの時代」の先へ

辻さんが家業を継いだ当初からずっと考えているのは、「つくるだけの時代は終わった」ということだった。そこで丸重製紙では、農家の6次産業モデルやユニクロのSPAモデルのように、生産から企画、販売までワンストップで行うことを目指しているという。問屋や小売店に任せていた部分を自分たちでハンドリングすることで、紙の価値も高めることができるのだ。またそのモデルでは、取引の相手は企業や個人の紙を使う消費者だ。消費者と直接つながり、全国から紙に関する相談が寄せられるWashi-naryは、戦略の要となる存在である。

また、辻さんはWashi-naryと同時に、隣接する屋敷を生かしてホテル「NIPPONIA 美濃商家町」も立ち上げた。かつて興隆を極めた商人の屋敷はとても豪華で風情もあり、宿泊者からも好評を得ているという。辻さんが手紙社と一緒に運営し2023年7月に開催した「まちかど紙博in美濃」ではホテルの部屋も販売会場として活用されており、Washi-naryとともに多くの紙好きたちが訪れた。まだ規模も小さくたった2日間のこととはいえ、それでも確かに美濃は辻さんが目指しているフランスボルドーと同じ姿になったといえるだろう。

「今は消費者と直接つながれる時代です。Washi-naryのスタッフが発信を頑張ってくれていますが、どんどん情報を開示して店の認知度をあげていきたいですね。同時に、さまざまな仕掛けを通して、美濃が和紙の町としてもっと広く認知されることも目指していきたいと考えています」

日本有数の紙の産地であることと文化財の貴重な町並みはすでに美濃の宝だが、今後ますます大きな価値を生むだろう。丸重製紙による紙のビジネスを通した地域創生の挑戦から、今後も目が離せそうにない。

写真6 | 歴史ある和紙と町に、新たな価値をもたらす Washi-nary・丸重製紙企業組合 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真7 | 歴史ある和紙と町に、新たな価値をもたらす Washi-nary・丸重製紙企業組合 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真6 | 歴史ある和紙と町に、新たな価値をもたらす Washi-nary・丸重製紙企業組合 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

写真7 | 歴史ある和紙と町に、新たな価値をもたらす Washi-nary・丸重製紙企業組合 - 白須美紀 | 活版印刷研究所

Washi-nary(丸重製紙企業組合)

Washi-nary(丸重製紙企業組合)

住 岐阜県美濃市本住町1912-1 NIPPONIA美濃商家町内
電 0575-29-6655
営 水〜金 13時〜17時
  土日祝 10時〜17時
休 月・火

オンラインショップ:https://washinary.jp/online-shop/
webサイト:https://washinary.jp/

Washi-nary(丸重製紙企業組合)